池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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レオンの悩み

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うーん、レオンは私の知っているレオンとどうも違う気がする。いやもちろん、子供のころから知っているこのレオンはレオンなんだけど……。あと半年ちょっとでゲームの女の子好きのレオンになりそうな気配がない。

なんでだろう。


「レオン様は婚約者はいらっしゃいますの?」


可能性としてはまた私の知らないところでゲームとは違う何かが起きているということ。婚約者がいるなら他の女の子と遊ぶことはできないだろうと思ってそう聞いたのだけど……。


「いるように見えるか?」


ふっと笑ってそう返された。はい、かっこいい。

このかっこよさなら望めばいくらでも見つかるだろう。それこそ身分も家柄も関係なくレオンのことを好きな子もいるはずだ。


「レオン様はかっこよくて頼りになりますもの。いたって不思議ではありませんわ」

「嬉しいこと言ってくれるな」


レオンは、ははっと笑い、そして少しだけ表情を曇らせた。


「でも俺の婚約者は当分決まらないな。親父もおふくろも俺に興味なんかないからな」


言葉が何も出てこなかった。まさかここでこういう流れになるとは。おそらくこれがレオン攻略のポイントだろう。ヒロインはこう言ったレオンをなんと慰めるのだろう。

攻略する気はさらさらないが、この微妙な空気で黙っていることも変に話題を変えることもできない。

あー、どうしろっていうんだ、これ。いやでもリリーはカイとくっついてもらう予定だから別にここで私がレオンの悩みを解決してしまってもいいんじゃない? ほら私一応婚約者いるからそれから恋愛に発展することはまずないし。


「両親は二人とも弟に夢中だ。弟は可愛い。だけど少しだけ憎い。そう思うのはいけないことなのか?」


はい、重い話お断り! と言いたいところだけど……。まるで泣くのを我慢しているようなその表情を見たら私も真面目に考えないといけないような気がした。

両親の関心が自分に向かないことよりも、感情を持て余していることの方がネックなのかな。


「楽しいとか、嬉しいとか、悲しいとか憎いとか、正の感情も負の感情も全てレオン様のものです。自分の欲しいものを持っている人をみて羨ましいと思うのも、自分の手に入るはずだったものを奪った人を憎いと思うのも自然なことだと思います」


あああ、なんか偉そうになっちゃってる……! 私だってヘンドリックお兄様のこと言えないじゃん!


「負の感情を抱くことは決して悪いことではございません。それを行動に出すのは良いことではありませんが」


ふとお母さんの声が聞こえたような気がした。私が小学生だったころに言われた言葉。ずっと忘れていたのに今急に思い出した。


――人間はね、真ん丸で生まれてくるの。


「人間は真ん丸で生まれてくるのですよ」


――そこに痛みとか苦しみとか、悲しみとか憎しみとか、そういうのが棘になって生える。


「その丸に痛いだとか、苦しいだとか、悲しいだとか、憎いだとか、負の感情が棘になって生えるのです」


――その棘がもう数えきれないくらいになって、それでまた真ん丸に戻るの。


「無数の棘に覆われて、そしていつかまた真ん丸に戻ります」


――そしたらほら、最初の丸がもっと大きくなるでしょ?


「感情に覆われて丸は大きくなります。人間とはそうして成長するのです。ですので、レオン様もご自分のお気持ちを大事にされてくださいませ」


レオンは驚いたような表情で私を見ていた。目が合い、ちょっと恥ずかしくなる。


「まあこれは受け売りなのですけどね。偉そうに語ってしまって申し訳ありません」


私の言葉は根本的な解決にもならないことは知っている。だけど私はレオンの家のことをどうこう言える立場ではないし、どうにもできないから。少しでも前を向く手伝いが出来たら嬉しい。


「……びっくりした。ちょっと愚痴るつもりで言っただけなのに」


あああ、やってしまった! 出しゃばりすぎだって思われたかな? 思われたよね? どうしよう、「こいつウザすぎ」とか思われてたら!


「しゃしゃり出てしまって本当に申し訳ありません……」


とりあえず深々と頭をさげておく。すると「いや、そう言うわけじゃ」とちょっと慌てる声が聞こえた。


「でもそうか、自然なことなのか……」


噛みしめるように呟くその声が耳に届き、顔を上げるとレオンは泣きそうな顔で笑っていた。どうも私の言葉は私が思った以上に届いたようだ。出しゃばってよかったかもしれない。レオンの気持ちが楽になるのなら。


「はい、思うだけなら何の問題もございません」


レオンはまだ子供なんだし。親の愛情が欲しいのは当たり前なのだから。


「だけどレオン様、感情を内にとどめることはとても苦しいことですわ。もし吐き出したくなった時はおっしゃってくださいませ。わたくしでよければいつでも聞きますので」

「……ああ、ありがとう。その時は頼むぜ。こんなこと他のやつには言えないからな」


口調が、声がいつもに近付いて来た。少しすっきりしたのかもしれない。私も嬉しくなって笑った時だった。


「あれ、珍しい二人だね」


明るい声が聞こえた。振り返るとそこにはクリスが立っている。


「クリス! 帰ってきたの?」


まだ何も言ってないのに。クリスは頬を膨らませて私を見た。え、何……怒ってる?


「酷いよ、エレナ。帰るなら一言言ってよ。私エレナの家に行ったんだからね!」


なんと。クリスの帰省の邪魔をしないようにと気を遣ったつもりが、どうも迷惑だったようだ。それにしてもいつも一緒にいるんだからそれぞれ家に帰った時くらいは会わなくてもいいのに、わざわざ家に来るとは……。


「ごめんなさい、クリスも久しぶりに家でゆっくりしたいかと思って」


ぷんすかと怒るクリスを見て、レオンが笑った。可笑しそうに、楽しそうに。その笑顔を見て安堵する。ぱち、と目が合った。レオンがニカッと笑うので、私も笑い返すと、それを見たクリスが更に怒った。


「何、二人だけで分かり合ってんの! 私も仲間に入れろー!」


その光景がいつも通り過ぎて、思わず笑ってしまった。
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