池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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誘拐犯

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「気分はどうだ? 嬢ちゃん」

「どうだと聞かれたら、最悪だ、と答えるしかありませんわね」


扉を開けて入って来たのはいかにも、と言った風貌の中年の男三人だった。しかし前に立つはまだしも、後ろの二人は小物感が半端ない。誰かに雇われて私を攫ったと考えた方がよさそうだ。

まずは目的を探ることから、かな。


「余裕そうだな。その冷静な顔を崩したくなってくるぜ」


後ろの一人が下卑た笑いを浮かべて私を見下す。どう見たって貴族ではないし、貴族の飼っている輩でもなさそう。

……その辺の平民を適当に雇ったのかも。となるとここは貴族街ですらないかもしれない。

だけど私が攫われたのは魔法学校の中。貴族が関わっているのは確実だ。まあ私への関心がある時点で貴族しか考えられないけど。


「まずはわたくしを攫った目的を教えていただけませんこと?」


後ろの男は無視して前にいた男の顔を見ると、男は感心したように私を見た。


「肝が据わっているな。この状態が怖くないのか?」

「あら、そんなことありませんわよ」


怖いに決まっている。魔法が使えない上に相手は三人。怖くないなんてあり得ない。だけど逃げ出せるとは思えないから。

本当は捕まったとしても、逃げきれなかったとしても、今すぐにここから逃げ出してしまいたい衝動に駆られている。ほんの僅かな理性でそれを押さえているだけで。

手をぎゅっと握って震えを隠すと、男はそれに気が付いたのか、「ふーん」とおもしろそうに笑った。


「お前らは外に出てろ。周りをしっかり警戒してくれ」

「はあ!? 周りの警戒なんて必要ない。この場所がそう簡単だバレるもんか」

「その女は殺さなかったら何してもいいんだろ? 兄貴だけじゃなくて俺らにも楽しませてくれよ」


殺さなかったら何をしてもいい。

その言葉を聞いた途端、ぞわっと鳥肌が立った。

目的は多分私の光属性じゃない。ただ単に私が邪魔で、消してしまいたいだけなんだ。それならいっそのこと殺してほしいところではあるけど、それが出来ない理由があるのかもしれない。

私を殺すことのできない理由。もしもの時のための保険? 私を殺したら光属性の使い手が減るから?


「口答えをするな。外に出ろ」


男が後ろの男二人を睨む。それがよっぽど怖かったのか、小物感溢れる二人は逃げるように小屋を出ていった。

男が「ふー」と深い息を吐き、私の前にどかっと腰を下ろした。

お金で雇われたゴロツキにしては悪い人ではなさそうだ。少しだけ肩の力が抜ける。ここに皆がいたらきっと「油断するな」と怒られるだろうけど。


「悪いな、嬢ちゃん」

「……え?」


突然の謝罪に驚きが隠せなかった。悪い人ではないと思っていたけど、まさか謝られるとは。

まあだからといってこの人が私の味方になるわけではないだろうし、状況がかわるわけでもない。


「……謝罪はいりませんわ。残念ながら、わたくしはこんなところで終わるつもりはありませんもの」

「そうか」

「ええ」


沈黙が降りる。

……それで? え、この状況何?

この男の人が何をしたいのか全然分からない。わざわざ他の二人を外に出したかと思うと謝罪。それだけ。

私をどうこうしようとする素振りもなければ、助けてくれそうな感じでもない。

いや、これどうするの? 何がしたいの? 意味分かんないんだけど。え、なんか気まずすぎない? 何もないのはいいことなんだけど、これはこれでちょっと……。

居心地がすごく悪くてキョロキョロと意味もなく周りを見る。


「……娘が二人いる」

「……はぁ」


突然何を言い出すのかと、心の底から思った。しかし助けを待つ時間稼ぎにはなるかもしれない。どうせ暇だしお喋り相手くらいにはなってあげるか。


「金が必要なんだ」

「わたくしを攫うことで大金が?」

「ああ、もう一生働かなくても食っていけるほどの金だ」


まあ納得のいく理由ではある。お金があれば不自由はしない。特に娘の為となれば父親はなんでも出来るだろう。


「これが成功すればもう我慢させなくてもいい。満腹になるまで食わせられるし、綺麗な服も買ってやれる。今まで我慢させて来た全てを与えてやれる」


……でもそれでこの人が苦しんでちゃ意味がないでしょ。


「……大人が思っている以上に子供は鋭いし、賢いし、よく見てる」


この人は髭が生えていてちょっと小汚いけど、よく見るとまだそこまで年をとっていない。精々三十歳前半くらいだ。となると娘は私よりも小さいか、同じくらい。


「あの時、あの子には悪いことをしてしまった。でも自分は言われてやっただけだから悪くない。そう思いながら、これからもずっとそんな顔をして生きていくの?」


自分が今危うい立場にいることは分かっている。誘拐犯を刺激しない方がいいことも分かっている。だけど言わずにはいられなかった。


「冗談でしょう? 言われてやっただけなら責任はない? そんなわけがないわ。自ら善悪の判断もせず、何も考えずにやったことにこそ、責任はあるのよ」


男の人が罰の悪そうな顔で私を見る。逆上されて襲われたって文句は言えない。でもここで、私のせいで人生が変わる人を放っておくわけにはいかない。


「特にあなたは優しい人みたいだから、きっと罪悪感に耐えられないわ。子供のために頑張るのはいいことだけど、頑張り方を間違えてはダメ。そんなのじゃあなたも娘さんも本当に笑顔にはなれないわ」


いい人には幸せになってもらいたい。もちろんお金は必要だし、世の中綺麗事ばかりじゃ生きていけない。そんなことは知っている。だけど世の中そう捨てたものではないことも知っている。


「……頑張り方、か。嬢ちゃんみたいに真っ直ぐ生きることができたら俺も娘も幸せになれるんだろうか」


男が笑った。何かが吹っ切れたような笑顔だった。

途端、外の空気が変わった。ぞわっと鳥肌が立った。男が異変を感じ立ち上がる。私は外に出ようとする男の手を反射的に握った。

……最悪だ。まさか、こんなところにあの人が来るなんて。最悪だ。

私の焦りようを見て男が戸惑っているのが分かった。このままではこの人は……。

見上げた男の瞳には、泣きそうに顔を歪めた私がうつっていた。
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