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騎士様は魔女を放さない
王宮薬師は知識を求む
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騎士団本部から薬師団の建物までは、歩いて向かうことができるという。通用門を抜け、中庭と呼んだらいいのか、手入れのあまりされていない草むらを抜けると、薬師団の建物の裏側が見えてくる。
裏側とは言うが、外から見える窓の細工や屋根の様子から、豪奢な印象は見て取れた。薬師団と比べると、騎士団は質素とも言える。
「負傷者の運搬の際に、いちいち街中へ出るとさらに危険が増す。だから騎士団と薬師団は、裏道で繋がっているんだ」
きょろきょろしていると、エルートがそう解説してくれた。
エルートは防寒のため、厚手の黒いフードを頭にかぶっている。私も同様に、防寒用の上着を身につけている。それでも中に染み入るほどの寒さだ。日を追うごとに、空気の切れ味が増している。
「王宮騎士団所属、エルート・ザトリアだ。薬師のカルニックの要望で、カプンの魔女を連れて来た」
薬師団の裏口で、エルートは騎士の胸章を見せながら語った。受付の人は手元の紙に視線を落とし、微かに首を上下に動かす。覇気のない動作で、ゆるりと片手を廊下の奥に向けた。
「どうぞ」
その声も、何だか覇気がない。
「騎士団とは雰囲気が違いますね」
「ああ。薬師団の者は、どうも陰気臭くて苦手だ」
歩き始めたエルートは、苦虫を噛み潰したような顔で言う。確かに、何かあればはきはきと返事をし、機敏に動く騎士達とは対照的な雰囲気だった。エルートがカルニックを嫌うのは、人柄だけではなく、相性の悪さもあるのかもしれない。
建物の中は、やはり絢爛だった。床に敷き詰められた絨毯は、足音を吸い込むように柔らかい。よく見れば壁紙には、きらきらと輝く金箔があしらわれている。
長い廊下は、初めて見るような調度品が並んでいる。眺めながら歩いていると、長いはずの廊下がいやに短く感じられた。
「ここだな」
エルートが立ち止まり、扉を見る。「療養室」と小さなプレートのかかった扉は、どこか見覚えがあった。
ノックをすると、奥から「どうぞ」とくぐもった声がする。エルートが扉を引き開けると、隙間から薬草の香りが流れ出て来た。
私の家に似た、落ち着く青い香り。思わず、鼻からゆっくりと息を吸い込む。
「カルニック」
「おや、エルートさん。珍しいですね、あなたが何度も……ああ! カプンの魔女さん!」
エルートの後に続いて療養室に入ると、カルニックの声のトーンは、明らかに一段上がった。片目だけ覗く黒い瞳が、きらきらとした輝きをたたえている。
「待っていました、さあ座って、薬草茶で構いませんね?」
白衣の裾をなびかせ、カルニックはくるくると部屋の中をせわしく動き回る。
その様子を眺めていると、懐かしい気分になる。ベッドがいくつか備えられ、あちこちに乾いた薬草を入れた瓶が置かれている以外は、物がほとんどない実務的な部屋。絢爛な廊下とは対照的な空間は、私が以前毒に倒れた際、眠っていたのと同じ場所だった。あの時私は、匂いがしないことに打ちひしがれていたけれど、今は少し、周りを見る余裕があった。
私は、ベッド脇の椅子に座らされる。カルニックは机の上で手早く作業をし、薬草茶を注いだ椀を私の前に差し出す。受け取ると、手のひらに温かさが伝わってきた。湯気と共に鼻をくすぐる、ほのかな青い香り。
カルニックが椀を片手に、私の側にあるベッドに腰かけた。ベッドは、いずれも空だ。現在、負傷者はいないらしい。
「俺の分はないんだな」
私の隣に立ったまま、エルートが不服そうに言う。カルニックは、前髪から出ている側の眉を、ぐいっと挑発的に持ち上げた。
「魔女さんの護衛を、ありがとうございます。まだ何か?」
つっけんどんな言い方に、エルートの表情が強張る。
「ニーナに余計な真似をするなよ。話をするだけ。それ以上は許さん」
「決めるのは彼女だと思いますけどねえ」
圧をかけるエルートに対し、薄笑いを浮かべ、のらりくらりとかわすカルニック。エルートは黙って、カルニックに厳しい視線を浴びせる。苛立ちの雰囲気が、背後から揺らめいていた。
「……また迎えに来る」
エルートが言い残して、療養室を去った。憤った雰囲気だったにもかかわらず、音もなく閉まる扉に、彼の自制心を感じた。
扉が閉まる同時に、カルニックはふーっと長く息を吐いた。やれやれ、と言わんばかりに肩を竦める。
「あの『命知らず』に恋人ができたって聞きましたけど、あの様子じゃ丸くなるどころか、ますます尖ったみたいですね」
恋人というのは、きっと私を指しているのだろう。騎士団に広まった噂が、ここまで流れて来ているのか。あるいはエルートが自分で、そう説明したのかはわからない。私は肯定も否定もできずに、曖昧な表情を作って誤魔化した。
私たちの関係は、何も進展していない。エルートが私に思いを寄せてくれていることはわかったが、私の気持ちを伝えることすらできていない。恋仲なんて、遥か先の話だ。現実味はひとつもない。
思考の渦に巻き込まれそうになった自分を、頭を軽く振って引き戻した。そんなことをぐるぐると考えるより、目の前のことに取り組まなければ。行動で示した先に、私の行く道はあるのだ。
私は、カプンの町長であるルカルデさながらに、熱い薬草茶を一気に飲み干す。熱が喉元を過ぎ、体の中を落ちてゆくのがわかる。ゆっくりと息を吐くと、心が落ち着く。空になった椀を脇のテーブルに置くと、カタンと軽い音がする。
その音が合図となったように、ベッドに腰掛けていたカルニックが、ぱっと立ち上がる。机の向こうから何かを抱え、持ってくる。カルニックが近寄ってくると、ふわり、青い香りが広がった。
「魔女さんには、これを見てほしいんです」
両手で抱えるほどの大きさがある籠に、いっぱいに草が盛られている。濃い緑から淡い黄緑まで、葉の形が多種多様な植物たち。カルニックはベッドに座り直すと、膝の上に籠を抱える。意外と華奢な指先で、ひとつの薬草を摘み上げた。
「中庭からありったけ、摘んできたんです。魔女さんの知っている効能を教えていただけませんかね」
手渡された薬草を受け取り、上下をひっくり返して観察した。柔らかな丸みを帯びた葉と、薄く生えた銀の繊毛は見覚えがある。
「これは、喉の調子を整える薬草ですよね?」
「へえ! どのように整えるんですか?」
「喉が痛くなってすぐに、すり下ろした汁を飲むと痛みが引くんです」
「なるほど……」
差し出された薬草の効能を答えると、カルニックは何やらメモを取ってから、また次の薬草を差し出す。同じ作業を何度も繰り返していると、口が疲れてきた。早く終わらないかなと思い始めたが、積まれた薬草は半分も減っていない。
不思議な人だな、と私は思った。カルニックが私の話を聞く時、前髪から覗く目は妙にぎらついている。こんなに前のめりになって話を聞いているのに、彼からは匂いがほとんどしない。
何も望むもののない、無欲な人からは匂いはしない。だとしても、カルニックはとてもではないが、無欲な人には見えなかった。
「いやあ、やっぱり魔女の薬学は面白いね! 前回話してから、ずっと聞きたいと思っていたんだ!」
メモのページをめくりながら言うカルニックは、陰気な前髪とは裏腹に、爽やかな笑顔を浮かべた。心底嬉しそうな様子である。
「この薬草は?」
「ええと……あ、これ美味しいやつですよ。私は、朝食によく食べます」
「美味しいだけですか? 効果は?」
「酸味があるから、目が覚めるような気はしますが……」
終わらない、カルニックの質問責め。私は次から次へと差し出される薬草を見ては、頭の引き出しから流れ出てくる記憶を、唇に載せて喋った。
だんだんと私の喉は掠れ、カルニックの目が爛々と輝いていく。いつ終わるとも知れないやりとりに気が遠くなりそうになった頃、カチャ、と軽い音がした。
「ニーナ、迎えに──」
「エルートさん!」
聞き慣れた声に思わずかぶせ、振り返った。そこには、扉に片手をかけたまま、気圧されたような表情で立ち尽くすエルートがいた。
漸く、この質問責めから解放される。その喜びから出た反応であった。一瞬虚をつかれた顔をしたエルートは、すぐに眉間に皺を寄せる。
「カルニック、お前ニーナに何をしたんだ」
「何もしていませんよ。ただ、薬草についてお聞きしただけです」
カルニックは涼しい顔で答えた。エルートは疑るような視線を向けるが、薬草について聞いていただけ、というカルニックの説明は事実である。私が頷くと、エルートは渋い顔のまま、私の方に手を差し伸べた。
「行こう、ニーナ。君が嫌なら、もう来る必要はないんだ」
私は彼の手に、手を重ねる。優しく手を引くエルートの手のひらは、温かで心落ち着く。そのまま扉に向かい、廊下へ出ようとした。
「まだ全ては聞けていません。明日も来ていただけますよね?」
カルニックの誘いに、私は思わず足を止めた。彼の抱えた籠には、まだ薬草の山が積まれている。顔が引きつるのがわかった。また明日、この質問地獄を経験するというのは、いささか気が引ける。
「駄目だ。見ろ、ニーナの顔を。もう来たくないと、目が言っている」
エルートが、私とカルニックの間に入り込んで告げた。彼は、私の感情を目で読み取ってしまう。たしかに私は、たくさん喋って喉を酷使し、記憶を辿ったから頭も疲れている。もう充分、という感じはあった。
「そんなはずありませんよ。彼女のもたらす魔女の薬学が、この薬師団にどれだけ貢献するか。それを思えば、やりがい以外、ないはずですから」
自信満々なカルニックの言葉。そう言われると、むげに断れない気持ちがしてくる。
私の願いのひとつは、より多くの人の助けになること。薬師団に貢献できるのであれば、協力できることはしたかった。
「明後日で、よろしければ」
「もちろん! 待っていますよ、魔女さん」
連日だと疲れてしまうので、1日置いて、また来ること。妥協案を提示すると、瞳を爛々と覗かせたカルニックが、口角をぐぐっと上げて頷く。
「……ニーナは自己犠牲的だな」
廊下に出た時、エルートがぽつりと、そう呟いた。
裏側とは言うが、外から見える窓の細工や屋根の様子から、豪奢な印象は見て取れた。薬師団と比べると、騎士団は質素とも言える。
「負傷者の運搬の際に、いちいち街中へ出るとさらに危険が増す。だから騎士団と薬師団は、裏道で繋がっているんだ」
きょろきょろしていると、エルートがそう解説してくれた。
エルートは防寒のため、厚手の黒いフードを頭にかぶっている。私も同様に、防寒用の上着を身につけている。それでも中に染み入るほどの寒さだ。日を追うごとに、空気の切れ味が増している。
「王宮騎士団所属、エルート・ザトリアだ。薬師のカルニックの要望で、カプンの魔女を連れて来た」
薬師団の裏口で、エルートは騎士の胸章を見せながら語った。受付の人は手元の紙に視線を落とし、微かに首を上下に動かす。覇気のない動作で、ゆるりと片手を廊下の奥に向けた。
「どうぞ」
その声も、何だか覇気がない。
「騎士団とは雰囲気が違いますね」
「ああ。薬師団の者は、どうも陰気臭くて苦手だ」
歩き始めたエルートは、苦虫を噛み潰したような顔で言う。確かに、何かあればはきはきと返事をし、機敏に動く騎士達とは対照的な雰囲気だった。エルートがカルニックを嫌うのは、人柄だけではなく、相性の悪さもあるのかもしれない。
建物の中は、やはり絢爛だった。床に敷き詰められた絨毯は、足音を吸い込むように柔らかい。よく見れば壁紙には、きらきらと輝く金箔があしらわれている。
長い廊下は、初めて見るような調度品が並んでいる。眺めながら歩いていると、長いはずの廊下がいやに短く感じられた。
「ここだな」
エルートが立ち止まり、扉を見る。「療養室」と小さなプレートのかかった扉は、どこか見覚えがあった。
ノックをすると、奥から「どうぞ」とくぐもった声がする。エルートが扉を引き開けると、隙間から薬草の香りが流れ出て来た。
私の家に似た、落ち着く青い香り。思わず、鼻からゆっくりと息を吸い込む。
「カルニック」
「おや、エルートさん。珍しいですね、あなたが何度も……ああ! カプンの魔女さん!」
エルートの後に続いて療養室に入ると、カルニックの声のトーンは、明らかに一段上がった。片目だけ覗く黒い瞳が、きらきらとした輝きをたたえている。
「待っていました、さあ座って、薬草茶で構いませんね?」
白衣の裾をなびかせ、カルニックはくるくると部屋の中をせわしく動き回る。
その様子を眺めていると、懐かしい気分になる。ベッドがいくつか備えられ、あちこちに乾いた薬草を入れた瓶が置かれている以外は、物がほとんどない実務的な部屋。絢爛な廊下とは対照的な空間は、私が以前毒に倒れた際、眠っていたのと同じ場所だった。あの時私は、匂いがしないことに打ちひしがれていたけれど、今は少し、周りを見る余裕があった。
私は、ベッド脇の椅子に座らされる。カルニックは机の上で手早く作業をし、薬草茶を注いだ椀を私の前に差し出す。受け取ると、手のひらに温かさが伝わってきた。湯気と共に鼻をくすぐる、ほのかな青い香り。
カルニックが椀を片手に、私の側にあるベッドに腰かけた。ベッドは、いずれも空だ。現在、負傷者はいないらしい。
「俺の分はないんだな」
私の隣に立ったまま、エルートが不服そうに言う。カルニックは、前髪から出ている側の眉を、ぐいっと挑発的に持ち上げた。
「魔女さんの護衛を、ありがとうございます。まだ何か?」
つっけんどんな言い方に、エルートの表情が強張る。
「ニーナに余計な真似をするなよ。話をするだけ。それ以上は許さん」
「決めるのは彼女だと思いますけどねえ」
圧をかけるエルートに対し、薄笑いを浮かべ、のらりくらりとかわすカルニック。エルートは黙って、カルニックに厳しい視線を浴びせる。苛立ちの雰囲気が、背後から揺らめいていた。
「……また迎えに来る」
エルートが言い残して、療養室を去った。憤った雰囲気だったにもかかわらず、音もなく閉まる扉に、彼の自制心を感じた。
扉が閉まる同時に、カルニックはふーっと長く息を吐いた。やれやれ、と言わんばかりに肩を竦める。
「あの『命知らず』に恋人ができたって聞きましたけど、あの様子じゃ丸くなるどころか、ますます尖ったみたいですね」
恋人というのは、きっと私を指しているのだろう。騎士団に広まった噂が、ここまで流れて来ているのか。あるいはエルートが自分で、そう説明したのかはわからない。私は肯定も否定もできずに、曖昧な表情を作って誤魔化した。
私たちの関係は、何も進展していない。エルートが私に思いを寄せてくれていることはわかったが、私の気持ちを伝えることすらできていない。恋仲なんて、遥か先の話だ。現実味はひとつもない。
思考の渦に巻き込まれそうになった自分を、頭を軽く振って引き戻した。そんなことをぐるぐると考えるより、目の前のことに取り組まなければ。行動で示した先に、私の行く道はあるのだ。
私は、カプンの町長であるルカルデさながらに、熱い薬草茶を一気に飲み干す。熱が喉元を過ぎ、体の中を落ちてゆくのがわかる。ゆっくりと息を吐くと、心が落ち着く。空になった椀を脇のテーブルに置くと、カタンと軽い音がする。
その音が合図となったように、ベッドに腰掛けていたカルニックが、ぱっと立ち上がる。机の向こうから何かを抱え、持ってくる。カルニックが近寄ってくると、ふわり、青い香りが広がった。
「魔女さんには、これを見てほしいんです」
両手で抱えるほどの大きさがある籠に、いっぱいに草が盛られている。濃い緑から淡い黄緑まで、葉の形が多種多様な植物たち。カルニックはベッドに座り直すと、膝の上に籠を抱える。意外と華奢な指先で、ひとつの薬草を摘み上げた。
「中庭からありったけ、摘んできたんです。魔女さんの知っている効能を教えていただけませんかね」
手渡された薬草を受け取り、上下をひっくり返して観察した。柔らかな丸みを帯びた葉と、薄く生えた銀の繊毛は見覚えがある。
「これは、喉の調子を整える薬草ですよね?」
「へえ! どのように整えるんですか?」
「喉が痛くなってすぐに、すり下ろした汁を飲むと痛みが引くんです」
「なるほど……」
差し出された薬草の効能を答えると、カルニックは何やらメモを取ってから、また次の薬草を差し出す。同じ作業を何度も繰り返していると、口が疲れてきた。早く終わらないかなと思い始めたが、積まれた薬草は半分も減っていない。
不思議な人だな、と私は思った。カルニックが私の話を聞く時、前髪から覗く目は妙にぎらついている。こんなに前のめりになって話を聞いているのに、彼からは匂いがほとんどしない。
何も望むもののない、無欲な人からは匂いはしない。だとしても、カルニックはとてもではないが、無欲な人には見えなかった。
「いやあ、やっぱり魔女の薬学は面白いね! 前回話してから、ずっと聞きたいと思っていたんだ!」
メモのページをめくりながら言うカルニックは、陰気な前髪とは裏腹に、爽やかな笑顔を浮かべた。心底嬉しそうな様子である。
「この薬草は?」
「ええと……あ、これ美味しいやつですよ。私は、朝食によく食べます」
「美味しいだけですか? 効果は?」
「酸味があるから、目が覚めるような気はしますが……」
終わらない、カルニックの質問責め。私は次から次へと差し出される薬草を見ては、頭の引き出しから流れ出てくる記憶を、唇に載せて喋った。
だんだんと私の喉は掠れ、カルニックの目が爛々と輝いていく。いつ終わるとも知れないやりとりに気が遠くなりそうになった頃、カチャ、と軽い音がした。
「ニーナ、迎えに──」
「エルートさん!」
聞き慣れた声に思わずかぶせ、振り返った。そこには、扉に片手をかけたまま、気圧されたような表情で立ち尽くすエルートがいた。
漸く、この質問責めから解放される。その喜びから出た反応であった。一瞬虚をつかれた顔をしたエルートは、すぐに眉間に皺を寄せる。
「カルニック、お前ニーナに何をしたんだ」
「何もしていませんよ。ただ、薬草についてお聞きしただけです」
カルニックは涼しい顔で答えた。エルートは疑るような視線を向けるが、薬草について聞いていただけ、というカルニックの説明は事実である。私が頷くと、エルートは渋い顔のまま、私の方に手を差し伸べた。
「行こう、ニーナ。君が嫌なら、もう来る必要はないんだ」
私は彼の手に、手を重ねる。優しく手を引くエルートの手のひらは、温かで心落ち着く。そのまま扉に向かい、廊下へ出ようとした。
「まだ全ては聞けていません。明日も来ていただけますよね?」
カルニックの誘いに、私は思わず足を止めた。彼の抱えた籠には、まだ薬草の山が積まれている。顔が引きつるのがわかった。また明日、この質問地獄を経験するというのは、いささか気が引ける。
「駄目だ。見ろ、ニーナの顔を。もう来たくないと、目が言っている」
エルートが、私とカルニックの間に入り込んで告げた。彼は、私の感情を目で読み取ってしまう。たしかに私は、たくさん喋って喉を酷使し、記憶を辿ったから頭も疲れている。もう充分、という感じはあった。
「そんなはずありませんよ。彼女のもたらす魔女の薬学が、この薬師団にどれだけ貢献するか。それを思えば、やりがい以外、ないはずですから」
自信満々なカルニックの言葉。そう言われると、むげに断れない気持ちがしてくる。
私の願いのひとつは、より多くの人の助けになること。薬師団に貢献できるのであれば、協力できることはしたかった。
「明後日で、よろしければ」
「もちろん! 待っていますよ、魔女さん」
連日だと疲れてしまうので、1日置いて、また来ること。妥協案を提示すると、瞳を爛々と覗かせたカルニックが、口角をぐぐっと上げて頷く。
「……ニーナは自己犠牲的だな」
廊下に出た時、エルートがぽつりと、そう呟いた。
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