池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

文字の大きさ
256 / 300

アリアの過去

しおりを挟む
『私は元々子爵家の出なのですが……半ば追い出されるように家を抜けたのです』

『家を抜けたって、つまり家と縁を切って身分を捨てたってこと?』

『はい。学校卒業と同時に……』

『それって本人の意思は関係ないの?』

『いいえ、もちろん本人が自分の意志でサインをしなければなりません。あんな家にいるなら、出てしまった方がマシだと思ったのです。後悔はしておりません。ですが、やはり身分のない貴族など生きていくことすら困難なのです』



学校へと戻る馬車の中で昨日のアリアとの会話を思い出す。まさかこんなに身近に家を抜けた貴族がいたとは思わなかった。


『私には魔力が全くないのです。魔法薬を飲み、魔法石に触れましたが石は何の反応も示しませんでした。生きていることすら辛い日々で、偶然ヘンドリック様に会ったのです』


魔法薬を飲んでも魔力を生成することのできない体質。魔法薬を飲まなくても魔法を使うことのできた私がいるのだ。そんな人だっていてもおかしくはないだろう。しかし、それは異質だった。

アリアの両親はアリアを疎み、アリアの妹に当たる、もう一人の娘を可愛がった。そしてその子が婿を取って家を継ぐために、アリアが邪魔だったのだと。魔法を使えない、魔力すらない娘がいることを嫌悪した。

アリアはその扱いに耐え兼ね、両親に言われるままに家名を捨てたらしい。


貴族の社交の場でも相手にされず、仕事も見つからない。お金がないと住む家も食べるものも、着替えもない。誰も助けてくれない。途方に暮れるしかない。

そんな状況で手を差し伸べたのがヘンドリックお兄様。お兄様はアリアを自分の使用人として雇うようお父様に頼んだらしい。

……あのお兄様が人を助けるなんて信じられない。が、本当なんだろう。その時たまたま機嫌が良かったのかもしれない。

まさかアリアにそんな過去があったなんて思ってもいなかった。私はアリアのことを何も知らなかった。自分のことばかりで全くアリアのことを気にしていなかったのだ。反省。

しかしお兄様の気まぐれだろうが何だろうが、アリアに手を差し伸べてくれてよかった。アリア以上に優秀な人なんていないもんね。

私的には結果オーライ。しかしアリアが今まで辛い思いをしてきたというなら、少しでも幸せになって欲しい。……できるだけ迷惑はかけないように気を付けよう。私にできることはそれくらいだ。


「お姉さま? 考え事ですか?」


名前を呼ばれてハッとする。そういえばカミラが一緒にいたのだ。すっかり自分の世界に入り込んでいた。


「え、ええ、ごめんなさい、何かしら?」

「……わたくしはマクシミリアン様にご迷惑をおかけしたのでしょうか?」


しょんぼりと俯くカミラ。しかしそれを言うならマクシミリアンに迷惑をかけたのは私だ。カミラを誘い、マクシミリアンに声をかけたのは私なのだから。

そう言ってもカミラは納得しないだろうけど。


「大丈夫よ。マクシミリアン様は優しい方ではあるけれど聖人君子ではないもの。無理なら無理だと言ってくださるわ。二つ返事で引き受けてくださったということはそうご迷惑なことでもなかったのかもしれないわ」


もちろん、反省はしている。しかしあのマクシミリアンのことだ。私の話を聞いて、考えたうえでいいと言ってくれたの違いない。まさかそれにカミラのドレスのことまで含まれているとは思わなかったけど。


「連れて行って下さるのも、ドレスを用意してくださるのもマクシミリアン様のご厚意よ。カミラは楽しめばいいの」


せっかく連れて行ってくれるというのに申し訳なさそうに俯かれていても、マクシミリアンも困るだろう。そう言うとカミラは「そうですね」と微笑んだ。

やはりカミラには笑顔が似合う。この子を隣に置いていたらマクシミリアンも誇らしいのでは? なんて思う。が、それを口に出すのはとても図々しい気がするので言わない。

私の心の中だけにとどめておこう。

少しカミラに笑顔が戻り、そして馬車は学校へと着いた。

寮でカミラと別れ、部屋に戻ると、クリスがとてもどんよりとした表情をしていた。私の知っている限り、昨日は凹むようなことはなかったはずだ。つまり、私たちが家に帰った後に何かあったのだろう。


「今帰ったけれど……どうしたの? らしくない表情じゃない」

「……うん」


あらら。これは重症かもしれない。いつものクリスだったら「そうなんだよ! 聞いてー!」と飛びついて来るのに。


「何があったの?」

「……卒業パーティーに来られるんだって」


パーティーに来る? 誰の話だ? 首を傾げると、クリスはがばっと顔を上げた。


「ヘンドリック様がパーティーに来られるんだって!」

「……まあ」


ヘンドリックお兄様が卒業パーティーに……。数年前のお兄様の卒業パーティーを思い出す。隣に立っているだけで好奇だったり恨みだったりがこもった視線を浴び、何かしようものならお兄様から冷たい視線が飛び、しまいには嫌味を言われる。

……まじか。


「昨日あれから魔法で、当日迎えに行ってやるから待っていろって連絡が来たんだよ。もう絶対来られないと思っていたのに……私の平和はどこに行ったの」


行ってやるって偉そう。……でもお兄様なら言いかねない。

ヘンドリックお兄様を狙っている女子達は多い。何度も言うが、性格は悪いけど顔も身分も申し分ないのだ。しかしヘンドリックお兄様とクリスが婚約をしているという事実はあまり出回っていない。

本人たちや両家が特に吹聴して回っていないこと。ヘンドリックお兄様が誰かと婚約することが考えられないこと。ヘンドリックお兄様とクリスがそういう雰囲気を全く出していないこと。

その辺りが要因だろう。つまり、クリスはこの卒業パーティーでそれが明らかになり、女の子達から睨まれるのが怖いのだ。

そうは言ってももう学校も卒業し、今後結婚するのなら隠しておくのも時間の問題だと思うのだけど。


「……それは大変ね。頑張ってちょうだい」


諦めるしかないだろう。まさか来ないでくれだなんて言えない。しかし最初から来ると分かっていたらクリスのショックも少しは少なかっただろうに。来ないと喜んでいたのに、こんな直前になって来ると言われたクリスの気持ちも分からないことはない。


「うー……」


私の言葉にクリスは泣きそうなうめき声を出しただけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...