ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん

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ふとジャスミンの香りが鼻をついた。

ミレーヌさんからもらったジャスミンの苗を庭で育てているのだ。茶葉を栽培している。

庭ではシロエドリのシロちゃんが、ジャスミンの花に群がるハチを追い回して遊んでいる。 
 
アウレムの中から見つかったシロエドリは、結局北国に帰す手段もないため、しばらく私が飼うことになった。

私の部屋は庭に面した一階の部屋。ミレーヌさんは大いに賛成してくれて、縁側に鳥かごを置かせてもらっている。

シロエドリの名前は、安直ながらもシロちゃんにした。

どうやら魔物のシロちゃんにも魔力があるらしく、抗生剤として使われている『白ユリの芽』を食べると、さらに濃度の高い抗生物質が含まれた卵を生むのだ。

小さな卵一つから、およそ100近い抗生剤の薬が作れることが判明した。 

この国に『白ユリの芽』はないため、今はさまざまな薬草を食べさせている。シロちゃんの卵で新たな特効薬が作れるかも知れないとミレーヌさんは言っている。

「シロちゃん。お庭で遊んで汚れちゃったね。キレイキレイしようね。」
「ピュィピュィ」

不思議なことに、シロちゃんを庭で放し飼いにしても飛んでいかない。

羽を怪我しているわけでもなく、こうして自由に遊ばせていても必ず私の元に戻ってきて、大人しく鳥かごの中に入ってくれる。

外にいるより安全だと思っているのかも知れない。
 

部屋に入ろうとすれば、庭の外から話し声が聞こえてきた。
 
「『シルキーウェイ』のカルミさん、故郷が土砂崩れで全壊したらしく、資金繰りのために臓器を売るなんて話が出てるらしいわよ。」

「ええっ! 嘘でしょ?! あのトップ遊女といわれてるカルミさんが?!」 

「そういえば騎士団のルナ隊長、臓器の売買を斡旋してるって話、有名だよねえ。」

「第3部隊の隊員が遊びに来ると、よく酔った勢いで話してるよね。」

「そうそう。そのルナ隊長経由らしいわよ? カルミさん、唆されちゃったのかなんか知らないけど。」

「まあ、あの騎士団最強美男子のルナ隊長に言われたらねえ。文句は言えないでしょ~。」 

この『純和香』に来てからというもの、元いた世界では馴染みのない不穏な話も、当たり前のように耳にするようになった。     

この辺境地は、ほとんどの人がお金に困っている。

この花街に住む人間だけではない。ダンピール騎士団ですら、王宮から充分な給与を与えられているわけではないらしい。

だから他国との貿易で魔物の毛皮や骨を売ることもあれば、死罪となった人間の臓器を売ることもあるのだそう。

この国は海沿いに面しているため、多くの貿易商がこの国に足を運ぶ。

そのため個人で契約し、取引を行うことも多いのだそう。ダンピール騎士団にとっては、輸出が一番の資金調達になっているといってもいい。

ダンピールは魔物から人々を守っているはずなのに、なぜ王宮はダンピールを差別するのだろう?



「ハル、ちょっといい?」

部屋の外からネネさんの声がした。ドアを開ければ、仁王立ちをするネネさんがいる。

「はい、なんでしょう?」

「初仕事よ。騎士団第3部隊のルナ隊長があんたを尋ねて来たわ。」

「え、ええっ」

ルナ隊長といえば、監視小屋でスキュラさんを銃で撃ったダンピールだ。

なぜここがわかったのだろう? って、リヨさんやヒューゴさんと接触してしまった時点でバレバレだよね……。

「いい? しっかりやんなさいよ。あの人に気に入られて身請けされたい子は沢山いるんだから!」

「そ、そうなんですか?」

「当たり前でしょ? あんな美男子なら愛人にだってなりたいくらいよ!」

「ネネさんも?」

「わ、私はダンさん一筋だもん!」

唇を尖らせるネネさんだったが、すぐに笑顔になる。私の肩を叩いて、耳元でささやいた。

「あんたがルナ隊長に堕ちるのも時間の問題だわね。んふふ」

ネネさんがなぜか上機嫌だ。私の前で笑うなんて珍しい。 

入れ替わるようにして、ミレーヌさんがルナ隊長を連れてやって来た。

センター分けの銀髪に細目。本物だ。

ただ今日は隊服を着ていない。肩出しの紺の着物に、白い羽織を羽織っている。

私を尋ねてきた、ということは、私が『歪血者』かどうかを確かめに来たということだろうか?

監視小屋で出会った時点で、彼はすでに私のことを『歪血者』だと疑っていた。

(どうしよう。もし血を吸われたりしたら一発でバレる……)

ダンさんには、私が『歪血者』である可能性は秘密にしておけと言われているけれど、ミレーヌさんはどう思っているのだろう?   

ドアを開けたままお辞儀をすれば、ミレーヌさんがルナ隊長に向かって言った。        
    
「いいか? ハルはあくまでセラピストだ。血を吸うのは禁止行為だぞ。」

「わかっているよミレーヌ。」

「お前に気安く呼ばれる筋合いはないがな。まあ、どうしてもハルの血を吸いたいというなら別料金で許可してやる。」

「相変わらず悪どい商売してるねえ。」

「お前に言われたくないわ!」

お金さえもらえれば、私の血は吸われてもいいらしい。若干青ざめながらも、無料で住まわせてもらっているのだから仕方ないと納得させた。

「あまり気を張るな。いつものハルのままでいけよ?」
「は、はい。わかりました。」    
  
ミレーヌさんにこっそり耳打ちをされた。

とはいえ、ルナさんはスキュラさんを殺そうとした相手だ。ドギマギしながらも、とりあえずルナさんを招き入れた。

「あの、お噂はかねがね聞いています。ダンピール騎士団第3部隊隊長の、ルナ・シュワイツさんですよね?」

「ルナでいいよ。堅苦しいのは嫌いなんだ。」  

「なんで、私がここにいることが、」

「愚問だね。花街は噂好きの女の園だよ? ミレーヌが弟子をとるなんて槍でも降りそうな事態だしねえ。」  
  
座布団で綺麗に正座をするルナさんを尻目に、隣の机に並ぶ茶葉の瓶を一つ開ける。 
      
部屋中にジャスミンの香りが広がる。

ジャスミンには『安らぎ』の効能があると言われているのに、私の心は全く落ち着かない。

「そ、それで。今日はどういったご要望で?」 

対峙するルナさんの切れ長の瞳が、ゆっくりと開いた。 

「担当直入に言うよ。お前の体液をうちの部隊で使わせて欲しい。」

「む、無理です。ミレーヌさんはお金さえ払えばいいとは言ったものの、私の血は私のものです。私の血の力を試すためにスキュアさんを傷つけるような方にそう安々と、」

「血じゃないよ。体液が欲しいって言ったの。」

「……はい?」

「体液ね。体液。」

「た、体液……」

たい、た、たたたたた体液?? とは、一体、どういう意味なのか?

「は、はい?! 体液?! それはどういった部類の収集家なんですか?!」

いくら『ストーカーされる歴』が長い私でも、体液を収集されたことはない……はずだ。

「なにか気持ち悪いことを考えているようだけど、お前、ミレーヌから自分の持つ能力について聞いてないの?」

「ええと、き、聞いてはいますけど」

「今さら『歪血者』であることを隠したって無駄だよ。ボクとグレコは監視小屋ではっきりと感じたんだから。スキュラの魔力が増強されたのを。」

魔力の増強? そういえば、ミレーヌさんが鑑定時に言っていた気がする。

私には治癒の他に、『魔力増強』の魔力が備わっているって。

「お前、あの時スキュラとキスしてたよねえ。」

「え?」

「この目でしっかり見たんだから言い逃れは出来ないよ? 背中を撃ったはずのスキュラが、突然魔力を増強させたんだ。」         

『キス』と言われて記憶を巡らせる。 

(そういえばあの時私、スキュラさんに指を咥えさせられた気が。そうだ、それでスキュラさんがその指を舐めて。)

まさか、たったあの程度で私の体液がスキュラさんに入り込んだってことなの? それで撃たれたにも関わらず、スキュラさんの魔法が発動されて……

「思い出した? つまりね、お前の血には治癒力が、お前の体液には魔力増強の力が備わっているんだよ。」

「し、信じられません。」

「だあよねえ。お前みたいな小汚い女がなんで?って、ボクも思ってたんだけど。こうして着物を着ている姿を見ると、まあ見れなくもないねよねえ。」

「…………」      

ぼうっとした目元のまま、口角だけ上がるルナさんの表情。

確かにダンさんのように綺麗、だけど。目だけが笑っていない顔は猜疑心を煽られてしまう。

この人、一体私をどうしたいのだろう?

「『魔力増強』といっても、その場しのぎにしかならないと思うんですけど。」

「『歪血者』の文献によれば、体液を取り入れてから24時間は魔力が通常の倍以上に増強されるのだとか。」

「体液って、私の唾液って意味ですか?」          

「唾液だけとは限らないよねえ。血液意外の体液なら、例えば汗とか、涙とか、それに、愛液とか?」

「(声にならないドン引き)。」

「あはは~。冗談冗談。ただうちの部隊の連中は意地汚い奴らばっかだから。お前の愛液ですら舐めたいと思う奴もいるかもしんないよねえ。」    

この人、綺麗な顔してなに言ってるんだろ。愛液のくだりは無視しよう。

そんなことよりももっと大事なことがある。私は気になっていることを聞いてみた。

「お伺いしたいのですが、ルナさんがカルミさんの臓器を売ろうとしているという話は本当なんですか?」

庭の外から聞こえてきた噂話についてだ。

お金のために臓器売買だなんて。この世界ではよくあることなのかもしれないけれど、トップ遊女として名高いカルミさんがそこまでしなければならないなんてとても信じられない。

「ああ、『シルキーウェイ』のカルミね。故郷が土砂崩れにあって大変だって言っていてね。だからボクから提案してあげたんだよ。お前の腎臓を一つ売れば故郷の両親はこの先も平穏に暮らしていけるって。」 

「なぜ、カルミさんの身体を傷つけるような提案を?」   

「なぜって、仲介料がボクに入るからだよ。臓器売買を生業にしている業者にね、紹介料をもらってるからね。」

「それなら、カルミさんの臓器売買の話、なしにしてあげてくれませんか?」

「はあ? どういう意味?」

「と、取引です。私の体液をルナさんの部隊で使いたいのであれば、カルミさんの臓器売買を、や、やめて下さい。」

自分の背筋が伸びるのを感じた。

はっきりと目を見て伝えることができたと思う。

この世界でなにが良くてなにが悪いのか、基準なんてないのかもしれない。それでも、臓器を売られるカルミさんにとっては辛いことのはずだ。

「あのさあ、カルミは遊女としてもう何年も働いてるんだよ? 身体を売っている奴が腎臓の一つくらい失くしたって気にならないでしょう。」

「遊女だからこそ、だと思うんです。この先貴方方に血を吸われ、抱かれる仕事がどれほど体力的に大変なものか。」

「でも彼女だって納得してるんだよ?」 

「そうだとしても、これはカルミさんとルナさんの取引ではありません。私とルナさんの取引です。」 
  
「屁理屈、偽善者、自己犠牲による自己満足ってとこかな?」

なんと言われようが構わない。こちらから取引を持ちかけた以上、もう後には引けない。

もっと、きっとカルミさんの故郷を救う方法は必ずどこかにあるはずだ。誰も傷つけない方法が。 

ルナさんの翡翠の瞳が、じっと私を見つめる。

自分の目が泳ぎかけた。空間が歪みそうになる。

なぜだかルナさんがゆっくりと私に近付いてきた。

座布団から畳に下り、畳の擦り音を立てながら脚を滑らせてくる。

「お前、名前は?」

「っあ、」

「な・ま・え」

「は、ハル、です。」   
 
「ダンとはすでに寝たの? スキュラとは?」

「いえ。全く。」 

「おっぱいおっきいねえ。」

「はい。」  

顎を指で持ち上げられた。言いたくないのに、口が勝手に応えを告げる。ぐるぐると自分の思考が掻き乱されていく。

遠くでシロちゃんの鳴き声が聞こえる。でも目の前の彼の声が、私の耳を支配する。

「さあ、我慢比べといこうか。」      

綺麗だと思っていた翡翠の瞳の奥にはなにも見えない。真っ暗な闇が浮かんでいた。

唇が近づけられて、自分も誘導されるように唇へと導かれる。

着物の上から胸の先端部を指でなぞられる。気持ち悪い。気持ち悪いのに、拒絶が出来ない。頭で思っていることが身体に上手く伝わらない。

着物の裾からルナさんの長い指が入ってくる。
  
つられるようにして、私も脚を動かした。

 




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