ストーカーから逃げ切ったつもりが、今度はヤンデレ騎士団に追われています。

由汰のらん

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後日、シロちゃんが産んだ朱い卵には朱い黄身が入っており、ミレーヌさんの研究の結果、本当に抗ガン剤の成分が含まれていることが検出された。

実際に、ミレーヌさんが診ていた肺ガンを患う患者さんで実験させてもらったところ、回復傾向となったのだ。

驚くべきは、服用から一カ月経っても副作用がないこと。 

今のところ肺ガン治療に効果があるということだけわかっている。ミレーヌさんは新薬の誕生だと言っていた。 

しかも1つの卵に朱い黄身が2つ入っており、1つの黄身からおよそ50もの抗ガン剤が作れるらしい。

これはシロちゃんが持つ魔力のお陰だと思っていた。

でも、そもそもシロエドリは1か月に1個程度しか卵を産まないらしい。それなのに、シロちゃんは一度に6個も卵を産んだのだ。

どうやら私の『癒し』の力がシロちゃんに影響したということだった。 

つまり、今まで痴漢やストーカーばかりを惹きつけてきた『癒し』の力が、初めて誰かの役に立てるのだ。 


 
「この抗ガン剤でカルミさんの故郷を救ってあげてください。実際どれくらいの金額になるかどうかはわかりませんが。」

お店の玄関で、ルナさんに抗ガン剤の入った木箱を渡す。

あれからシロちゃんが何度か朱い卵を産んでくれたお陰で、1000錠もの抗ガン剤を作ることができた。

ミレーヌさんは躊躇っていたけれど、最終的にはカルミさんを救うためなら仕方がないと言ってくれた。

「ねえ、この抗ガン剤を他国に売りつけるのは確かにボクの得意分野だけど、ボクからカルミにお金を渡すのはどうなの?」

「でも、私は直接カルミさんから事情を聞いたわけではありませんし。カルミさんだって私に救われるよりも、ルナさんに救ってもらった方がいいに決まってます。」

「別にカルミに恩を売ろうだなんて思ってもないけどね。現に腎臓を売ろうとしてたわけだし。」

「だとしても、カルミさんにとってルナさんは救世主だったのかもしれません。」
 
というのは立派な建前でして。

ごめんなさいルナさん。私、昔から女性の嫉妬を買うことが多いのです。

ここで私がしゃしゃり出たところで、きっとカルミさんの反感を買うだけだ。

ルナさんは花街でも大人気のダンピール。私がカルミさんに救いの手を差し伸べたところで、『ルナさんとの接点を勝手に無くすな』と言われるのが目に見えている。

トップ遊女に目の敵にされれば、それこそ私の居場所は無くなってしまうやもしれない。
  
「あそう。まあいいや。でもその代わり、お前の体液はこの先も舐めさせてもらうから。」

「な、舐めっ?!」

「ミレーヌにはここぞとばかりに金をせしめ取られそうだけど、お前の一存で安くしといてよ?」

ルナさんに頭をつかまれて、こめかみにキスされる。一瞬、身体の奥が熱くなるも、誰かに見られていたらどうしようかという不安に駆られる。

辺りを見渡せば誰もいない。まだ早朝でよかった。ほっと胸を撫で下ろす。

「……ねえ、なにほっとしてるの?」
  
「いや、だって、他の人に見られたらどうしようって。」

「次は唇以外から吸ってやろうか?」 
     
「な……やッ、あのっ」   

エプロンの裾をつまんで気まずさと熱さを誤魔化す。すると、ふと吐息の笑いが降ってきた。

「ミレーヌによろしく。気が向いたら男娼も買ってやるって言っておいてよ。」

今日もルナさんは私服姿だった。

肩出しがなんともセクシーで、朝靄ですら妖艶に感じてしまう。  

只でさえ『魅了』の力が備わっているルナさんなら、わざわざ花街を利用する必要はないだろうし、もし遊女だったお母さんのことを恨んでいたら、遊女と遊ぶだなんて発想はないだろう。

やっぱりルナさんは、遊女だったお母さんのことを弔う気持ちが強いのではないのだろうか。  
  
  
ルナさんの背中を見送り、部屋に戻ろうとした時だった。
   
廊下でネネさんとすれ違う。

「ね、ネネさん! おはようございます!」
「…………はよ。」

大きな口を開けて、あくびをしながら食堂へと向かって行った。

(どうしよう。。今のルナさんとのやり取り、ネネさんに見られちゃったかな。)

とはいえ、ネネさんからはダンさんとのことですでに嫉妬を買ってしまっているのだ。今さら怖気づいても仕方ない。


       
夕方、『純和香』の開店時間となった。

お店の前をほうきで掃除していれば、なんとダンさんがお店にやって来た。

エプロン姿だし、髪も適当にまとめただけだし、慌てて後れ毛を耳にかける。

「おい、なぜ掃除なんかしている? こんな店先にいたら目立つだろう!」

「そうは言っても、これくらいのお手伝いはしないと。」

「もし他のダンピールに見つかったらどうするんだ? すぐに貴様の血が吸い取られるぞ!」

「そ、そうですよね。」

すでにリヨさんとルナさんには見つかっているというのに。今さら隠すのはどう考えたって手遅れだ。

ダンさんに報告すべきか迷ったけれど、ルナさんに『何をされたか』聞かれるのはなんとも気まずい。

治療のためとはいえ、まさか、キスしただなんて。なんとなく言いたくない……。

「そ、それより、今日はどうされたんです?」

「ああ。実は騎士団の大事な勲章を失くしてな。一昨日ここに来た時に落としたかもしれん。」

「一昨日、ここに来てたんですか?」

「ああ? 俺はここの常連だ。何か文句あるか?」

「い、いえ。そんな滅相も。」

知らなかった。

一昨日は確か、ミレーヌさんに離れの研究室で薬の調合を教わってたんだっけ。           

やっぱり、ダンさんはネネさんの血を飲んで、ネネさんと、その……そういうことをしてるってことだよね……。

私の血よりも、当然ネネさんを選んだということだ。ダンさんは男性にしか興味ないのだから仕方ない。

目線が急にダンさんと合わなくなって、自然と下降していく。

でもすぐに後ろからネネさんの声が聞こえた。

「ダンさん!! 嬉しい! 今日もネネに会いに来てくれたの?」
 
「勲章を探しに来ただけだ。」 

「ええ~、勲章~? あの胸につけてたやつ~?」

「ああ、あれがないと面倒くさい。騎士としての称号だからな。給料がゼロになる。」

あれからミレーヌさんに、ダンピールのことを色々と教わった。

この国のダンピールは数少ない。エリシア王国総人口のたった1%ほどなのだそう。

王家の血統を受け継ぐ人間には魔力が存在する。貴族も遠い親戚にあたるため、例外ではない。

そしてダンピールの身体能力は人間のおよそ1.5倍。魔力も王家の人間に匹敵する。    
    
ただしダンピールは定期的に生き物の血を摂取しなければ栄養失調となり死んでしまうという欠点がある。

昔、ダンピールは人間の血を吸う魔物として扱われ、王家はあらゆる手を使ってダンピールを迫害した。

しかし報復としてダンピールに城を制圧されかけ、王がダンピールに和平協定を結ぶ取引を持ちかけたのだ。 

今では静かに辺境地の騎士団として暮らしている。

ちなみに女性のダンピールは少ないけれど、騎士団で働いている人もいれば、この花街で働いている人もいるらしい。

 
「あ、確かネネがダンさんのお着替え手伝ったから? その時に取れちゃったのかなあ?」

「部屋を探してみてくれないか?」 
 
「うん、もちろん! 他の子たちにも聞いてみるね!」             

ネネさんが嬉しそうな顔で廊下を走っていく。

ダンさんとネネさんの親密そうな関係が、なんだか微笑ましくも羨ましい。

「いいですね。ダンさんとネネさん、お客さんと男娼以上の信頼関係がある感じで。」

ふとつぶやけば、ダンさんが目を細めてネネさんの後ろ姿を見つめる。

「ネネは、元々男爵家の妾の子でな。母親と正妻の息子から虐待されて育ったのだ。家から逃げて来たところを、俺が偶然拾った。」

「そ、うだったんですね……」

「人間は嫌いだが、人間に虐げられた人間は嫌いにはなれん。」

この花街は、王家に追放された人間の溜まり場だ。『花街』という場所が存在していて本当によかったと思う。

ネネさんは単にダンさんに恋しているだけでなく、心の底から慕っているのだと思うと胸が熱くなった。

『羨ましい』だなんて、私の入る隙なんてどこにもないというのに。
 

それから数分後、ネネさんはどこを探してもダンさんの勲章ないというので、私も一緒にお店の中を探すことになった。

すでに開店しているのを忘れて、間違えて今にも情事に営みそうな寸前の部屋の襖を開けてしまい、あわてて閉めた。

ミレーヌさんなら魔法で探すことができるかもしれないけれど、今は薬草を摘みに行っていていない。
 
1時間ほど探したけれど見当たらなかった。

   
「どうしよう。大事なものなのに。」
  
もう一度庭を探してみようと思い、自分の部屋から庭へ行こうとする。

でもドアを開けたところで、真後ろにただならぬ気配を感じた。

「この部屋だわ。ここから微かに隊長の臭いがする。」
「きゃッ、」

私を押しのけて、ズカズカと土足で入ってきた騎士団の隊服を着た人。あまりに大きな身体で驚いた。色黒の男性だ。

後ろ姿を見てさらに目を丸くする。

刈り上げ部分には、剃り込みアートのようにクモの巣が描かれているのだ。ライトグレーの髪はベリーショートだ。  

その後ろからはネネさんとダンさんまで入ってきた。

「おい女、なんだってこんな異様な匂い漂わせてる……? 何モンだ?」

突然色黒の男性に話しかけられて、肩が小さく上がる。

(わたし……そんな酷い臭いなの……?)      

今まで臭いを指摘されたことはない。初対面の人だけにショックだ。

そして――――色黒の男性の目がゆっくりと白目をむいていく。なんと直立不動のまま、私の部屋で倒れてしまった。

バッターーーンッ!!!

眉をひそめるダンさんが、すぐに彼の元にしゃがみ込む。
 
「……ロックヒート。そんなにこいつの匂いに充てられたのか? 失神している。」
     
(ウソでしょ? 私、失神するほど臭かった!?)
   
こんなに大きな人が臭い一つで倒れるなんて。信じられない……。顔面が一気に冷えていく。

「ロックヒートのやつ、こういう時だけ現れやがって! ハル! お前のせいだぞ!」

「やっぱり、私のせいですか?」  

「ロックヒートは鼻が効くんだ。貴様の血の匂いは濃いからな? だから外にいるなと言ったんだ!」

「ええ!」

「貴様のせいで貴様がここにいることがバレてしまったではないか!!」

勝手に入って来られて、全部私のせいにされてしまう。

「ダンさん!! 見てこれ! この女の部屋に、騎士団の勲章が!!」

「はい?」

「あんた、まさか、この勲章売ってお金にしようとしてたんじゃないでしょうね!?」

「い、一体なんのことだが。」

ネネさんが私に勲章を見せてくる。金の逆十字の紋章が刻まれた勲章だ。         
  
確かに騎士団の胸元についている勲章だ。でも私はそれを拾った覚えはない。

「見てよダンさん!!」

「ああ、確かに。これは俺の勲章だ。」
 
「この女、セラピストだなんて意味不明な職業を利用して、騎士団連れ込むのをいいことに金目のものを盗むつもりだったんじゃない?!」

「なんだ、その。『セラピスト』というのは?」  

ダンさんに視線を投げかけられる。

ダンさんは、私がミレーヌさんの弟子として働いていることしか知らないのだ。

まさかダンピール専用の『セラピスト』をやることになったなんて思いもしないだろう。

「この女、『癒し』の力を利用してダンピールを連れ込んでるのよ?! ルナ隊長だけじゃない。リヨ隊長やヒューゴ副隊長だってうちに来てたの知ってるんだから!」

「そ、それは。ミレーヌさんから指示されていることでして。」

「今日の朝もルナ隊長と親密そうにやり取りしてたじゃない!」

う……やっぱり、朝のやり取り見られてたんだ。今までダンさんに言えなかったことが、ここで全て暴露されてしまう。

「その、セラピストの件については言えず仕舞いでごめんなさい! でも私、ダンさんの勲章を盗んでなんか、」

「ちょっと異質な魔力があるからって調子に乗らないで!!」

「す、すみません……」 

ネネさんに一喝され、なにも言えなくなってしまう。
   
そうか、そうだよね。ネネさんは『男娼』なのに、同じ店で働く私は『セラピスト』。

同じようにお金をもらう仕事なのに、私は身体の代償を払うわけじゃない。

妬みたくなるのも頷ける。初めて人の役に立てるかも、だなんて思った私が間違っていた。

「ネネ、こいつに八つ当たりするのはよくない。こいつだって訳もわからず召喚され、国外追放された身なのだ。」

「でもそいつには能力が備わってるでしょ?!! 私は……ネネには、なにもないのよ?!」

「でもネネには、この店の仲間がいる。俺もだ。」

「なにそれ!! 綺麗事言わないでよ! せめてネネに魔力さえあればあんな家に虐げられることもなかったのに!!!」

ネネさんが部屋から走って出ていく。      

私はどうしていいかわからず。とりあえずダンさんに頭を下げた。

「なんだか、すみません。私のことを庇ってもらったばかりに。あと、その勲章が失くなったのも、多分、私のせいなんだと思います……。」

今日、ネネさんの境遇と、ネネさん自身のことが知れたのはよかったと思う。

貴族の生まれなのに妾の子で、さらに魔力がないということ。嫉妬心の塊から私を恨みたくなるのも仕方ないだろう。

私、あと少しでネネさんを嫌いになってしまいそうだった――――。
   

「貴様、他のダンピールと話したのか?」

「え?」

「まさかこの部屋に招き入れたのか?」     

「そ、それは……」

ダンさんの声色がやたら重低音だ。突然、胃を鷲掴みにされたように気持ち悪くなる。 
       
心臓は動いているはずなのに、上手く呼吸ができない。気管支を圧迫されているみたいに苦しくなる。

「なぜこの俺に黙っていた? その『セラピスト』とやらのことも、他のダンピールと関わったことも」

とても立っていられず、畳に膝をつく。

喉は誰にも絞められていないはずだと、自分の手で首を触って確認する。でも首の肌がえぐれているのがわかった。

苦しさがどんどん増していく。   

「っか……は……」

声が出ない。

苦しさのあまりダンさんに手を伸ばす。

でもダンさんは私を見下すばかりで手を取ってはくれない。

ハンドクリームをくれた時のように、優しはどこにも存在しない鋭利な姿だ。

刺すような視線。赤い瞳は動向が見開き、眼光は仄暗さを灯す。

自分の汗が、畳にしたたり落ちていく。

「貴様にもう用はない。」

ダンさんが部屋から出ていく。

私は畳に這いつくばったまま動けず。

ダンさんが廊下の向こうにぼやけ始めて――――彼が玄関から出ていけば、急に呼吸ができるようになる。

「ハあーーハあーーひゅーッーー」

一気に気管支が開かれて、咳き込みながら肺呼吸を何度も繰り返した。

自然と涙が出ていて、ガタガタと全身が震えていることに気付く。歯音が微かに鳴る。

(こわかった、こわかったこわかったこわかったこわかった)

こんなのストーカーに追われていた時の、比じゃない……

全身の体液が溢れ出るほどの恐怖だ。

窒息死の恐ろしさを身を持って知った瞬間だった。

それでも、それと同じくらい哀しいのはなぜなのだろう?
   
苦しさが哀しさの涙を次第に上回っていった。

  
     
     

 
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