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第10話 空(うつほ)なる真実

孤島にて Episode:11

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「何があったにしろ、それであなたにまで嫌な思いさせて。それでいいの?」

 いいのと言われても、答えられなかった。
 よくない。確かに今回はよくない。

 だが、だから許せないというのも何か違う。
 それなのに、今はどうしても納得いかなくて……。

「ほんっと、そうやって人に当たるくらいなら、いっそ引きこもってればいい――」
「違うっ!」

 言ったときにはもう、テーブルの上の水差しを掴んでいた。
 中の水がぶちまけられて、この人がずぶ濡れになる。

「タシュアは、タシュアは……」

 あとの言葉が出てこない。
 そんな私の前で、ルーフェイアのお母さんは笑い出した。

「かっわいいわぁ。そんなにタシュアが好きなのね?」

 水をかけられたことなど、微塵も気にしていない。
 むしろ私のほうが、虚を突かれて思考停止する。

「あっさり挑発に乗って、ムキになっちゃって。でもまぁ、いいことだわね」

 言われて、やられたと思う。
 この人は最初から分かっていて、あんなことを言ったのだ。

 ――理由は、よく分からないが。

 何かを伝えたかった気はする。
 だが言動を見ていると、「単に面白がった」だけかもしれない。

 ただお母さんには申し訳ないが、動いたせいかちょっとすっきりした感じだ。

「さて、今度こそ行くわ。
 シルファ、しばらくこの屋敷に居なさい。整理付かないうちに動いても、ロクなことないわよ」

 言われて、その通りかもしれないと思った。

 自分自身で整理できていない以上、タシュアと会ってもきっと、きちんと話も出来ない。
 それではまた、堂々巡りになるだけだ。

 ルーフェイアのお母さんが続ける。

「屋敷での安全は保障するし、ここにいて問題がないようにもしとくわ」
「え、でも、そこまでしてもらうのは……」

 幾ら後輩の親だとは言え、さすがにそれは甘えすぎだろう。
 だがお母さんが気にする様子はなかった。

「うちの娘に初めてできた『センパイ』だもの。ありがたいわ。だから気にしないで」
「あ、はい……」

 確かにタシュアに劣らないほど、特殊な背景を持つ子だ。
 親としてはいろいろ、心配なのだろう。

 お母さんがさらに続ける。

「タシュアのこともね、時間が経てば、また変わってくるわよ。あ、もちろん、帰りたければ帰っていいから」
「……すみません」

 私の言葉に、またひらひらと手を振って、今度こそお母さんは出て行った。

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