池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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薬づくり

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「ええっ! お菓子ないんですか!?」


クリスの陛下への第一声はそれだった。


「うむ、すまぬ。厨房に伝え忘れていたのだ。次の時に多めに用意しておくから許してくれ」

「もう、仕方ないですね」


ぷんすかと怒るくクリスを横目に見る。

……呼ばれてもないのに来たくせに。

そう思わずにはいられなかった。もちろん陛下はクリスも一緒に来る前提だったのだろうけど。

隣に立つリリーを見ると、あまりの光景に目を丸くしている。うんうん、そうだよね。驚くよね。しかし貴族の子が皆こうだと思われても困る。


「リリー様、陛下は寛大なお方ですが、クリスは例外だと思っていてくださいませ」


ひそひそとそう言うと、リリーは「そうなんですね」と頷いた。クリスはすごい。レオンやマクシミリアン、カイですらもあんな態度はとれないのに。


「クリス、遊びに来たわけではありませんわ」

「そうなんだけどー」


唇を尖らせて不満をアピールするクリスのほっぺをつねる。クリスは「何するの!」と私の手をパシッとはたいた。よしよし、機嫌は治ったようだ。


「陛下、本日のご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ああ。今日は薬を作って欲しい」


薬ということは病気。しかも厨房にお菓子の手配を伝え忘れるほど忙しいとしたら……


「疫病でしょうか?」


陛下とその後ろに立つお父様が驚いたように私を見た。どうやら正解のようだ。結構適当に言ったのに。

だけどゲームにこんな展開はないはず。ということは大したものではないのかもしれない。


「まだ疫病かもしれない、という段階だ」


お父様が低い机の上に地図を広げてくれる。その指が示したのは国の端っこの方だった。


「村の住人たちが次々と倒れているらしい。はっきりとは分かっていないが、症状から隣国で流行っている病気ではないかと思われる」


隣の国の病気。確かに国境を越えて入って来てもおかしくはない。

ゲームにこんなイベントあったかな。なんて考えていると、陛下の指示で机の上に薬草が置かれた。どんどん積まれ、あっという間に山盛りだ。


「念のためにそなたらにはその薬を作ってもらいたい」


まあ宰相であるお父様が隣国の病気じゃないかって言うんだから、ほぼ確定なんだろう。薬草を一つ手に取るとツンと、青臭さが鼻を抜けた。これはかなりまずい薬になりそうだ。

クリスが鼻をつまんでいるのを横目に、試しに一つ薬にしてみる。魔力を通すと、薬草は私の手の中で小さな錠剤となって転がった。

うん、できたかな。

薬と言えば液体のこの世界。今までは液体の薬を作って来たけど、でもまずいと飲みづらいもんね。


「それが薬か?」


陛下が怪訝そうに私の手の中を見る。


「ええ、苦い薬は飲みにくいですもの。これをお水で流し込んだら少しは飲みやすいと思われませんか?」

「……なるほど」

「いつものお薬の方がよろしいならそちらで作りますが……」


こっちの方が飲みやすいしかさばらないしおすすめだけど。まあ飲んでもらえなかったら意味ないしね。そう思っていると、陛下は首を横に振った。


「いや、それで頼む。小さい方が運びやすい」

「かしこまりました」


よしよし、この国に錠剤を広げるぞ。そしてできればあの魔法薬も錠剤タイプに……これから飲まないといけない子達の為に。


「リリーは初めてだったな。やり方はエレナに聞いてくれ」


お父様がリリーにそう言い、リリーが私の方を見た。やり方って言われても、普通に魔力を通して薬にするだけなんだけど……。

もう一つ薬草を手に取り、魔力を流す。手の中で薬が転がった。


「コツは細かなイメージをすること、ですわ」


そんな貴族なら誰でも知っていることを言ったが、リリーだって既に知っているだろう。

だって私はもう感覚なんだもん。最初の頃はそりゃすごい繊細にイメージして魔法を使っていたけど、今ではちょっと頭で考えて魔力を流すだけでできるし……感覚的なものなんだよね。

しかしリリーは私の言葉を馬鹿にせずに真剣な表情で頷いた。


「分かりました。やってみます」


容器と薬草をそれぞれ手に取って、目を閉じるリリー。少しの間、皆が静かに見守る。しかし薬草が薬になることはなかった。


「……できません」


落ち込んだ様子でそういうリリーにクリスが慌てたように「大丈夫だよ」と言った。


「大丈夫。もうちょっと練習したらすぐにできるようになるよ。エレナはこれがもう何回目か分からないくらい作ってるから。だからリリーだってできるよ。絶対に!」

「ええ、クリスに言う通りですわ。わたくしだって最初は上手くできませんでしたもの。ゆっくりで大丈夫ですわ」


リリーが頷くのを確認して、私は作業へと取り掛かる。複数の薬草を持つと、それだけの錠剤ができた。

うーん、正直この机の上の薬草も全部一気に薬にできそうな気がする。でもそれじゃリリーの練習にならないしな。まあ少しづつ作っていくか。

リリーの様子を確認しながらゆっくり薬を作っていると、机の上に薬草が半分ほどになった時、リリーが声を上げた。


「出来ました!」


その手の中の容器には緑色のどろっとした液体が入っている。陛下はそれを眺めると、「うむ」と頷いた。


「どんどん作ってくれ」

「これでよろしいのでしょうか?」


リリーが不安そうな顔で陛下を見る。陛下はそんなリリーに首振って答えた。


「ちゃんとできているかどうかは後で専門家に回して確認してもらう。気にせずに作ってくれ」


ああ、なるほど。専門家がいるのか。今まで気にしたことがなかったんだけど、ちゃんと私の作った薬も調べてくれていたんだ。それはよかった。

もちろん失敗しているなんて思ってはいないけど、それでも万が一があるもんね。


せっせと薬を作り、全て終わった頃には外は真っ暗になっていた。
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