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一章
親友からの尋問
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「それで、花耶としてはどうなのかなぁ?」
あれから二次会に行くと言った二人と別れた花耶達は、麻友のアパートに向かった。順番にシャワーを浴びて、一段落したところで、案の定麻友の質問タイムが始まった。
「どうって言われても…」
麻友に問い詰められた花耶だったが、正直まだ話すべきかどうか決めかねていたため、返す言葉が出てこなかった。
「え~だって、あの奥野さんの想い人が花耶だなんて、社内でも重大ニュースじゃない!何たって社内一のイケメンで出世頭、鬼教官と三拍子揃ってるんだから」
「…最後の鬼教官は好条件に入るの?」
既に酔いが回っている麻友は、言っている事が少し危うくなっていた。イケメンで出世頭はいいとして、鬼教官を歓迎する人は稀ではないだろうか…
「鬼教官だって誰にでも厳しい訳じゃないでしょ。好きな相手には態度代わると思うけど?それにしても花耶の事好きだなんて、補佐に選ばれたのも奥野さんの仕業?あ、もしかしてプロジェクトもそうだったりして」
「いくら何でも、それはないと思う…」
そうは答えたものの、花耶もあまり確信は持てなかった。二人きりの時の奥野の態度は花耶がドン引きするほどに劇甘で、そういう事もやりそうな気がしたからだ。
「で、花耶的にはどう?奥野さんってあり?なし?」
「どうって言われても…」
既にそういう関係に持ち込まれているだけに、花耶としては返事にしようがなかった。さすがに今の状況を話すのは憚られたし、麻友に余計な心配をかけそうだった。
「も~リアクション薄いなぁ…あの奥野さんだよ?社内一の人気の。そのイケメンに想われてるってのに何とも思わないの?」
「思わなくもないよ…あんな事言われると仕事しにくくなって困る…」
「もう…そうじゃないでしょ?せっかく想われているんだから、困るとか言ってないで前向きに考えてみたら?」
「前向きにって言われても…」
「そんな事言って~ペアのネックレスしてるのに?水臭いなぁ…」
そう言われた花耶は、慌てて胸元にあるネックレスを手で隠した。これは奥野に贈られたもので、必ず身につけているようにと何度も念を押されたものだった。もし外したらお仕置きな?などと物騒な事を言われたため、花耶は仕方なくあれからずっと付けていたのだ。普段からアクセサリーなどしない花耶は見えないような服を選んできていたが、さすがにパジャマまでは気が回らず麻友に見られてしまった。
驚きすぎて言葉が出なかったが、麻友の表情を見て鎌をかけられたことを悟った。ああ、やっぱりね~と麻友はさも愉快だと言わんばかりにニヤニヤしていた。これは見逃してくれる気はなさそうだと察した花耶は、ため息をつくとこれまでの事を話した。
「奥野さんに襲われたぁ?」
「麻友、声大きい。もう夜中」
あれから笑顔の麻友に事情聴取を受けた花耶は、大方の事を白状させられてしまった。さすがに詳細までは話さなかったが。麻友は起きた事の意外性に驚きながらも、聴取の手は緩めず、花耶はしどろもどろになりながら麻友の尋問に答えた。
「あの奥野さんが…」
花耶の話した内容は、麻友の想定を大幅に超えていたらしかった。花耶をまじまじと見る目には、驚きと戸惑いが見え隠れしている。それもそうだろう。恋愛経験ゼロで初恋もまだ、色気のある話からは逃げている花耶が、イケメン上司の家に連れ込まれて既に食べられていたなんて…どこのエロ漫画のネタよそれ…と思う。
「それで…大丈夫なの?」
「何が?」
「いや、だからその…襲われた…わけ、でしょ…」
さすがの麻友も、大切な親友が無理やり…となると、どう接していいのかわからなかったらしい。気持ちはわかる。もし逆の立場だったら、私も戸惑っただろうな、と花耶は思った。麻友に余計な心配をかけたくなくて今まで黙っていた部分もあったが、話してしまった以上、それに関してはあまり気にして欲しくなかった。
「それは、その…びっくりはしたけど…思ったほどショックじゃない…かな?」
「まだ実感がわいていないからじゃない?」
「それは…あるかも…でも、私も流された部分もあるし…」
それは花耶の正直な気持ちだった。普通ならショックなのだろうが、不思議な事にそれほどでもなかった。花耶が混乱していたのもあるだろうし、奥野の想定外の過保護ぶりもあったのだろう。人に甘やかされた経験に乏しい花耶は、奥野からの扱いが現実の事とも思えず、実感に欠けているのだ。
「…正直、どうするのが一番いいのかわからないけど…もし辛かったりしたら言ってね?私にできる事があったら何でもするから」
「ありがとう…でも、騒ぎになる方がきついかな…」
「そう…でも、奥野さんの補佐、きつくない?せめてそっちだけでも…」
「でも…また変わったら色々言われそうだし…」
「…そっか。で、どうするの?」
「どうって…」
「もし本当に嫌なら、ちゃんと断らないと」
「そうなんだけど…何度断っても聞いてくれないし…」
「…」
既に何度か断ってはいるが、それが叶ったら今こんな状況にはないだろう。断るたびに奥野は、まだお互いの事をよく知らないからとか、まだまだ俺の努力が足りないんだな、などと言って逆にやる気にさせているように感じる。俺の気持ちをじっくり伝えないとな、などと言われて押し倒された事も何度かあり、こうなってくると断る言葉すらも容易に口に出せなくなっていた。
仕事では敏腕で隙がないと言われている奥野だ。狙った獲物は逃がさない雰囲気があるし、今のところ手に入れたおもちゃを手放す気はないのだろう。
「でも…そのうち飽きるんじゃないかなぁ」
「ええ?何でそう思うの?」
「だって、言い方悪いけど、社内カーストのトップにいる人だよ?対して私は底辺の住人。どう考えても釣り合い取れてないじゃない」
「え?」
「多分、結婚したいと思う相手が見つかる前の繋ぎなんだと思う。何ていうの?セフレとか…そういう感じ?」
「え?いや、でも…」
「多分だけど…地味で目立たないし、自己主張しないから、都合がいいって思われてるんじゃないかな?別れたくなった時も丸め込め易いっていうか。色々贈ってくれるのも手切れ金代わりなんじゃない?」
花耶はこれまでに考えて思い至った事を麻友に話した。麻友ははじめのうちは真剣に聞いていたが、その内に額に指をあてて考え込みながら話を聞くようになっていた。その表情には、何となく呆れが滲んでいるようにも見えたし、疲れているようにも見えた。
「…話を聞けば聞くほど、本気にしか思えないんだけど…でなかったら、そんな高そうなネックレス、わざわざペアでなんか買わないし…熊谷さんに言ったりしないと思うよ」
「でも…本当に好きなら、相手の気持ちを尊重するものでしょ?」
「それは…そうだけど…」
「自分の気持ちを一方的に押し付けるなんて、変質者と変わんないよ」
「でも…」
「じゃあ、麻友だったらいいの?自分の気持ち無視されても、奥野さんだったら受け入れて好きになる?」
「…それは…」
麻友がそれ以上何も言わなかった事に花耶は安堵した。実は花耶は、あの奥野に想われたのなら受け入れて当然と言われるのではないかと心配していたのだ。あんな素敵な人に想われたら、普通なら喜んで受け入れるのだろうとも思うだけに、もし麻友にまで付き合えと言われたらどうしようかと思っていた。そうなると自分に逃げ場がなくなってしまうような気がしたからだ。
麻友に話が出来た事で、花耶は思った以上に気が軽くなったのを感じた。心配をかけたくなくて黙っていようと思っていたのだが、実際に話してみると重苦しい何かが少しだけ減った気がした。もちろん、奥野が諦めてくれるまでは気が休まらないだろうとは思うが、誰かが自分の状況を分かってくれるのは、想像以上に安心感と温かみをもたらしてくれて、麻友の存在をこれまで以上に有難く思った。
一方で花耶は、麻友が頭を抱えたくなるほど戸惑っている事に気付かなかった。麻友の目には奥野はどこからどう見ても本気にしかみえなかったからだ。そうでなければいくら仲がいいとはいえ、社内の者に言ったりしないだろう。熊谷が麻友にばらした時だって何も言わなかった。普通ならここだけの話で…と口止めをするのではないだろうか?そうなると、あれは社内にばれても構わないと思っているわけで、その場合は外堀から埋める作戦なのではないか?
また、遊びだった場合、花耶の言うように会社では大人しくて地味な相手なら丸め込みやすいと考えてもおかしくはないとも思った。万が一別れを告げられた時に花耶が縋っても、奥野が花耶の勘違いだ、そんな関係じゃないといえば、社内の者は奥野の言い分を信じるだろう。高価なプレゼントもごっこ遊びを盛り上げるアイテムで、手切れ金代わりと言われればそれまでだ。花耶の言うとおり、花耶の想定にも一理あるのだ。
(面倒な相手に気に入られちゃったんじゃない?)
初心で世間知らずな親友の今後に、麻友はいい様のない不安を感じたが、さすがに今の花耶には何も言えなかった。
あれから二次会に行くと言った二人と別れた花耶達は、麻友のアパートに向かった。順番にシャワーを浴びて、一段落したところで、案の定麻友の質問タイムが始まった。
「どうって言われても…」
麻友に問い詰められた花耶だったが、正直まだ話すべきかどうか決めかねていたため、返す言葉が出てこなかった。
「え~だって、あの奥野さんの想い人が花耶だなんて、社内でも重大ニュースじゃない!何たって社内一のイケメンで出世頭、鬼教官と三拍子揃ってるんだから」
「…最後の鬼教官は好条件に入るの?」
既に酔いが回っている麻友は、言っている事が少し危うくなっていた。イケメンで出世頭はいいとして、鬼教官を歓迎する人は稀ではないだろうか…
「鬼教官だって誰にでも厳しい訳じゃないでしょ。好きな相手には態度代わると思うけど?それにしても花耶の事好きだなんて、補佐に選ばれたのも奥野さんの仕業?あ、もしかしてプロジェクトもそうだったりして」
「いくら何でも、それはないと思う…」
そうは答えたものの、花耶もあまり確信は持てなかった。二人きりの時の奥野の態度は花耶がドン引きするほどに劇甘で、そういう事もやりそうな気がしたからだ。
「で、花耶的にはどう?奥野さんってあり?なし?」
「どうって言われても…」
既にそういう関係に持ち込まれているだけに、花耶としては返事にしようがなかった。さすがに今の状況を話すのは憚られたし、麻友に余計な心配をかけそうだった。
「も~リアクション薄いなぁ…あの奥野さんだよ?社内一の人気の。そのイケメンに想われてるってのに何とも思わないの?」
「思わなくもないよ…あんな事言われると仕事しにくくなって困る…」
「もう…そうじゃないでしょ?せっかく想われているんだから、困るとか言ってないで前向きに考えてみたら?」
「前向きにって言われても…」
「そんな事言って~ペアのネックレスしてるのに?水臭いなぁ…」
そう言われた花耶は、慌てて胸元にあるネックレスを手で隠した。これは奥野に贈られたもので、必ず身につけているようにと何度も念を押されたものだった。もし外したらお仕置きな?などと物騒な事を言われたため、花耶は仕方なくあれからずっと付けていたのだ。普段からアクセサリーなどしない花耶は見えないような服を選んできていたが、さすがにパジャマまでは気が回らず麻友に見られてしまった。
驚きすぎて言葉が出なかったが、麻友の表情を見て鎌をかけられたことを悟った。ああ、やっぱりね~と麻友はさも愉快だと言わんばかりにニヤニヤしていた。これは見逃してくれる気はなさそうだと察した花耶は、ため息をつくとこれまでの事を話した。
「奥野さんに襲われたぁ?」
「麻友、声大きい。もう夜中」
あれから笑顔の麻友に事情聴取を受けた花耶は、大方の事を白状させられてしまった。さすがに詳細までは話さなかったが。麻友は起きた事の意外性に驚きながらも、聴取の手は緩めず、花耶はしどろもどろになりながら麻友の尋問に答えた。
「あの奥野さんが…」
花耶の話した内容は、麻友の想定を大幅に超えていたらしかった。花耶をまじまじと見る目には、驚きと戸惑いが見え隠れしている。それもそうだろう。恋愛経験ゼロで初恋もまだ、色気のある話からは逃げている花耶が、イケメン上司の家に連れ込まれて既に食べられていたなんて…どこのエロ漫画のネタよそれ…と思う。
「それで…大丈夫なの?」
「何が?」
「いや、だからその…襲われた…わけ、でしょ…」
さすがの麻友も、大切な親友が無理やり…となると、どう接していいのかわからなかったらしい。気持ちはわかる。もし逆の立場だったら、私も戸惑っただろうな、と花耶は思った。麻友に余計な心配をかけたくなくて今まで黙っていた部分もあったが、話してしまった以上、それに関してはあまり気にして欲しくなかった。
「それは、その…びっくりはしたけど…思ったほどショックじゃない…かな?」
「まだ実感がわいていないからじゃない?」
「それは…あるかも…でも、私も流された部分もあるし…」
それは花耶の正直な気持ちだった。普通ならショックなのだろうが、不思議な事にそれほどでもなかった。花耶が混乱していたのもあるだろうし、奥野の想定外の過保護ぶりもあったのだろう。人に甘やかされた経験に乏しい花耶は、奥野からの扱いが現実の事とも思えず、実感に欠けているのだ。
「…正直、どうするのが一番いいのかわからないけど…もし辛かったりしたら言ってね?私にできる事があったら何でもするから」
「ありがとう…でも、騒ぎになる方がきついかな…」
「そう…でも、奥野さんの補佐、きつくない?せめてそっちだけでも…」
「でも…また変わったら色々言われそうだし…」
「…そっか。で、どうするの?」
「どうって…」
「もし本当に嫌なら、ちゃんと断らないと」
「そうなんだけど…何度断っても聞いてくれないし…」
「…」
既に何度か断ってはいるが、それが叶ったら今こんな状況にはないだろう。断るたびに奥野は、まだお互いの事をよく知らないからとか、まだまだ俺の努力が足りないんだな、などと言って逆にやる気にさせているように感じる。俺の気持ちをじっくり伝えないとな、などと言われて押し倒された事も何度かあり、こうなってくると断る言葉すらも容易に口に出せなくなっていた。
仕事では敏腕で隙がないと言われている奥野だ。狙った獲物は逃がさない雰囲気があるし、今のところ手に入れたおもちゃを手放す気はないのだろう。
「でも…そのうち飽きるんじゃないかなぁ」
「ええ?何でそう思うの?」
「だって、言い方悪いけど、社内カーストのトップにいる人だよ?対して私は底辺の住人。どう考えても釣り合い取れてないじゃない」
「え?」
「多分、結婚したいと思う相手が見つかる前の繋ぎなんだと思う。何ていうの?セフレとか…そういう感じ?」
「え?いや、でも…」
「多分だけど…地味で目立たないし、自己主張しないから、都合がいいって思われてるんじゃないかな?別れたくなった時も丸め込め易いっていうか。色々贈ってくれるのも手切れ金代わりなんじゃない?」
花耶はこれまでに考えて思い至った事を麻友に話した。麻友ははじめのうちは真剣に聞いていたが、その内に額に指をあてて考え込みながら話を聞くようになっていた。その表情には、何となく呆れが滲んでいるようにも見えたし、疲れているようにも見えた。
「…話を聞けば聞くほど、本気にしか思えないんだけど…でなかったら、そんな高そうなネックレス、わざわざペアでなんか買わないし…熊谷さんに言ったりしないと思うよ」
「でも…本当に好きなら、相手の気持ちを尊重するものでしょ?」
「それは…そうだけど…」
「自分の気持ちを一方的に押し付けるなんて、変質者と変わんないよ」
「でも…」
「じゃあ、麻友だったらいいの?自分の気持ち無視されても、奥野さんだったら受け入れて好きになる?」
「…それは…」
麻友がそれ以上何も言わなかった事に花耶は安堵した。実は花耶は、あの奥野に想われたのなら受け入れて当然と言われるのではないかと心配していたのだ。あんな素敵な人に想われたら、普通なら喜んで受け入れるのだろうとも思うだけに、もし麻友にまで付き合えと言われたらどうしようかと思っていた。そうなると自分に逃げ場がなくなってしまうような気がしたからだ。
麻友に話が出来た事で、花耶は思った以上に気が軽くなったのを感じた。心配をかけたくなくて黙っていようと思っていたのだが、実際に話してみると重苦しい何かが少しだけ減った気がした。もちろん、奥野が諦めてくれるまでは気が休まらないだろうとは思うが、誰かが自分の状況を分かってくれるのは、想像以上に安心感と温かみをもたらしてくれて、麻友の存在をこれまで以上に有難く思った。
一方で花耶は、麻友が頭を抱えたくなるほど戸惑っている事に気付かなかった。麻友の目には奥野はどこからどう見ても本気にしかみえなかったからだ。そうでなければいくら仲がいいとはいえ、社内の者に言ったりしないだろう。熊谷が麻友にばらした時だって何も言わなかった。普通ならここだけの話で…と口止めをするのではないだろうか?そうなると、あれは社内にばれても構わないと思っているわけで、その場合は外堀から埋める作戦なのではないか?
また、遊びだった場合、花耶の言うように会社では大人しくて地味な相手なら丸め込みやすいと考えてもおかしくはないとも思った。万が一別れを告げられた時に花耶が縋っても、奥野が花耶の勘違いだ、そんな関係じゃないといえば、社内の者は奥野の言い分を信じるだろう。高価なプレゼントもごっこ遊びを盛り上げるアイテムで、手切れ金代わりと言われればそれまでだ。花耶の言うとおり、花耶の想定にも一理あるのだ。
(面倒な相手に気に入られちゃったんじゃない?)
初心で世間知らずな親友の今後に、麻友はいい様のない不安を感じたが、さすがに今の花耶には何も言えなかった。
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