池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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パーティーの日

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そして卒業パーティー当日の朝。

私は朝早くからアリアにたたき起こされた。


「おはようございます、エレナ様。本日はお忙しくなります。起きてください」


昨日のお昼、学校が終わった。それから寮の片づけをしたり、お世話になった先生方に挨拶をしたり、なぜか私を慕ってくれている後輩たちに囲まれたりして家に帰って来たのは夕方。

つまり、帰って来てもまだゆっくりできていないのだ。窓から差し込むのは微かな光。まだ太陽も登り切っていないのだ。もう少し寝かせて欲しい。

寝ぼけ眼でアリアを見上げるが、アリアは厳しかった。


「時間がありません。エレナ様が起きてくださらないと何もできないのです。ゆっくり眠るのは明日以降にしてください」


……パーティーは夕方からじゃないか。こんな朝っぱらから何をすると言うのだろう。

ヘンドリックお兄様の卒業パーティーに出席した時のことを思い出す。あの時はここまで早く起こされなかったはずだ。しかし朝から色々と準備をされたような気もする。よく覚えていないけど。

仕方がない。あの時と違って今日は私も卒業生、つまりは主役だ。恥をかかないような格好で行かないといけない。私が、というより、うちが。私が何かしたら家の恥になるのだ。

最近は結構好き勝手していて忘れていたけど、私は貴族の娘で、今日は卒業パーティー。生徒だけじゃなくて学校外からも人が来るのだ。

もぞもぞと起き上がると、そこには既に朝食の準備がされていた。


「食べたらまずは湯あみでございます。その後……」


アリアが今日することを順番に教えてくれる。しかし普段しないことは頭にも入って来ない。


「全てアリアに任せるわ。わたくしを誰もが見惚れるように仕上げてちょうだい」


にっこりと笑ってそう言っておく。こう言ってやる気を見せておけばアリアの機嫌が良くなることは分かっているから。

本当はそこそこでいいと思っているけど。恥をかかない程度。目立たない程度。そこそこでいい。本当に。私は婚約を解消される(予定の)女なのだから。着飾ったって別にいいことはないだろう。

しかしアリアはそんなこと知っているわけがない。私がそう思っていることは薄々気が付いているかもしれないけど。


「はい、お任せくださいませ。とびっきり綺麗に仕上げてみせます」


そう意気込んだアリアの目ははとてもやる気に満ちていた。そうして私はアリアを初めとした使用人たちの着せ替え人形と化した。



「お綺麗です。エレナ様」


満足げな笑みを浮かべたアリアが私の頭からつま先を眺める。準備が終わったのは本当に出発ギリギリの時間だった。

あんなに朝早くから準備を始めたのに……。

アリアに時間がないと急かされても、時間はまだまだあるんだから、なんて思っていたけど、本当に時間がなかったようだ。アリアたちはもうずっとバタバタしていた。

パーティーに出席するのは大変だ。

しかしそのおかげで自分でもびっくりするくらい綺麗になった。自惚れとかじゃなくて、本当に綺麗なのだ。あの鏡に映っているのは本当に自分なのかと疑うレベルで。


「馬車の準備もできております。どうぞ」


いつもよりもゆっくり歩くアリアの後について外に出ると、そこにはヘンドリックお兄様とカミラもいた。立派な馬車も二台並んでいる。普段使っているのよりはるかに豪華だ。


「お姉さま! とてもお綺麗ですわ!」


カミラが私を見てはしゃいだ声でそう言う。しかしそれを言いたいのは私の方だった。

控えめだけど華やかなメイク。カミラの可愛さを引き立てるのには最高の、ピンクと白のふりふりドレス。ここまでカミラの魅力を引き出すなんてすごすぎる。しかもあんな短い時間しかなかったのに。さすがは侯爵家。いい仕立て屋を抱えている。


「ありがとう。だけどそれはわたくしのセリフよ、カミラ。とても似合っていて可愛いわ」

「ありがとうございます」


はにかむカミラ。キュンと心臓が締め付けられた気がした。

……これは惚れる。いくらマクシミリアンでも可愛いと思わずにはいられないだろう。誰が見たって私と同じ気持ちになるに違いない。これは姉バカではない。

あまりの可愛さに頭がクラクラする。


「やはり女の支度は長い」


そこに聞こえたのはいつもの冷めた声だった。頭が急に冴えわたる。冷たい冷たいと思っていた声だけど、こういう時は冷静になれていいかもしれない。


「……待ってくださっていたのですか?」


別に私の支度が長かろうが短かろうがお兄様には関係ないだろう。今日は一緒に行くわけではないのだ。しかし文句を言いながらもまだここにいるということは私の支度が終わるのを待ってくれていたのかもしれない。

思わず出た言葉だった。ヘンドリックお兄様はいつもの無表情にかすかに驚いたような表情を浮かべ、そして私から視線を逸らした。


「別にそうではない」

「そうですか」

「私は先に出る」


そう言うとお兄様はさっさと馬車へと向かって歩いて行ってしまう。その背に向かって呼び止めると、お兄様は足を止めて振り返った。


「とっても素敵です。以前よりももっと、ずっと」


五年前、お兄様の卒業パーティーの時に見た正装。あの時もかっこよかったけど、今は年数が経って更にかっこよさに磨きがかかっていて、なんというか大人の魅力がある。

今日のパーティーは攻略対象達が何人もいるだろうけど、それに負けず劣らずだろう。

私の言葉にヘンドリックお兄様は満足そうな笑みを浮かべた。そして言う。


「お前も更に綺麗になった」


はい、お褒めの言葉をいただきました! 年に一回あるかないかの貴重な誉め言葉だ。しっかりと噛みしめておこう。


「ありがとうございます」


私のお礼が聞こえたのか、聞こえていないのか、お兄様は振り向くことなく馬車へと乗り込んだ。ガラガラと出発する馬車を見つめる。

すると、それと入れ違いにうちのよりもずっと豪華な馬車が入って来た。


「いらっしゃったようね、カミラ。また会場で会いましょう」

「はい、お姉さま」


カミラが頷くのを見て、私はもう一台の馬車へと乗り込んだ。

ヘンドリックお兄様はクリスと、カミラはマクシミリアンと。私はひとりぼっちで。

……ラルフと一緒に行くのも嫌だけど、一人で行くのも寂しいな。
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