池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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予想外の展開

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「どうしたんだ、嬢ちゃん? ずっと待ってた助けが来たんだろ。なんでそんな顔……」

「行っては駄目よ」

「嬢ちゃんの言葉で目が覚めたよ。戦いはしない。大人しく捕まる」


目が覚めたのはいいことだ。だけどそんなことを言ってられる状況じゃない。これは私にも予想外なのだ。


「駄目よ。わたくしと一緒にいて。できるだけ近くに」


嫌な汗が出てくる。魔法が使えない今の状況でこの人を守り切ることができるのか。可能性はとても低い。それでも諦めることはできない。

私の目の前で人が死ぬところは見たくない。それが数分でも会話をし、心をのぞいた相手なら尚更。

バンっと音を立てて小屋のドアが開く。それと同時に私はお腹の底から声を出した。


「止めて!!!」


ひゅっと風を感じ、そして空気が止まる。何もしていないのに息が上がっていた。極度の緊張と、恐怖。体が動かない。

そしてその人は姿を現した。


「どうして君が止めるのかな?」


ドアの影から出て来たのはいつもと変わらない表情のユリウス殿下。この殺気にさらされたのも数回目。それでも慣れない。どうしても動けない。

視線だけで男を見ると、男も私と同じように固まっており、震えていた。


「この方を殺さないでください。お願いします」


男の手を握ったままそう言うと、ユリウス殿下は深く息を吐いて、そして言った。


「僕は今すぐにでもこの国を滅ぼしてもいいんだよ。でもそれだと君が悲しむだろうから、直接関わった相手だけで済ませてあげようとしているんだ。何か問題があるかい?」


口の中がカラカラでうまく言葉が出てない。手が汗ばんで気持ち悪い。だけどここで引くわけにはいかない。


「そのわたくしが言っているのです。この方を見逃してくださいませ」


ユリウス殿下を真っ直ぐに見つめ、そう言うとユリウス殿下は意外にも素直に頷いた。


「いいよ」


驚きと安心半分。男も息をつくのが分かった。しかしユリウス殿下はすぐに口を開く。


「でもその代わりにその男の娘たちがどうなるかは分からないけど」


ぞわっと再び鳥肌がたった。

脅しじゃない。本気だ。ユリウス殿下はそこまで分かってここにいるんだ。……打つ手がない。

顔が引きつり、一歩も動けない私を見てユリウス殿下が笑う。


「おかしいと思わない? 攫われたと聞いて慌てて助けに来たお姫様が、誘拐犯の汚らしい男と手を繋いでいるんだ。悪いことをしたくせに、いい思いばかりするのはフェアじゃないだろう?」

「……っ! この方は何もしてません! どころか謝ってくださったのです。悪い方ではありませんわ」

「でも君を攫っただろう?」


言葉に詰まった。確かにそれは否定できない。それでも何もされていない。たった少し話しただけで分かる。いい人なのだ。優しい人なのだ。

男の顔から緊張が抜けていくのが分かった。握っていた手が優しく解かれる。

男は私の顔を見て柔らかく微笑んだ。

絶望が込み上げる。私にはもう何もできないのだと。そんなのは嫌だ。心の底から何かよく分からない感情が込み上げる。それと同時に涙も溢れる。


「俺の命で娘たちは見逃してもらえるのか?」

「ああ」


ユリウス殿下の冷酷な顔が涙で歪んだ視界でもはっきりと見えた。


「止めてください! その方を殺さないで……!」

「すまないな、嬢ちゃん」


振り返ってそう笑った男の顔。そして魔法に貫かれるその体。全てがスローに見えた。ゆっくりと地面を倒れる男。

ものすごい叫び声が聞こえた。涙がとめどなく溢れた。そして、ようやく叫んでいるのは私だと気が付いた。

まだ間に合うかもしれない。私の光属性なら治せるかもしれない。

両手にはめられた手枷を無理やりはずそうともがく。しかしそれはびくともしない。こすれた手枷が手首に傷をつけ、力ずくで取ろうとした右手は爪が剥げた。

それでも手枷は全く取れる気配がしなかった。男は既に動かなくなっていた。

溢れた血を、動かない体を見ているのが辛くて地面に突っ伏す。魔法の使えない私には何もできない。こんな時に使えないなんてなんの意味もない。


「どうして泣いているのかい?」


静かな声が聞こえた。どうしてなんて、そんなの悲しいからに決まっている。この人にはそんなことすらも分からないのだろうか。


「……どうして殺したのです?」


ユリウス殿下の問いには答えず、そう聞いた声は掠れていた。それを聞いて自分が何をしたいのかも分からなかったけど。

顔を上げてユリウス殿下を見ると、ユリウス殿下はどうしてそんなことを聞くのかと言いたげに首を傾げた。そして言った。


「決まっているだろう。君に苦痛を与えたからだ。君を傷付け、攫い、恐怖を与えた。それ以上の理由なんてない」


頭の中がカッと熱くなった。


「ほら、一緒に帰ろう。城に戻ればその手枷を解けるはずだ。ああ、もちろん、君を攫うよう仕掛けたやつも始末してあるから安心して」


いつもと変わらない。悪いなんて全く思っていない。どころかいいことをしたとまで思ってそうな顔。

そんなユリウス殿下に、湧き上がる感情が抑えられそうになかった。
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