ストーカーから逃げ切ったつもりが、今度はヤンデレ騎士団に追われています。

由汰のらん

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知らない国から知らない国へ

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荷馬車から見る景色は壮観だった。

自分がさっきまでいたお城は、思って以上に大きい。東京ドーム何個分だろう?

道行く壁はレンガ造りになっており、地面は元いた世界と同じ、アスファルトで出来ているらしい。綺麗に舗装されている。

しばらくすると潮の香りが鼻をくすぐり始める。遠くの方にはチラっと海が見えた。

地元を思い出し、少しばかり気が晴れる。



でも1時間ほど走った頃だろうか? レンガの壁は消え、地面も砂利道となる。

『国外追放』という言葉が現実味を増すも、すでにこの世界に召喚された時点で、元いた世界から追放されたようなものだ。

それに荷馬車の中には、なぜか私一人が閉じ込められている。

普通、悪い人を連行するなら見張りをつけるべきじゃないの?

きっと私の罪が大したものじゃないからかもしれない。むしろ、邪魔者をその場で排除したかっただけのような感じだろうか。    

(荷馬車の運転手さんに声かけてもいいのかな?)

運転席との間には、鉄格子のついた小窓がある。

そっと覗いてみる。運転に集中しているようだけど思い切って話しかけてみた。

「こ、こんにちは! あの、ここは一体どこなんでしょうか?」

「…………」  

「私がいた世界に帰ることはできるのでしょうか……?」

「…………」  

なんでだろう。誰もここがどこなのか教えてくれない。

お城で王子様が言っていた言葉を思い出す。

確か、エリシア王国って言っていた気がする。

でも本当に知りたいのは国名なんかじゃなく、この世界と私のいた世界がどういった繋がりで召喚されたのかとか、どういう科学の力が働いているのかとか、もっと詳細を掘り下げたい気持ちが強い。


  
しばらくすると、運転席にいた男性が話しかけてきた。

「ここから一つ峠を越えます。崖道となるのでタイヤに魔法を付与しますが、僕の魔力は30分しか持ちません。しばらくすると、相当揺れが生じますのであしからず。」

「えっ、ま、魔法? 今魔法って言いましたか?!」

「…………」  

こちらからの質問には何も返してくれない。

しかし魔法と聞いて、ファンタジー要素が一層強くなる。

私はあまり漫画やアニメは見ない方だけど、海外で有名なファンタジー文学はよく知っている。 

(この世界の人って、魔法使えることが当たり前なの?)

ファンタジー文学の内容を思い返してみる。

そもそも『召喚』自体が魔法なのかもしれないし、最初自分のことを『聖魔道士』と言っていたのは、より強い魔法使いを求めていたということなのだろうか?

私は頭をもたげた。

(そりゃあ、偉大な魔法使いを召喚したかったのに、ただの人間を召喚しちゃったんだから、私はお払い箱に決まってるよね……)

でもいちいち沈んではいられない。

なんせ私は、この国に召喚されたお陰でストーカーから逃げ切ることが出来たのだから。

それならいっそ、これからの自由な未来を楽しむべきだ!

(よし! 例え国外追放されたってきっとなんとなる! 魔法が使えない私なんて、この国では誰も気に留めないはずだもん!)

心機一転、食料や住居のことが気になりつつも、元いた世界の暮らしよりは良いものになるはずだと、妙な確信を持っていた。

(少しでも外を観察して、何か生活に役立てそうなものはないか探してみよう。)

でも峠というだけあって、どんどん進むにつれ崖道となっていく。むしろ岩と崖しか見当たらない。   

愕然と深いタメ息を吐いた時だった。

荷馬車が大きく揺れる。

私は壁へと打ち付けられてしまった。

(いっった~~~~。何事……??)

外からは悲鳴が聞こえてきた。

「うわぁぁぁああああ!!!!! ま、魔物だッッ!!!」

魔物……? あまりの悲鳴に、鉄格子を握り外を見る。

何も見えないものの、荷馬車が大きな影に覆われている。

しかもその影が、グルグルと旋回しているような動きをしている。

何か大きなものが、荷馬車の上を飛んでいるらしい。

「どうしたんですか?! 魔物ってなんなんですか?!!」

不安になり声をかけてみるも、運転手さんの声が聞こえない。

そして大きく風が吹いたと同時に、自分の喉がヒュンッとなり、一気に肝を冷やした。

外には、鋭い黄色の瞳で私を睨む、大きな竜のようなものがいるのだ。

黒い羽の先には、尖った爪のようなものが左右両翼についている。 
 
肌は爬虫類のような緑色の鱗。鼻の上には角のようなものが立っている。

爬虫類が苦手な私は悲鳴を上げ、荷馬車の奥へと逃げた。

「きゃぁぁぁぁあああああああ」  
 
すると、竜が私を威嚇するようにグルルと喉を鳴らす。太い牙のある口からは、煙のような息が漏れている。

あまりの恐怖に、思わずパーカーのフードをガバリと被った。

「わ、わたしは、魔法も使えませんしっ、なによりここへ来てから何も食べてないため元気がありません! きっと食べても美味しくないです!!」

「ギャアアアアアアアアアア」

竜が大きく口を開けて唸る。

怖くて怯えている私をじっと見て、鉄格子に向かって体当たりしてきた。

ガァアァァアアアンッ
  
「きゃあアアアアア!!!!」

大きく荷馬車が揺れる。

馬のいななきが聞こえて、馬の蹄が遠のいていく音が聞こえた。

(嘘……もしかしてわたし、置いてかれた??!)

追放? これじゃ生贄のようなものだ。
    
最悪の結末に、私は死を覚悟した。
 
「ギャァァァアアアア」   

竜が2度目の体当たりをしようと、助走をつけて突進してくる。

自分を生んでくれたお父さんとお母さんに感謝の言葉を唱えた。

美しい思い出の走馬灯というよりも、これまでの恐怖体験が頭の中に流れてきた。
 
「おい貴様、何者だ? なぜ豚箱に入っている?」
  
(…………しゃ、しゃべった???!)

恐る恐る目を開き、鉄格子の向こうを見てみる。

なぜか竜が足をバタつかせ、低い位置で飛んでいる。

荷馬車から竜まで距離があるため、ゆっくりと鉄格子に近づいて外を見た。

「貴様何をした? 王に謀反でも起こしたか? それとも王子の方か?」    

「…………」

違う。竜が飛んでいるんじゃない。

誰かに持ち上げられているのだ。竜の羽が動いていない。
  
そして声の主が、『捕縛』と言い放つと、竜の身体に真っ黒なチェーンのようなものが巻かれる。

竜の悲鳴のような咆哮が響き渡り、私は驚いて荷馬車に尻もちをついた。

「おい、俺の言葉が分からんのか。」

「い、いえっ」

「ならば答えろ。」

「ええと。わ、わたしはこの国の人間ではありません。お城の王子様に、国外追放だと言われて、」

「話が全くみえん。貴様は脳が劣っているのか? この猿以下の人間風情めが。」

(だ、誰?? まさか本当に竜が喋っているわけじゃないよね?)

この声は人間のものじゃないのだろうか?

ずっと宙に浮く竜に目がいっていたものの、ようやく声の主を見つける。

竜のしっぽが邪魔で見えなかったのだ。

でもしっぽが大きく揺れているのが邪魔で、本人の素顔が全く見えない。

するとヒュンッッと瞬間的に風を切る音がして、竜のしっぽが崖の下へと落ちていった。

(え、えええええーー……)
 
そんな簡単に真っ二つに? 私は青ざめた。

彼はどうやら手刀だけでしっぽを切ったらしい。

剣を携えているものの、剣は抜いていないのだ。
 
「ちょうどいい餌ができた。」 
 
彼が帽子を取ると、黒くうねった髪が風になびいた。

赤い瞳は、竜よりも鋭く閃光が走っている。

えんじ色のシャツに黒いネクタイを絞め、腰よりも長く黒い羽織を着ている。袖や襟周りには金の縁取りが施されており、黒い手袋をしている。  
  
お城にいた王子や兵士たちとは雰囲気が違う。

長いブーツを見て、兵士よりも軍人という単語が思い浮かんだ。 
       
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
   
妖艶に口角を上げる彼。目の下にはクマのようなものが出来ている。
 
「…………血、ですか?」
  
「そうだ、貴様の血だ。この俺の手を煩わせるのだぞ? それくらいの対価は当然だろう。」

「そ、そうですか。ですが、血って? どれくらいの量をおっしゃってます?」

「そんなもの俺の匙加減に決まっておろう。」

「私、あなたに殺されるってことですか?」

「ふ……凶暴なワイバーンに噛み殺されるのとどっちがいい?」

(ワイバーン? それよりもこの人、私の血を欲してる? もしかして、この人……本当に人間じゃない??)

口角の上がる大きな口からは、犬歯とは言い難い牙が見えた。

鉄格子を握りしめたまま、ただ唖然とする。

すると彼が何かを唱えた。
 
『――――闇の死滅破壊ダークエクステンション
      
後ろで捕縛されていた竜が、一気に破裂する。

ブシャァァァァァァ

緑の血と竜の肉片が飛び散り、彼が緑色の返り血を全身に浴びていた。

頬についた緑の血を彼が舐め取る。

妖艶に笑う瞳が、私を囚えて離さなかった。

怖い。彼は怖い。竜よりも怖い。

いくらなんでもあんな肉片を飛び散らせるようなやり方。信じられない。一体剣は何のためにあるの?

狂気を感じるあまり、震えすら起きなかった。 
  
「我が名はダン・ヴェクター。ここで俺に出会えたことを幸運に思え。」

空にはすでに月が出ていた。満月だ。

私、助けて欲しいなんて一言も言っていないのに。勝手に助けられた形になってしまった。

彼は血を欲しているようだけど、もしかしたら殺されるかもしれない。恐怖に息を呑む。

 
ダンさんという男性が、荷馬車の鉄格子を手で壊す。

鍵を壊せば済む話なのに、なぜか鉄格子を取っ払ってしまった。

「今さら怖気づいても遅い。さっさと俺に貴様の首筋を差し出せ。」   
         
彼の威圧感が凄い。声が直接頭に響いているのかと思うくらい、私を素直に従わせた。

もう覚悟を決めるしかない。

フードを取り、パーカーの首周りを引っ張ってダンに首を差し出した。

きっと、ストーカーに追われるよりはずっとマシ。元いた世界で、散々辛い思いをしてきたのだ。

少しでも目立たないよう、地味な生活を心がけてきたのに、結局どこに行っても私の居場所なんてなかった。

ダンさんの赤い瞳を見た。

狂気を感じる反面、ガーネットのように美しい瞳だとも思った。 
 
「…………貴様。女だったのか。」

「……え? も、もしかして、男じゃなきゃダメでした?」

私が首を傾げるも、なぜだかダンはすぐに目を反らしてしまう。

しかも荷馬車から少し離れたところでしゃがんでしまった。

ヤンキー座りで。
 
「…………糞。美しいな。」    

ボソリと何かつぶやいたような気がしたけれど、私は呆然と彼のヤンキー座りを見守るばかりだった。


    
   
   
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