池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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生きることの幸福

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出た声は震えていた。ここで声を出すには勇気がいった。いつもとは違う。陛下は陛下として指示を出し、お父様は宰相としてここに立っている。

皆が私を見る。しかし怯んでなんていられない。


「今読み上げた名前の中に子供は何人いますか?」

「分からない。赤子もいるかもしれないね」


答えたのはユリウス殿下だった。私にはユリウス殿下が何をしたいのか分からない。しかし言うことは一つしかない。


「どうか、子供は……関係のない人達は処刑しないでくださいませ」


きっと誰もが知っていた。私がこう言い出すことを。だから誰も驚いていない。

正直、ここにいる人たちがどういうつもりで私がいることを許可したのか分からない。ユリウス殿下だってわざわざ私を連れて来た理由が分からない。絶対にこうなることは分かっていたはずなのだから。


「血がつながっていると言う理由だけで処刑することは理不尽だと思いますわ」


本当に悪いことをした人ならまだしも、巻き添えになる方はたまったものじゃない。陛下たちが皆処刑したいと思う気持ちも分からないこともないけど。


「子は親を選べません。望まずに嫁いだ女の人もいらっしゃるでしょう。どうか、ご慈悲を」


政略結婚なんて珍しくない。クラッセン公爵家は一部の貴族たちから嫌われているのだ。そんな家にお嫁になんて行きたくないと思いながらも拒否できなかった人もいるとうわさで聞いたこともある。

ただでさえ不幸な中で連名で処刑されるなど不幸なんて言葉で表せられるようなものじゃない。


「……昔、同じようなことを言った男を知っている」


陛下の静かな声が耳に届く。


「その男は婚約者の罪で一緒に処刑されそうになっていた娘を見て、それを救うために自分が婚約者となり、責任を持つと言った」


素晴らしい人じゃないか。一人の命を救うために一生を一緒に生きて責任を負うのだ。誰にでも真似できることではない。


「救われた娘はどうなった、ヘルムート」


陛下がお父様へと話を振った。視線をお父様に向ける。お父様は懐かしそうに目を細めて私を見た。


「その男を恨み、夫に似た自らの子を憎み、最後には病気で亡くなった」


ヘンドリックお兄様が不快そうに眉をひそめるのが見えた。


「自分勝手に命を救ったって感謝されるとは限らない。父親としての助言だ。この貴族の世界で上手く生きるコツは、余計なことに首を突っ込まないことだ」


お父様はバッサリとそう言った。私をわざわざこの場においたのはそれが言いたかったからか。


「その方に光はなかったのでしょうか? 生きる希望となった何かは」


処刑から救われた後、その人がどのくらいの年数を生きたのかは分からない。だけど全くいいことがなかったとは考えられない。


「……末の娘のことはとても可愛がっていた」


なんだ、幸せだったんじゃん。


「ではその方は幸福だったのでは?」


子供のことを可愛いと思っていたのなら不幸のどん底というわけではあるまい。子供とは言え、自分以外の誰かに愛を与える余裕があったのだろうから。


「というか子供が二人以上いたのでしたら、少なからずその方はご主人を愛していたのではありませんか? 跡継ぎは一人で十分なのですから。愛していない人の子など産みたいものではないでしょう。……亡くなった方のお心を推し量るのは生者のすることではないかもしれませんが」


確かに憎んでいたのかもしれない。恨んでいたかもしれない。だけど愛はあったはずだ。私は子供を産んだことはないし、産みたいと思ったことはない。だけどそのくらいは分かる。そして、


「さらに言えばその子供たちは生まれて来てよかったと思っているのではありませんか? 人は皆限られた生の中で喜びや希望を見出すものですから」


楽観的な考えだとは分かっている。皆が皆そんな人生を歩んでいる訳ではないことも分かっている。だけど私はどんな環境にいても楽しみや喜びを見つけたい。貴族として今ここにいる私だからそう言えるのかもしれないけど。

お父様はぽかんとした表情で私を見ていた。先ほどの宰相の顔はかけらもない。こういう顔を見ると私とお父様は似ているのだと思った。


「……エレナがその娘の子供だとして、幸せだと思うのか?」

「もちろんですわ」


今まで力説していたのだ。ここで首を横に振るわけがない。お父様は少しおバカになってしまったのだろうか。なんてとても失礼なことを考えていると、お父様の視線がヘンドリックお兄様に向いた。目から動揺が見える。どうしたのだろうか。

ヘンドリックお兄様は長い沈黙ののち、ため息を一つついた。


「私もそう思いますよ、父上。クルトも迷わず頷くでしょう」


その瞬間、お父様は笑った。憑き物が落ちたような晴々しい表情で。


「そうか……そうか」


噛みしめるようにそう言ったお父様は今まで見たことのない顔をしていた。……子供のような表情だな。


「……上手くまとめたようだが、今回もそう上手くいくとは限らない。救った女子供がいつ皇家に楯突くか。良くて一生幽閉だ。死んだ方がマシだったとそなたが恨まれる可能性がある」


分かっている。分かっていて私は言っている。


「では本人に選ばせてください。一族とともに処刑されるか、幽閉されて一生を過ごすか」


陛下の言いたいことは分かる。これが皇家の力を知らしめるのにいい機会だってことも分かっている。それでも見捨てることはできなかった。
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