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高見沢東吾の場合
15、二つの心1
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病院のカフェでアシュリンは、オレンジジュースを注文してホッと一息ついていた。
アシュリンは少し血圧が高くて、3日程入院が延びただけで済んだが、三つ子たちは1600g前後で生まれた為、暫く保育器から出られなかった。
あまりの小ささに泣きだしてしまったアシュリンを林田医師は
「三つ子ちゃんにしては、大きいのよ。ママも三つ子ちゃんも頑張った証拠ね。……高見沢先生、貴方父親で医者でしょ? 一緒になって不安にならないの!」
とアシュリンを励まし、泣きだしたアシュリンをどう慰めてよいか狼狽える東吾を叱り飛ばした。
三つ子は問題なくすくすく成長していた。アシュリンは、毎日母乳を届けに通っていた。
東吾も時間ができると三つ子たちのところに来ているらしい。
今日も母乳を届けて、この分なら来週には退院できると聞いて安堵のあまり涙ぐんでしまった。
三つ子たちに会いにNICUに行く途中、颯田瑞貴に会った。
会釈するだけで通り過ぎて行った。
NICUの看護師が言うには、気になるからと時々来ているらしい。
颯田はおそらくレーネルなのだ。
あの子かもしれないと気になるのだろう。
本当は話をしたかったが、それは東吾を傷つけることになる。……そして、颯田自身も。
「宜しゅうございましたね。奥様」
「ええ」
にこにこと話しかけるレティシアに嬉しそうに頷く。
「早速大旦那様と大奥様に電話してきますね」
「ええ、よろしくね。私も中渡の父様と高見沢のお義父様たちに電話しないと」
レティシアが電話を掛けに席を離れた。
アシュリンもまず、死ぬほど心配しているだろう静江と茅夜にSNSでメッセージを送ることにした。
静江と茅夜はNICUに入れないかと何度も東吾に食い下がっていた。
子供の両親以外入ることが出来ないので、東吾が写真を撮って送ることで納得してくれていた。
メッセージを打っていると「高見沢」という言葉が聞こえた。
顔を上げると医療事務だろう女性たちが隣の席に座っていた。
このカフェは病院関係者も利用する。
アシュリンも時間が合うと東吾と待ち合わせて、お茶をしたりしていた。
「……意外と高見沢先生も子煩悩よね。毎日会いに行っているんでしょう」
「ちょっと信じられないなぁ。あたしと付き合っている時はぜっんぜんアッチがないんだもん。よく子供できたよね」
「偶然デキちゃったから、仕方なく結婚したんじゃない? 相手高校生だって話じゃない」
一応、大学生なんだけどなと思いながら、オレンジジュースを飲む。
「……意外と隠れ蓑だったりして」
「え? なにそれ」
「だってさぁ、最近高見沢先生、やたら颯田先生に絡んでない?」
あいつ……そんなことしてたのか。思わずため息が漏れる。
「嫌だ、あんたそんな目で見てたの?」
「颯田先生も彼女とかいないみたいだし。颯田先生も満更じゃなかったりして」
くすくすと笑う女性たちにアシュリンは勇者だなと思った。
そんなことをあの二人に聞かれた日には命がいくつあっても足りないだろうに。
「奥さん、可哀想」
「嘘ばっかり、そうだったら面白いって思ってるんでしょ」
「ま、それは冗談としても、いつまで持つかしらねえ?」
悪意に満ちた言葉をアシュリンは、黙って聞いていた。
やっと、二人の間に遠慮するものも遮るものも無くなり一緒になれたのに。
そんな簡単に捨てられたら、たまったもんじゃないなと何度目かの溜息をつく。
だが……とふと思う。
もし、自分が男だったら、東吾はどうしたのだろう。
馬鹿なこと考えているなと思う。
気を取り直して、義父たちに電話を掛けようとした。視線を感じて顔を上げる。
視線を上げた先には、恐ろしい形相をした颯田と表情が無くなった東吾が立っていた。
その後ろに青を通り越して、白くなった顔色の谷野が震えながら、こちらを伺っている。
「あ、東吾丁度良かった。林田先生が、来週にも子供たちが退院できそうだって言っていたから、高見沢のお義父様たちに知らせてくれないか? 中渡の父様と兄様たちにも連絡したいから」
アシュリンがそう言うと途端に隣から押し殺した悲鳴が上がる。
そちらを見ると噂話をしていた女性たちと視線が合う。
にこりと笑い会釈をすると、さあっと音がしそうなほど蒼褪めてガタガタと震えだし、転がるように立ち去っていった。
「アシュリン」
「東吾、電話しないのか? お義父様たち、かなり心配していただろう? 安心させないと」
「……すみません」
「アシュリンさん、東吾さんとはそんな関係ではありませんので安心してください」
にっこりと笑っていない目で、言ってくる颯田に何の事かと首を捻る。
「ん? ああ、本気にしていませんので、お気になさらないでください。……東吾にしては随分女の趣味が悪いなとは思いましたけど。美咲さんといい、ヴェ…聡い女性ばかりだったから」
苦笑いして電話を掛けようとしたアシュリンは東吾を見上げる。
「貴女を不快にさせて申し訳ありません。彼女たちにはじっくりと解って頂きますので」
完全に表情が消え、殺気すら感じるほどの怒りを宿した目で頭を下げる東吾に困ったように笑う。
「気にしていないと言っているだろう? 女性相手に酷い事するなよ、颯田さんもね?」
元が端正な顔だけに冷たい笑みを浮かべる颯田は迫力があった。
「ええ、分かっています」
「ははは、酷い事なんてしませんよ」
白々しい笑顔を見せる男二人を眉を寄せ見上げて、溜息をつく。
「……程々にな」
なんだかこういうやり取りを前世でもしたような気がした。
淡い苦笑を浮かべて、視線を逸らした先に真っ赤な顔をして立つレティシアを認めて顔を顰める。
「レティシア……もしかして、お祖父様の電話に繋がっているのかしら?」
「当然でございます! こんな侮辱はありません! 奥様がどんな気持ちで病院に通っているか知りもしないで……」
最後は涙声になったレティシアに優しく笑いかけると「貴女の気持ちだけで十分よ」と言って、レティシアの手にしていたスマホを渡すように手を出した。
「お祖父様」
『……アシュリン、この爺に全て任せなさい。其方は心安く子供たちのことだけを考えて過ごしていればよい』
祖父の穏やかな声に何とも言い難い顔になる。
「お祖父様、東吾が子供たちの父親だと言うことをお忘れなきよう願います」
『……ほっほっほ。そこまで耄碌しておらんわ。では可愛い孫の婿殿に代わってもらえるかな?』
一瞬間がありましたよね?と問い質したかったが、蒼褪めた顔になった東吾にスマホを渡す。
直立不動の体勢になって、必死に英語で謝罪をしている姿を気の毒そうに見つめていた。
アシュリンは少し血圧が高くて、3日程入院が延びただけで済んだが、三つ子たちは1600g前後で生まれた為、暫く保育器から出られなかった。
あまりの小ささに泣きだしてしまったアシュリンを林田医師は
「三つ子ちゃんにしては、大きいのよ。ママも三つ子ちゃんも頑張った証拠ね。……高見沢先生、貴方父親で医者でしょ? 一緒になって不安にならないの!」
とアシュリンを励まし、泣きだしたアシュリンをどう慰めてよいか狼狽える東吾を叱り飛ばした。
三つ子は問題なくすくすく成長していた。アシュリンは、毎日母乳を届けに通っていた。
東吾も時間ができると三つ子たちのところに来ているらしい。
今日も母乳を届けて、この分なら来週には退院できると聞いて安堵のあまり涙ぐんでしまった。
三つ子たちに会いにNICUに行く途中、颯田瑞貴に会った。
会釈するだけで通り過ぎて行った。
NICUの看護師が言うには、気になるからと時々来ているらしい。
颯田はおそらくレーネルなのだ。
あの子かもしれないと気になるのだろう。
本当は話をしたかったが、それは東吾を傷つけることになる。……そして、颯田自身も。
「宜しゅうございましたね。奥様」
「ええ」
にこにこと話しかけるレティシアに嬉しそうに頷く。
「早速大旦那様と大奥様に電話してきますね」
「ええ、よろしくね。私も中渡の父様と高見沢のお義父様たちに電話しないと」
レティシアが電話を掛けに席を離れた。
アシュリンもまず、死ぬほど心配しているだろう静江と茅夜にSNSでメッセージを送ることにした。
静江と茅夜はNICUに入れないかと何度も東吾に食い下がっていた。
子供の両親以外入ることが出来ないので、東吾が写真を撮って送ることで納得してくれていた。
メッセージを打っていると「高見沢」という言葉が聞こえた。
顔を上げると医療事務だろう女性たちが隣の席に座っていた。
このカフェは病院関係者も利用する。
アシュリンも時間が合うと東吾と待ち合わせて、お茶をしたりしていた。
「……意外と高見沢先生も子煩悩よね。毎日会いに行っているんでしょう」
「ちょっと信じられないなぁ。あたしと付き合っている時はぜっんぜんアッチがないんだもん。よく子供できたよね」
「偶然デキちゃったから、仕方なく結婚したんじゃない? 相手高校生だって話じゃない」
一応、大学生なんだけどなと思いながら、オレンジジュースを飲む。
「……意外と隠れ蓑だったりして」
「え? なにそれ」
「だってさぁ、最近高見沢先生、やたら颯田先生に絡んでない?」
あいつ……そんなことしてたのか。思わずため息が漏れる。
「嫌だ、あんたそんな目で見てたの?」
「颯田先生も彼女とかいないみたいだし。颯田先生も満更じゃなかったりして」
くすくすと笑う女性たちにアシュリンは勇者だなと思った。
そんなことをあの二人に聞かれた日には命がいくつあっても足りないだろうに。
「奥さん、可哀想」
「嘘ばっかり、そうだったら面白いって思ってるんでしょ」
「ま、それは冗談としても、いつまで持つかしらねえ?」
悪意に満ちた言葉をアシュリンは、黙って聞いていた。
やっと、二人の間に遠慮するものも遮るものも無くなり一緒になれたのに。
そんな簡単に捨てられたら、たまったもんじゃないなと何度目かの溜息をつく。
だが……とふと思う。
もし、自分が男だったら、東吾はどうしたのだろう。
馬鹿なこと考えているなと思う。
気を取り直して、義父たちに電話を掛けようとした。視線を感じて顔を上げる。
視線を上げた先には、恐ろしい形相をした颯田と表情が無くなった東吾が立っていた。
その後ろに青を通り越して、白くなった顔色の谷野が震えながら、こちらを伺っている。
「あ、東吾丁度良かった。林田先生が、来週にも子供たちが退院できそうだって言っていたから、高見沢のお義父様たちに知らせてくれないか? 中渡の父様と兄様たちにも連絡したいから」
アシュリンがそう言うと途端に隣から押し殺した悲鳴が上がる。
そちらを見ると噂話をしていた女性たちと視線が合う。
にこりと笑い会釈をすると、さあっと音がしそうなほど蒼褪めてガタガタと震えだし、転がるように立ち去っていった。
「アシュリン」
「東吾、電話しないのか? お義父様たち、かなり心配していただろう? 安心させないと」
「……すみません」
「アシュリンさん、東吾さんとはそんな関係ではありませんので安心してください」
にっこりと笑っていない目で、言ってくる颯田に何の事かと首を捻る。
「ん? ああ、本気にしていませんので、お気になさらないでください。……東吾にしては随分女の趣味が悪いなとは思いましたけど。美咲さんといい、ヴェ…聡い女性ばかりだったから」
苦笑いして電話を掛けようとしたアシュリンは東吾を見上げる。
「貴女を不快にさせて申し訳ありません。彼女たちにはじっくりと解って頂きますので」
完全に表情が消え、殺気すら感じるほどの怒りを宿した目で頭を下げる東吾に困ったように笑う。
「気にしていないと言っているだろう? 女性相手に酷い事するなよ、颯田さんもね?」
元が端正な顔だけに冷たい笑みを浮かべる颯田は迫力があった。
「ええ、分かっています」
「ははは、酷い事なんてしませんよ」
白々しい笑顔を見せる男二人を眉を寄せ見上げて、溜息をつく。
「……程々にな」
なんだかこういうやり取りを前世でもしたような気がした。
淡い苦笑を浮かべて、視線を逸らした先に真っ赤な顔をして立つレティシアを認めて顔を顰める。
「レティシア……もしかして、お祖父様の電話に繋がっているのかしら?」
「当然でございます! こんな侮辱はありません! 奥様がどんな気持ちで病院に通っているか知りもしないで……」
最後は涙声になったレティシアに優しく笑いかけると「貴女の気持ちだけで十分よ」と言って、レティシアの手にしていたスマホを渡すように手を出した。
「お祖父様」
『……アシュリン、この爺に全て任せなさい。其方は心安く子供たちのことだけを考えて過ごしていればよい』
祖父の穏やかな声に何とも言い難い顔になる。
「お祖父様、東吾が子供たちの父親だと言うことをお忘れなきよう願います」
『……ほっほっほ。そこまで耄碌しておらんわ。では可愛い孫の婿殿に代わってもらえるかな?』
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