夢の続き

ぽてち

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高見沢東吾の場合

8、愛情と束縛

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 暫くして、入口の方が静かになった。
 酔いが回って、騒ぐ客が多いのに段々と静かになってくる。

 こつこつとヒールの音を鳴らして現れたのは、女神だった。
「東吾、大丈夫か?」
 少し心配そうな顔をしたアシュリンは美咲が見た時よりもさらに光輝くような美しさだった。

「すみません、同僚が酔っていただけなのですが」
 酔い覚ましにちびちびとウーロン茶を飲んでいた谷野は茫然とアシュリンの顔を見惚れた。
 颯田は何かに驚いた顔をしていた。
「はじめまして、東吾さんとお付き合いしています、アシュリンと申します。東吾さんがいつもお世話になっております」
 綺麗にお辞儀するアシュリンにその場にいた者は見惚れていた。

「颯田、悪いが向こうに行ってくれないか」
「え? ……はい」
 不承不承、颯田が立ち上がり谷野の隣に座る。
「すみません、颯田さん。東吾、ここでもいいのに」
「俺が嫌なんです」
 そう言って奥の席にアシュリンを座らせる。通路を通る客や居酒屋の従業員はチラチラとアシュリンを見ている。
 アシュリンの後ろにいた寺本がぽかんとアシュリンを見つめている。

「すげー美人っすね。芸能人やモデルでもあんな美人なかなかいないですよ」
 ひそひそと声を低めて言ってくる寺本に麗奈はじろっとにらんだ。

「それで、何を揉めていたんだ?」
「いえ、谷野が彼女にフラれたらしくて、それで悪酔いしていたのです」
「ふうん」
 翡翠色の瞳でじっと谷野を見つめている。見つめられて、真っ赤になった谷野をくすりと笑う。
「結構可愛らしい顔をしているのに髪がぼさぼさなのは、勿体無いですよ」
「え?」
「彼女さんだって、自分の好きな人に変な格好をされたらいやだったでしょう」
「そ、そうでしょうか?」
「ええ、ちゃんとした格好したら、可愛いと思います」
「はい!」
 谷野の機嫌が完全に良くなって、それを目にしたアシュリンが「現金だな」と苦笑する。
 横にいた東吾の機嫌がどんどん悪くなっていったが。


「アシュリンさん、良かったらSNSのID交換しませんか?」
「いいですよ」
「じゃあ、俺も」
 そう言って颯田もスマホを取り出す。それを横目に見ていた伊手もシレっと入ってくる。

「アシュリン」
「心配なら、東吾も入ってグループにすればいいだろう? お前時々大学の男友達のアドレス消しているだろう」
「……何のことですか」
「最近、随分着信音が静かになったと思ったら、だいぶアドレスが消されていて吃驚したよ」
「うわぁ、東吾さんそんなことしていたんですか、流石に引きますよ」
 谷野が引いた顔になった。颯田や伊手も同様で引きつった表情をしている。

「構わないでしょう。貴方の下着の色を聞いたり、デートの誘いしかしてこない男など必要ですか? それに何故女子大に通っているのに男からのSNSのメッセージが頻繁に入るのですか?」
 東吾は涼しい顔で開き直った上に不快そうな顔でアシュリンを問い質している。
「下着の色なんて聞いてどうするのだろうな。必要だと思っていたらお前の好きにはさせてないよ。誘われて一度だけサークルの新歓コンパに行ったら、他校の学生もいて成り行きでIDを交換しただけだよ」
 東吾の態度にも、特にアシュリンは気にした様子もなく、男友達の行動に首を傾げている。

「少しは警戒してください。また変な男に纏わりつかれたらどうするのですか?」
「鷹人兄様に大学へ送ってもらったら、だいぶ近寄らなくなってきたのだが」
 ふうと嘆息するアシュリンに東吾は苦笑いする。

「まあ、あの人ヤクザに見えますからね」
「……人の兄に随分な言いようだな」
「廉人さんや幸人さんにも送ってもらったらどうですか?」
「……東吾、面白がっているだろう」
「貴方に男が近づかなくなるなら、何でもしますよ」
 アシュリンは溜息をつくと少し怒ったような顔をする。

「浮気なんてしないから、安心しろ」
「分かってます。ですが、危ない目に遭って欲しくないのですよ。貴方は自分を知らなすぎる」
「気を付ける。だから、あまり行動を制限しないでくれ。息苦しくなる」
「……はい」
 流石に本気で不快そうになってきたアシュリンに東吾は不承不承返事をする。


 聞くとはなしに聞いてしまった美咲は茫然とした。
 自分が見ていた東吾は一体何だったんだろう。
「こわっ。いくらスペック高くても、ちょっとごめんだわ」
「あんたなんて相手にされないから、安心しなよ」
「は? せんぱ~い、ちょっと酷くないですか?」

 その時東吾のPHSが鳴った。舌打ちせんばかりに出ると眉を寄せている。
「先日入院した患者が状態が悪化したらしい。呼び出されました」
「家で待っているから。ちゃんとタクシーで帰るよ」
「絶対ですよ」
 アシュリンの頬にキスをすると食事代を置いて名残惜し気に立ち去っていった。
 アシュリンは溜息をつくとメニューを見始めた。

「アシュリンさん、大丈夫ですか?」
「……昔からああだったから、慣れてはいるが。時々面倒臭いな」
 心配そうに声を掛けてきた谷野に柔らかく笑いかけた。その笑顔に谷野は真っ赤になった。
 伊手も颯田も苦笑いする。

 東吾が心配するのも無理はない。
 アシュリンはノンアルコールのカクテルと生春巻きを頼んでいた。
 その時も店員に華やかな笑顔を向けていた。

 注文を取りに来た店員は女性だったが、谷野と同様に赤くなって挙動不審になっていた。
 そんな様子にアシュリンは特に気にしている様子はなかった。

「そう言えば、皆さんは専門は何になるのですか? 東吾と一緒ですか」
「私は泌尿器科ですよ。高見沢が研修医だった時の担当でね」
 そう答えたのは伊手だった。
「俺と谷野は今研修医で伊手さんに教わってます」
「泌尿器科の先生になるのですか?」
「いえ、俺は内科に。颯田は実家が結構大きな産婦人科医院をやってるんで産科医になるみたいですけど」
 コテリと首を傾げて、質問してくるアシュリンに前に身を乗り出して答える谷野に颯田は眉を顰める。

「……颯田さんは産科医になるのですか」
「ええ、いずれ後を継ごうと思ってます」
 アシュリンは黙り込んで、ノンアルコールのカクテルを飲んでいる。

「どうかしましたか?」
「あの、林田先生ってどんな先生ですか」
「産婦人科の林田先生ですか?」
「ええ」
「良い先生ですよ、まあ患者さんに厳しい所がありますけど。腕も良いし」
「そう…ですか」
 困ったように考え込んでいるアシュリンに颯田は強張った顔になった。

「アシュリンさん、妊娠されているのですか?」
「三つ子みたいなんです」
「多胎児ですか。……確かに単胎児妊娠に比べるとリスクが高いですが」
 少し言葉を詰まらせて答える伊手に心許なそうな笑みを浮かべている。
 そんな様子に酷く庇護欲をそそられる。

「まだ、学生で結婚していないと言ったら、ものすごい顔をされて」
「ああ、私でも同じ反応をしそうですね。高見沢が相手だと言ったのですか?」
「いえ、東吾の評判が悪くなりそうだったので」
「まあ、病院中を噂が駆け巡るでしょうね」
 苦笑したままアシュリンはカクテルを飲み、運ばれてきた生春巻きを美味しそうに食べている。
 颯田は強張った顔のままアシュリンを見つめていた。

「高見沢には言ったのですか?」
「……あの様子だと言った瞬間、家から出してもらえなさそうでまだ言ってません」
「うう~ん、……まあ、ありえそうです…ね」
 指導医をやっていたよしみで擁護したいが、どう考えても嘘くさくなりそうで苦しそうに伊手は肯定する。

「そろそろ行きます。さすがに今夜は彼に言わないと。色々と話し合う必要があります」
 アシュリンもハンドバッグから財布を出そうとしたが、伊手が笑顔で断った。
「高見沢が貴方の分も置いていっているので、大丈夫ですよ」
「すみません」
 アシュリンは頭を下げて立ち去っていった。
「俺もそろそろ行きます。明日早いので」
 颯田は自分の分を置いて伊手が止める間もなく立ち去ってしまった。
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