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ともだち
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中学生になってから、一年が経ち、二年が経ち、感じることがある。
どうも最近鍛埜の様子がおかしい。
以前はいつだって俺と一緒にいてくれたのに、最近の彼はわざと俺を避けるような行動をする。俺から近付いていっても、何かしらの理由で俺と一緒にいないようにする。もしかして俺が何か彼にしてしまったのだろうか。そう思って、彼に聞いても、どうもそうではないらしい。これは自分の問題だから。瑞穂には関係ないよ。そう言って突き放される。それでも食い下がって、何か隠してることあるんじゃないかと聞くと、酷く傷付いたような顔をされるのだ。そしてその顔のまま、静かに、もう止めてくれ。そう言われる。そんな反応をされてしまったら、もう俺にはこれ以上の追及は出来なかった。
(何が、俺に、足りないっていうんだ)
どうして彼は俺に何も言ってくれない?
どうして彼は俺から離れようとするんだ?
彼と対等の存在になるために、努力を重ねてきた。彼に見合うコミュニケーション能力、見た目、性格。この二年間で、俺は随分と変わることが出来たと思う。なのに彼は俺を"友達"として認めてはくれない。それどころか彼は俺と距離をとろうとさえする。
彼の悲しい顔を見ないようにするために、俺は変わったのに。なのに、俺は彼を笑わせるどころか、俺こそが彼を傷付ける原因になっている。
何がいけないというのだろう。俺はどうすればいいのだろう。考えても考えても答えは出ない。このまま彼との距離がどんどん離れていって、彼の視界にすら俺はうつらなくなって、忘れられてしまうようなことがあったらどうしよう。無理だ。そんなの耐えられない。彼に忘れられるなんて、それくらいならいっそ嫌われた方がマシだ。
そこまで考えた時、ある一つの仮定が頭の中に浮かぶ。
(もしかして、俺、彼に嫌われてるのか?)
酷い想像だ。けれども、ありえない話じゃない。むしろ、今の状況から考えれば、今までその仮定が頭に浮かばかったのがおかしいくらいだ。無意識に避けていたのだろう。その可能性を。彼が俺を嫌うはずがない。だって、だって、彼は、彼は俺の。
『瑞穂と僕は一番のお友達だもん。当たり前だよね!』
……そうだ。俺は、彼の、友達。一番の。彼は俺のことが好きだし、彼だって俺のことが好きなはずだ。まだ、友達だ。嫌われてない。嫌われてない。あの言葉が嘘だったはずがないんだから。そう自分に信じこませる。何回も、何回も。そうじゃないと不安で仕方なくて気が狂ってしまいそうだった。
(……駄目だ)
俺は全然変われてない。
表面上は繕えても、中身はあの頃の弱くて何も出来ない惨めな自分のままだ。
俺は彼に依存している。優しい彼に甘えてしまっている。心のどこかで彼が自分のことを嫌いになるはずがないと信じきってしまっている。でも、そんなのじゃ駄目なんだ。それじゃあ、それは、前と同じなんだ。もっと、もっと理想的な自分に。彼に見合う自分に。ならなくちゃ。ならなくちゃ。
俺は。
「……一番のお友達で、いられなくなる……」
それは俺にとって全てだった。
彼が俺に「友達になろう」そう言ってくれた日から。
∮
『鳴湫、私、百々クンに告白するから』
それは突然の電話だった。
「…………は?」
彼女、星ヶ丘が通話早々そう言ってきた時、俺は自分の耳を疑った。だって、それは俺達の間で『絶対に犯してはならない禁忌』だったはずだった。それをどちらか片方が破ったその時は、お互いがお互いの秘密をバラす。この"関係"が始まった時から、そう決めてたはずなのに。
「約束を、破るのか」
『結果的にそうなるかなぁ。……でも、これは鳴湫、アンタの為でもあるんだよ。アンタ達、このままじゃ絶対に駄目になる』
俺と彼女の関係。それは一言で言えば"同志"というものだ。俺達は友達なんかじゃない。そんな綺麗な関係じゃない。俺達は"百々鍛埜"という一人の人間の為に繋がっている。俺が彼を信仰的に好きでいるのと同じくらい、彼女も彼を愛している。それをお互いに理解してるからこそ、俺達は協力した。
『……思い出すね。アンタと私が出会ったときのこと』
「お前は鍛埜のストーカーで、俺がそれを糾弾して。まさかこんな風に普通に喋れる日が来ると思わなかったな」
『あはは!あんなのストーカーじゃないよ!ちょっと百々クンの物借りて保管してただけでしょ?』
悪びれもせず、彼女は言う。
彼はきっと覚えてないだろうけれど、彼女は俺達と同じ小学校に通っていた同級生だ。(とはいっても隣のクラスだったが)
昔から人の良かった彼は、どうやら俺の知らない内に彼女を助けてしまったらしい。そしてその彼女は当時小学生ながら大変に厄介な性格で、助けてくれた彼に信仰的な愛を抱いてしまった。彼女は助けてくれた愛しい彼の全てが欲しいと思ったのだと言う。その結果及んだのが偏執的なストーカー行為、つまり彼の私物を盗む行為だった。
幸いその行為が彼に露見する前に、俺は彼女の行動を止めることが出来た……というより、彼女が止めに来た俺を見て、勝手にもう止めると言った。そして、俺へ歪んだ風に笑って言った。
「いいよ。やめたげる。自分から百々クンに近付くようなことは、もうしない。……でも、一つ条件」
「……なんだよ」
「今回のコト、百々クンには絶対に言わないで欲しいんだよね、気持ち悪い女だと思われたくないから。……代わりと言ってはなんだけど、私もアンタが私を勝手に止めたこと、言わないであげるからさ」
「……!」
「……知ってるよ?アンタ、百々クンに、詮索すること、止められてるんでしょ?勝手に自分の問題に首突っ込まれたって知ったら、百々クン、どう思うかな?」
「…………分かった」
「あはは!約束だからね!」
こうして、俺達はお互いの秘密を隠すために、しぶしぶ協力関係になった。
初めの頃こそお互いに嫌いあって険悪だったが、今ではお互い素が出せる数少ない相手ということで、まぁそれなりに良い関係を築いていた。
築いていた、はずだった。
「……なんで。告白なんて、急に、そんな」
『私が百々クンのこと好きなのは、アンタだって知ってることじゃん。好きだから告白する。当たり前のことでしょ?』
そんなの、納得できない。
それが理由ならいつだって告白すれば良かったのだ。約束なんか守らず。何故、何故、今なのか。
動揺する俺の思考を見透かすように、彼女は言葉を続けた。その言葉にはどこか怒りが含まれているような気がした。
『……ねぇ、アンタにとって"一番の友達"って何?』
「……ずっと一緒にいられる人。対等で、お互いのコトが好きで、」
『それって恋人でもいいよね?なんでアンタは友達ってくくりに拘るの』
「……鍛埜が友達になろうって、言っ」
『アンタ、本当は恋愛的に百々クンのコト、好きなんじゃないの?』
そんな、そんな訳、ない。
だって、そんなのは、駄目だ。彼は俺に「友達になろう」って、そう言ったんだから。それを越えるのは許されないことだ。恋だなんて。愛だなんて。まだ、まだ何も返せてないのに。対等になれてないのに。おこがましい。傲慢だ。そんなの、そんなの許される訳ない。
『……見ててイライラするの。アンタのどっちつかずな態度』
「…………」
『告白の結果は……分かってるけどね。私は覚悟を決めたよ。だから、さ。アンタも覚悟決めなよ』
「…………」
『……アンタが悪い奴じゃないって、友達だって思ってるから、わざわざ告白する、って予告しといてあげるんだから。感謝してよ。……じゃあね。後はアンタ次第だよ』
俺の返事を聞くこともなく、彼女は言いたいだけ言って、ぶちりと電話を切った。
電話が切れてから暫く呆然とした。思考が停止した。何も考えられなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。それはずっと俺が逃げてきたことだったから。図星を突かれて、問い詰められて、なお、俺は逃げたかったのかもしれない。考えることを止めることで。
その夜俺は中学生になってから初めて高い熱を出した。
その熱は次の日まで長引き、俺は翌日の学校を休んだ。
夕方になって、彼女からLINEが届いた。
『告白成功した』
たった六文字の短いその一言は、俺の心を完封なきまでに壊すのに十分だった。
どうも最近鍛埜の様子がおかしい。
以前はいつだって俺と一緒にいてくれたのに、最近の彼はわざと俺を避けるような行動をする。俺から近付いていっても、何かしらの理由で俺と一緒にいないようにする。もしかして俺が何か彼にしてしまったのだろうか。そう思って、彼に聞いても、どうもそうではないらしい。これは自分の問題だから。瑞穂には関係ないよ。そう言って突き放される。それでも食い下がって、何か隠してることあるんじゃないかと聞くと、酷く傷付いたような顔をされるのだ。そしてその顔のまま、静かに、もう止めてくれ。そう言われる。そんな反応をされてしまったら、もう俺にはこれ以上の追及は出来なかった。
(何が、俺に、足りないっていうんだ)
どうして彼は俺に何も言ってくれない?
どうして彼は俺から離れようとするんだ?
彼と対等の存在になるために、努力を重ねてきた。彼に見合うコミュニケーション能力、見た目、性格。この二年間で、俺は随分と変わることが出来たと思う。なのに彼は俺を"友達"として認めてはくれない。それどころか彼は俺と距離をとろうとさえする。
彼の悲しい顔を見ないようにするために、俺は変わったのに。なのに、俺は彼を笑わせるどころか、俺こそが彼を傷付ける原因になっている。
何がいけないというのだろう。俺はどうすればいいのだろう。考えても考えても答えは出ない。このまま彼との距離がどんどん離れていって、彼の視界にすら俺はうつらなくなって、忘れられてしまうようなことがあったらどうしよう。無理だ。そんなの耐えられない。彼に忘れられるなんて、それくらいならいっそ嫌われた方がマシだ。
そこまで考えた時、ある一つの仮定が頭の中に浮かぶ。
(もしかして、俺、彼に嫌われてるのか?)
酷い想像だ。けれども、ありえない話じゃない。むしろ、今の状況から考えれば、今までその仮定が頭に浮かばかったのがおかしいくらいだ。無意識に避けていたのだろう。その可能性を。彼が俺を嫌うはずがない。だって、だって、彼は、彼は俺の。
『瑞穂と僕は一番のお友達だもん。当たり前だよね!』
……そうだ。俺は、彼の、友達。一番の。彼は俺のことが好きだし、彼だって俺のことが好きなはずだ。まだ、友達だ。嫌われてない。嫌われてない。あの言葉が嘘だったはずがないんだから。そう自分に信じこませる。何回も、何回も。そうじゃないと不安で仕方なくて気が狂ってしまいそうだった。
(……駄目だ)
俺は全然変われてない。
表面上は繕えても、中身はあの頃の弱くて何も出来ない惨めな自分のままだ。
俺は彼に依存している。優しい彼に甘えてしまっている。心のどこかで彼が自分のことを嫌いになるはずがないと信じきってしまっている。でも、そんなのじゃ駄目なんだ。それじゃあ、それは、前と同じなんだ。もっと、もっと理想的な自分に。彼に見合う自分に。ならなくちゃ。ならなくちゃ。
俺は。
「……一番のお友達で、いられなくなる……」
それは俺にとって全てだった。
彼が俺に「友達になろう」そう言ってくれた日から。
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『鳴湫、私、百々クンに告白するから』
それは突然の電話だった。
「…………は?」
彼女、星ヶ丘が通話早々そう言ってきた時、俺は自分の耳を疑った。だって、それは俺達の間で『絶対に犯してはならない禁忌』だったはずだった。それをどちらか片方が破ったその時は、お互いがお互いの秘密をバラす。この"関係"が始まった時から、そう決めてたはずなのに。
「約束を、破るのか」
『結果的にそうなるかなぁ。……でも、これは鳴湫、アンタの為でもあるんだよ。アンタ達、このままじゃ絶対に駄目になる』
俺と彼女の関係。それは一言で言えば"同志"というものだ。俺達は友達なんかじゃない。そんな綺麗な関係じゃない。俺達は"百々鍛埜"という一人の人間の為に繋がっている。俺が彼を信仰的に好きでいるのと同じくらい、彼女も彼を愛している。それをお互いに理解してるからこそ、俺達は協力した。
『……思い出すね。アンタと私が出会ったときのこと』
「お前は鍛埜のストーカーで、俺がそれを糾弾して。まさかこんな風に普通に喋れる日が来ると思わなかったな」
『あはは!あんなのストーカーじゃないよ!ちょっと百々クンの物借りて保管してただけでしょ?』
悪びれもせず、彼女は言う。
彼はきっと覚えてないだろうけれど、彼女は俺達と同じ小学校に通っていた同級生だ。(とはいっても隣のクラスだったが)
昔から人の良かった彼は、どうやら俺の知らない内に彼女を助けてしまったらしい。そしてその彼女は当時小学生ながら大変に厄介な性格で、助けてくれた彼に信仰的な愛を抱いてしまった。彼女は助けてくれた愛しい彼の全てが欲しいと思ったのだと言う。その結果及んだのが偏執的なストーカー行為、つまり彼の私物を盗む行為だった。
幸いその行為が彼に露見する前に、俺は彼女の行動を止めることが出来た……というより、彼女が止めに来た俺を見て、勝手にもう止めると言った。そして、俺へ歪んだ風に笑って言った。
「いいよ。やめたげる。自分から百々クンに近付くようなことは、もうしない。……でも、一つ条件」
「……なんだよ」
「今回のコト、百々クンには絶対に言わないで欲しいんだよね、気持ち悪い女だと思われたくないから。……代わりと言ってはなんだけど、私もアンタが私を勝手に止めたこと、言わないであげるからさ」
「……!」
「……知ってるよ?アンタ、百々クンに、詮索すること、止められてるんでしょ?勝手に自分の問題に首突っ込まれたって知ったら、百々クン、どう思うかな?」
「…………分かった」
「あはは!約束だからね!」
こうして、俺達はお互いの秘密を隠すために、しぶしぶ協力関係になった。
初めの頃こそお互いに嫌いあって険悪だったが、今ではお互い素が出せる数少ない相手ということで、まぁそれなりに良い関係を築いていた。
築いていた、はずだった。
「……なんで。告白なんて、急に、そんな」
『私が百々クンのこと好きなのは、アンタだって知ってることじゃん。好きだから告白する。当たり前のことでしょ?』
そんなの、納得できない。
それが理由ならいつだって告白すれば良かったのだ。約束なんか守らず。何故、何故、今なのか。
動揺する俺の思考を見透かすように、彼女は言葉を続けた。その言葉にはどこか怒りが含まれているような気がした。
『……ねぇ、アンタにとって"一番の友達"って何?』
「……ずっと一緒にいられる人。対等で、お互いのコトが好きで、」
『それって恋人でもいいよね?なんでアンタは友達ってくくりに拘るの』
「……鍛埜が友達になろうって、言っ」
『アンタ、本当は恋愛的に百々クンのコト、好きなんじゃないの?』
そんな、そんな訳、ない。
だって、そんなのは、駄目だ。彼は俺に「友達になろう」って、そう言ったんだから。それを越えるのは許されないことだ。恋だなんて。愛だなんて。まだ、まだ何も返せてないのに。対等になれてないのに。おこがましい。傲慢だ。そんなの、そんなの許される訳ない。
『……見ててイライラするの。アンタのどっちつかずな態度』
「…………」
『告白の結果は……分かってるけどね。私は覚悟を決めたよ。だから、さ。アンタも覚悟決めなよ』
「…………」
『……アンタが悪い奴じゃないって、友達だって思ってるから、わざわざ告白する、って予告しといてあげるんだから。感謝してよ。……じゃあね。後はアンタ次第だよ』
俺の返事を聞くこともなく、彼女は言いたいだけ言って、ぶちりと電話を切った。
電話が切れてから暫く呆然とした。思考が停止した。何も考えられなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。それはずっと俺が逃げてきたことだったから。図星を突かれて、問い詰められて、なお、俺は逃げたかったのかもしれない。考えることを止めることで。
その夜俺は中学生になってから初めて高い熱を出した。
その熱は次の日まで長引き、俺は翌日の学校を休んだ。
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