池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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祖父母

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ガラガラと言う音の感覚がだんだんと長くなっていき、とうとう聞こえなくなった。それと同時にそれまで跳ねていた体は急に静かになった。


「着いたね」


クリスがこそこそっとそう言う。今朝あの村を出て、今は午後三時頃。ばきばきに固まった体を小さく伸ばして、私は背筋を伸ばした。

とうとう着いてしまった。フロレンツのお父さんと、私のお父様の実家。貴族らしく振舞うことが求められるであろう場所。昨日平民の宿に泊まり、礼儀など気にしなくてもいい場所だったから体が怠けているのかもしれない。背筋を伸ばすのも億劫だ。


「クリス、振る舞いには気を付けてちょうだいね」

「うん、分かってるよ」


外で話声が聞こえ、少しして馬車の扉が開かれた。もうすっかり慣れた馬車の乗り降り。アリアの手を借りずに外に出ると、あまりの眩しさに一瞬クラっと視界が揺れた。

すぐに汗が噴き出てきたが、それを無視して目を細めて前を見る。屋敷の前にはたくさんの人が立っていた。すぐに分かった。一番前に立っている年配の男の人と女の人。あの二人が私のおじい様とおばあ様だ。

すっと私の横を通り過ぎる姿。前に出たのはフロレンツだった。


「ご無沙汰しております。おじい様、おばあ様。お元気ですか?」

「ああ、久しぶりだな。フロレンツ」


おじい様がフロレンツへと笑いかける。その顔はお父様の笑顔にそっくりだった。

おじい様もおばあ様も優しそうな人。フロレンツとおじい様とおばあ様。三人でにこやかに話をしているその姿を見るだけで頬が緩んだ。ふとおばあ様と目が合った。そしてそれに気が付いたフロレンツがこちらを振り返り、私とカミラに手招きをする。

挨拶はちゃんとしとかないといけないもんね。あ、エレナがここに来たことあるのか聞くの忘れてた。……まあどうにかなるか。

前に進み出て、おじい様とおばあ様と向かい合う。二人はまず私の顔を見て微笑んだ。


「いらっしゃい、エレナ。大きくなったわね」


おばあ様の柔らかな表情。やはり以前に会ったことはあるようだ。私が微笑むとおばあ様は懐かしそうに私を見た。


「前に来た時は歩き始めた頃だったもの。あなたは覚えていないわね。とても綺麗になったわ。お母様、エルマさんにそっくり」

「ありがとうございます。以前来た時のことを思い出せないのがとても残念ですわ。ここはとてもいいところですもの」


辺りを見回して私がそう言うと二人は笑った。

青くて広い空にどこまでだって見渡せそうな自然。そして気温が高いのに吹き抜ける風は冷たくて心地良い。向こうに見える村からはニワトリや人の声が風にのって届いて来る。静かすぎずうるさくもなく。もうこのままここに寝転がってしまいたいくらいの場所だ。


「何度孫の顔を見せてと言ってもヘルムートは忙しいの一点張りよ。来てくれてとても嬉しいわ」

「ここでは思う存分ゆっくりしてくれ。足りないものがあったら何でも言うといい」

「はい、お言葉に甘えてゆっくりさせていただきますわ。ありがとう存じます」


お父様らしいと言えばお父様らしい。仕事一筋で休みもなし。家にいた頃、同じ家に住む娘の私ですら数日に一回程度しか会わないのだ。わざわざ仕事を休んでまで実家に帰る気はないのだろう。実際、宰相という仕事は忙しいのだろうけど。

おじい様とおばあさまは次に私の隣に立つカミラへと視線を向けた。もしかしなくてもカミラは初めてだよね。


「妹のカミラですの」


私の言葉に合わせてカミラが礼をする。二人は目を丸くしてカミラと私を交互に見た。


「あら、じゃあこの子が……」


なんだか戸惑いが見える。そして私を気遣っているような視線。

母親は違うけど父親は同じなんだから、孫であるのは変わらないはずなんだけどな。もしかして私達の仲が悪いと思っているのかな。


「おじい様、おばあ様、カミラは心優しくて、とても可愛いわたくしの妹ですわ」


だから余計な心配はしなくていいよ。

それが伝わったのか、あからさまにほっとした表情になる二人。学校でもよく聞くが、前妻の娘と後妻の娘って微妙な関係のようだ。私はあまりそれがピンとは来ないけど。

まあお義母様も最初カミラと私の接触をなくすためにカミラを別の館に入れてたくらいだもんね。

カミラの背を軽く押して、おじい様とおばあ様の前に立たせる。カミラはちょっとだけ強張った顔で笑った。


「おじい様、おばあ様、初めまして。カミラと申します。本日よりお世話になります」


恐らく最初から考えていたのだろう。緊張で声が少し硬いのが分かった。


「会えて嬉しいよ、カミラ」


お父様によく似た声でそう言うおじい様。おばあ様も「ええ、本当に」と続けた。そしてそっとカミラの頭に手を置いた。


「とても可愛いわ。あなたの顔を見ることができて幸せよ」


ええ、そうでしょうそうでしょう。カミラはすごく可愛いんだよ。褒められているのはカミラなのになぜか私がとても嬉しくなった。

……そう言えばクリスも紹介しておかないと。

クリスの存在を思い出して後ろを振り返ると、いつの間にかすぐ後ろにいた。ちょっと驚いて飛び上がりそうになってしまった。そんな私を見てクリスは可笑しそうに笑う。


「おじい様、おばあ様、彼女はクリスです。僕とエレナちゃんの友達で、今回はぜひこの場所を見てもらいたくて一緒に来てもらいました」


フロレンツが紹介し、クリスもおしとやかに「クリスティーナ・クレヴィングと申します」と頭を下げた。ああ、そう言えばクリスってクリスティーナだったな。


「いらっしゃい。遠慮せずに自分の家だと思ってくつろいでちょうだいね」

「はい、ありがとうございます」

「さ、とりあえず中に入りましょう。後でまたゆっくりお話ししましょうね」


そう言うおばあ様に反応して、扉の前に立っていた使用人がばっと屋敷への扉を開けた。というか人の量がすごい。うちにいるときでもちょっと多すぎるんじゃないかと思っていたけどここはそれ以上だ。……本家ってやっぱりすごい。
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