夢の続き

ぽてち

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颯田瑞貴の場合

6、誕生祝

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「災難だったな、颯田」
「いえ」
 多少の諍いのようなものがあったが、披露宴は恙なく終わった。伊手がこちらを振り返って労う。

「高見沢があんなに嫉妬深いとはな」
「でも、分からなくもないですよ。あんな綺麗で優しい人中々いないですから」
 顔を真っ赤にして、夢見心地なのだろうか、うっとりとした表情で話す。

 苦笑して、谷野を見る。前に比べるとだいぶあか抜けてきた。
「俺、今日は可愛いですねって褒められました」
「谷野。社交辞令って知っているか」
 苦笑いして突っ込む伊手の言葉は谷野には届いていないようだった。
 颯田には特に何も無かった、通り一遍の感謝の言葉だけだった。

 アシュリンは意識的に颯田を避けている。たぶん、東吾の為に。
 自分がレーネルであることを、ネイサンのことを聞きたいのだろうに我慢しているのだろう。
 彼女を苦しめたくはない。
 いずれ、話せる時が来るかもしれない。
 そう思い、彼女と距離を置くことにした。




「うわ、なんですか。このマンション」
 エントランスに入って谷野が茫然としている。
 今日は出産祝いでアシュリンを訪ねていた。

「なんか、アシュリンのお祖父さんの持ち物らしいよ。管理費は高見沢さんが払っているって言ってたけど」
 そう答えたのは姉の麻美だった。あれから、アシュリンと仲良くなったらしく、もう一人の姉の柚香も時々アシュリンを訪ねていた。
「あいつの給料で払えるようなマンションじゃないだろうに」
 伊手が首を捻っている。

「あ、それ聞いた。アシュリンも引っ越すつもりだったみたいだけど、払えるからここに居ようって言ったらしいよ。なんでも、学生時代から株とか投資とかやってて医学部の学費も自分で払ってたみたい」
「……東吾さんって何者ですか」
 あいつなら有り得るだろうなと颯田は思った。

 そういう颯田も同様に学生時代の友人に誘われて株の売買とFXをやっていた。
 友人は経済学部だったが、大損して学校を辞めることになった。
 颯田はかなり利益を出していたが、友人の手前あまり上手くいかなかったと言い、そこでやめていた。
 その時得ていた利益と貯金で優良株を買い、配当金は颯田が今貰っている給料の三倍近い。

 親には医学部の学費を返そうとしたが、笑って貯金しておきなさいと言われた。
 その事は姉たちも知らない。
 貯金ばかりしていたが、そろそろ持ち株を増やそうかとエントランスにいるコンシェルジュに挨拶されながら考えていた。
 万が一、彼女を妻に出来た時に生活水準を下げさせたくないなと思った。
 そんなことが起こるわけもないのにアシュリンとの未来を考えてしまう。


 東吾が出迎えてくれた。少し眠そうな顔をしている。
「いらっしゃい、どうぞ上がって下さい」
「東吾さん、眠そうですね」
「昨日、幸哉が夜泣きして、それにつられて正哉が泣きだして、東哉も泣きだしたから」
 欠伸しながら答えた。

「それはアシュリンさんも大変だったでしょう」
 東吾は、少し眉を顰めて一瞬黙り込んだ。
「最近、夢見が悪いみたいで気分が優れないみたいなんだ。昨日は別の部屋で寝かせていたから」
「マタニティ・ブルーかしら。産後はホルモンバランスが崩れるから」
 心配そうに麻美が呟く。


 リビングに入ると爽やかな薔薇の香りがした。一瞬ぎょっとしてアシュリンを見つめた。
 モノトーンのキッズブロックに囲まれたスペースにベビー布団が敷かれ、三人の赤ん坊が寝かされていた。
 その傍らに座り、アシュリンが無表情で子供の手を握っていた。

「アシュリン、皆が来られましたが」
「……」
「アシュリン?」
 再度名を呼ぶとようやく気付いたようで、ハッとして顔を上げる。
「あ、ああ。いらっしゃい。よく来てくださいました」
 どこか悲し気に歪んだ顔は酷く痛々しかった。

「若奥様、お茶をご用意しました」
「ありがとう、レティシア」
 ふらりと立ち上がり、こちらに来て挨拶をする。
「アシュリン、大丈夫? 具合が悪いなら、すぐ帰るわよ」
 心配そうに聞く麻美にアシュリンはかぶりを振る。
「いえ、むしろ居て頂いた方が、気がまぎれますから」
 笑顔を浮かべているが、どこか儚げだった。
「もうすぐ、アシュリンの友人たちも来ますから」

 アシュリンを心配そうに見つめながら、腰に手を回して優しくソファーに座るように促す。振り向いてこちらにもソファーを勧める。
 レティシアが、コーヒーとルイボスティーを硝子テーブルに並べていく。
 アシュリンはレティシアに渡されたルイボスティーを口にしている。

 その眼はどこか虚ろだった。
 来客を告げるチャイムが鳴り、レティシアが出て、エントランスのドアを操作していた。
 幾らも経たずに優香たちが入ってきた。

「アシュリンさ~ん、来ちゃいましたぁ」
「あら? アシュリンさん、顔色悪いですよ」
 美咲が眉を顰めて言う。
「本当ね、休んでなくて大丈夫?」
 香苗も心配そうに口にする。
「ええ」
 儚げに笑うアシュリンに美咲たちは顔を見合わせた。

「子供たちの顔を見てやってください」
 東吾に促されて子供たちが寝かされていたキッズスペースを囲む。
 お揃いのデザインで色の違いのカバーオールを着せられた子供たちはすやすやと眠っていた。少し茶色がかった黒髪に目鼻立ちのはっきりした顔は東吾に似ていた。

「うわ、可愛い~。でも、お父さん似ですね。アシュリンさんに似ていたら良かったのにぃ」
「あんた、親の前で言う? でも、確かにアシュリンさんに似てたら、絶世の美少年確定だよね」
「……悪かったな、俺似で」
 優しい笑顔で眺めていた東吾が、散々な評価にむすっと膨れる。
「まあまあ、東吾に似ていても、多分美男子だよ」
 一応フォローしているような言葉を吐く美咲に「ありがとう」と答えていた。

「あはは、こんなにそっくりなら、中身も似てそ~。大きくなったら、東吾さんとアシュリンさんの取り合いになるんじゃないですかぁ?」
『あ、それは言える』
 異口同音に同意する客人たちに東吾はぎろっと睨み付けていた。


 レティシアが優香たちの分の飲み物を並べていく。
「シフォンケーキは、プレーン、チョコ、アールグレイ、オレンジがございますか」
「わたし、チョコとオレンジが食べたぁい。でもぉ、アールグレイも捨てがたいかもぉ」
「いっそ、全部食べればいいじゃない」
「え~、でもぉ、それはちょっと図々しいかなって」
「図々しさが無くなった優香さんは優香さんではないので、遠慮なく召し上がって下さい」
「……デスヨネー、では全部頂ます」
 アシュリンのどストレートな発言にちょっと凹んでいたが、開き直って欲望に忠実になることにしたようだ。

 美咲は笑いを堪えていたが、手にしていた有名ブランドの紙袋をアシュリンに渡した。
「アシュリンさん、これ私たちから三つ子ちゃんに洋服です」
「あたしはオムツケーキね」
 可愛らしいクマのぬいぐるみが三体飾られたオムツで作られたケーキだった。
「俺たちは銀のスプーンなんだ。子供たちの名前を刻印してもらった」
「皆さん、ありがとうございます」
 ふわりと笑うアシュリンにほうと感嘆のため息が漏れる。

「でも、アシュリンさん。夢見が悪いってどんな夢なんですか?」
 シフォンケーキを頬張りながら、優香が聞いた。
 ピクリと視線を上げて、また憂いの濃い表情で手のひらに包んだルイボスティーのカップを見つめていた。
 東吾が心配そうに横からアシュリンを見ていた。

「俺も聞いたのですが、話してくれなくて」
「話すだけでも気が晴れるかもしれないから、話してみたら?」
 麻美も心配そうに促す。
 アシュリンは何度も躊躇していたが、重い口を開いた。
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