池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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クリスとヘンドリック――クリス

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「エレナはまだ見つからないんですか? ヘンドリック様」


机に突っ伏してそう聞くと、ヘンドリック様は私の方を見もせず、手も止めず言った。


「見つかっていたらこんなところにはいない」


そんなこと知ってるよ。ただちょっと聞いてみたかっただけだもん。

エレナがさらわれて早一週間。学校を卒業し、就職先も結婚も決まっていない私は特にすることもなく暇を持て余していた。

家にいたって退屈だし、カイ達は色々と忙しそうだし。だからって来る場所が魔法省っていうのは自分でもどうかと思うけど、仕方がない。

今は一刻も早く情報を得たいのだ。どんなに小さな情報でもいい。エレナのことを。それを考えると城にいた方が都合がいい。


「暇ならここにいるんじゃなくて、外に行ってエレナを探して来い」


うんざりとした表情でヘンドリック様が私を見る。私がここにいたって全く気にせず仕事を続けているくせに、邪魔そうにしないで欲しい。


「適当に探したって無駄だって言ったのはヘンドリック様じゃないですか」


相手はあの殿下。私がその辺を探したところでエレナが見るかるわけもないし、情報を得られるわけでもない。エレナを探しに飛び出そうとした私にそう言ったのは、紛れもなくヘンドリック様だ。


「いくら邪魔だからって追い出そうとしないでください」

「邪魔だから仕方がないだろう」


迷惑そうな表情を隠すこともなく言われ、カチンときた。


「仮にも婚約者なんですから、もっと優しくしてくださいよ!」


バンッと机を叩いて少し大きな声で言うと、ヘンドリック様は初めて手を止めて、じっと私の顔を見た。
な、何を言われるんだろう……。

十文句を言ったら百の小言やら嫌味やらを返してくる人だ。


「お前、言っていて悲しくならないか?」


身構えた私に、ヘンドリック様は冷静な顔でそう言った。どうやら私の言葉には怒る気も起きなかったようだ。それがまたムカつく。


「仕方がないでしょう。他に条件の合う人がいなかったんですから。今更女の人をそう言う目で見ることもできませんし」

「育ちが複雑な奴は大変だな」


あまりにも他人事のような口調でそう言われ、カチンときた。確かに他人事なんだろうけど。


「ヘンドリック様こそ、私に感謝して欲しいくらいです。おかげであなたの苦手な女の人から逃げることができたんですから」

「感謝はしている」


はい? 感謝している? その態度で?

あまりに驚く言葉が出て来たので、目を丸くしてヘンドリック様を見ると、ヘンドリック様は続けた。


「だが、邪魔なものは邪魔だ。どこか他のところへ行け」


だから他に行くところがないんだって。


「それにしてもあれはまだ気が付いていないのか?」


ん? 本当に私を追い出す気はないのかな? てっきりもう話もしてくれないんじゃないかと思っていた私は少し驚きながらも、返事をする。追い出されないのなら万々歳だ。


「まあ、そうみたいですね」


はは、とかわいた笑いがこぼれる。何度か気が付いているんじゃないかと思ったことはある。しかしエレナはとても鈍感だった。というか、抜けているところがある。鋭い時は鋭いんだけどな。


「ここまで黙って一緒にいるつもりじゃなかったんですけどね。皆面白がっちゃって。今となってはもう隠す気もないんですが、疑われることもなく……」

「一番面白がっていたのはお前だろう」


すかさずヘンドリック様が突っ込んでくる。いや、それはそうかもしれないけど……。


「ヘンドリック様だって隠しているじゃないですか」

「聞かれないから言わないだけだ」


だからそれを隠してるって言うんじゃ……。まあいいけど。

部屋の中が静かになる。ヘンドリック様は手元の魔法陣を眺め、たまに何かをしているようだ。この人いつも魔法陣眺めている気がする。

……それにしてもエレナと全く似ていない。性格どころか、顔も。こうやって改めてじっくり見てみても全く似ていない。兄妹なんて言われないと分かるわけがないくらいに。ヘンドリック様はお父様に似ている。じゃあエレナはお母様似なのか。クルト様はその中間って感じ。

まあ似ていなくて私は嬉しい。だってエレナと一緒にいてヘンドリック様を思い出すのは嫌だもん。ヘンドリック様にいい思い出はないし。


「何か失礼なことを考えているだろう」


じろっと横目で睨まれて慌てて首を横に振る。さすが、とても鋭い。


「殿下はエレナをさらって何をしたいのでしょうか?」


考えられるのはエレナを人質にして何かを要求することだけど、そんなことするわけがない。だってそんな必要ないんだから。あんなにも大きな力を持っているのだ。望めば大体の物は手に入れることができるだろう。

分かりますか、と視線を向けると、ヘンドリック様は特に変わらない様子で言った。


「あの方は初めからこの国のことしか考えていない」


うん、それは知っている。一つ頷いて続きを待つ。が、いくら経ってもヘンドリック様が口を開こうとしない。


「……そのくらい分かっていますよ。だから、何がしたいのかを聞いているんです!」


分からないのか、とでも言いたそうな表情だ。分からないから聞いているんだって。これだから頭の良い人は……。

ちょっと文句を言おうかと口を開きかけた時だ。バン!と大きな音が聞こえ、そして明らかに急いでいる足音が聞こえた。


「クリス! 動きがあった! すぐに来い!」


慌てた様子でそう言ったのはレオンだった。
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