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ラブラブ編

I'm hungry【前編】

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とある土曜日の、昼少し前。

ベッドでは一組の男女が寝息を立てていた。
周りには、服が脱ぎ散らかっている。
先に目が覚めたのは男の方だった。
腕の中にある温もりが熟睡しているのを確認し、起こさぬよう、そっとベッドから出る。
昨晩閉め忘れたカーテンからは、明るい日差しが差し込んでいる。
男はカーテンを閉め、着替えをもって、バスルームに向かう。
よれよれになった服を脱ぐと、とぐろを巻いた龍が背中に現れた。
恋人にも絶対に見せない、もう一つの男の姿である。

男の名前は槇村彰吾。関東の随一の極道、槇村組の跡取りである。

シャワーを浴び、昨晩の残り香を流し終え、バスルームから出ると、どこからともなく声が聞こえた。
「きゃああっー!!」
それは先ほど熟睡していたはずの女の叫び声だった。彰吾は慌てて服を着替え、濡れた髪のままリビングに向かった。
「どうしたっ!?」
女は、紺色の大きなパジャマを羽織っただけの格好で、キッチンでぼう然としていた。
「ご、ご飯炊くの忘れてました…」
女はこの世の終わりかという顔で言った。彰吾は呆れる。
「お前なあ、それだけのことで喚くな」
「ご飯はちゃんと食べないといけません!ああ、昨日帰ってからタイマーかけるつもりだったから…」
女はガックリと肩を落とした。

女性の名前は高地柚子。まだ、幼さが残るが、れっきとした二十歳の大学生。
そして夜はホステスのバイトをし、生活費を稼いでいる。

この二人は恋人同士。
彰吾は、昨晩、柚子を仕事途中で連れ去り、二人で熱く甘い夜を過ごした。
だから、ご飯が炊けなかったのは、彰吾のせいでもある。
「じゃあ、ピザでもなんでも取れ」
「ピザ!?いいですねぇ~」
落ち込んでいた柚子の顔が一変に明るくなった。
「あ、でも、ご飯は炊いとこう。ピザだけだとお腹すくかもしれないし」
「…なぜ、お前は米にこだわる?」
柚子はやたらと米を食べたがる。今流行の糖質制限とは無縁の生活だ。
ーその割には…。
彰吾は柚子の体を上から下まで、まじまじと見た。
「あっ、着替えてきます」
米のことが気になって、飛び起きたのだろう。
自分のあられもない姿に気づき、柚子は顔を赤らめベッドルームに戻ろうとした。
「ちょっと待て」
しかし彰吾は柚子を片手で抱きとめ、キッチンの椅子に座る。
彰吾の膝の上に座らされた柚子はもがいた。
「ちょっと、彰吾さんっ」
「ピザ、頼むんだろ」
彰吾は机に置いてあった携帯で、近くのデリバリーピザを検索した。

「うーん、定番のマルゲリータかなぁ。テリヤキも美味しそう。でも明太シーフードも捨てがたい…」
柚子は彰吾の膝の上で、真剣にメニューを見ている。
「早く決めろ」
「ううん、これだけ種類があると悩むなぁ。彰吾さんはどれがいいですか?」
「どれでもいい」
「もうっ、ちゃんと選んでくださいよう」
斜め後ろを振り返り、口を尖らせて柚子が言った。

ー相変わらずガキだな、昼間は。

柚子が彰吾の持ち家に引っ越してから、4ヶ月がたった。
その間、何度も夜を共にした。初めはぎこちなかった夜の営みだったが、最近では少しずつではあるが、柚子から求めてくるようになった。
昼とは違う、妖艶な表情で。
パジャマの隙間から覗く鎖骨や胸の谷間には、昨夜、彰吾が残した痕が残っている。
彰吾はその時の遊戯を思い出し、欲望が湧き上がってくるのを感じた。
「迷いすぎだ。適当に選ぶぞ」
「ちょ、ちょっと、あとちょっとだけ待ってください!すぐ選びますから」
その後、十分近く迷い、柚子はやっとピザを決め注文した。
「楽しみだなあ」
柚子は、満面の笑みを浮かべている。そんな柚子を抱きしめている手に力をいれ、彰吾が言った。

「それじゃあ、食事前の運動といくか」




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