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ナーゲルヴォルフ
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激しい打ち合いの後、シンは既に目が見えていない状態であった。
「届かな・・・かったか・・・。 俺には・・・アンタを越えることは・・・できなかった・・・」
「いや、シン。 お前は十分、俺を倒し得る力を持っていた・・・」
城門の攻防は、聖騎士イデアールに軍配が上がった。
しかし、お互いの力量は均衡しており、勝敗を分けたのは序盤の戦闘における、互いのダメージの差だった。
イデアールが完全武装で、主に受けたダメージは関節部位へのダメージだけだったのに対し、シンは全身を負傷した上、素早い動きによる消耗が激しかったため、最後の打ち合いでイデアールの槍を受けきるほどの体力が既に残っていなかった。
「・・・トドメを、刺さないのか・・・?」
イデアールは上がった息を整え、最早その目には何も写っていないであろう虚ろなシンを見て答える。
「言っただろ・・・俺の任された任は・・・、城門で誰も通さないことだ。 既にそれは失敗しているがな・・・」
戦闘を始めるよりも前に、イデアールはアーテムの城門通過を、自分の意志で見過ごしている。
「・・・シン。 俺もお前に聞きたい。 この国に来たばかりのお前が、何故ここまで他人のために何かしようと・・・思ったんだ?」
イデアールは今も昔も、志は違えど、ずっと騎士として人々のためにと生きてきた人生だった。
しかしシン達冒険者は違う。
自分のあるがまま、思うがままに旅をする彼らは、自分の為であったり、己の信念であったりと様々な理由で戦う。
それはきっとこの国に限った話ではないと、イデアールは考えていた。
いつ、どこで、誰と出会うかも知れないのに、その人生のほんの僅かな時を過ごしただけの、この国の者達のために、何故こんなにボロボロになってまで戦えたのか。
イデアールはそれが知りたかった。
「俺には・・・、この国の正義や秩序が正しいのかなんてわからない・・・。 聖騎士側が正しいと思うところもあれば、アーテムや朝孝さんの考えが正しいと思うこともある。 きっとこの国の人達も同じなんじゃないか・・・」
シンは身体を起こそうと試みるも、腕に力が入らず、悶えている。
「何が正しいか・・・わからないから、正しいと思える正義・・・“光”に集まってくる・・・より強い光に。 その光に影がかかろうと、人はきっと目をつぶってしまうだろう。 今更、新しい光になど向かって歩けない・・・。 それならその光の中で自分を輝かせようと・・・」
何もみえず、起き上がることすら叶わず、きっと何も知らぬ者が今のシンの姿を見れば、哀れんだりみっともないと思うかも知れない。
それでも、残りの力で足掻こうとするシンの姿が、シュトラールと朝孝の二つの正義の間で、何が正しいのか悩む自分の姿と重なって見えた。
「お・・・俺はただ・・・、関わった人達に・・・いなくなって欲しくないと、思ったから・・・止めたかったんだ。 イデアール・・・アンタもシュトラールという光に集まってきた者たちと一緒じゃないのか? でもそこに“光”は二つあった・・・。 今、一つの光に影がかかっているのなら・・・、アンタの理想や・・・志が、どっちにあるか・・・その心は既に、答えを知っているんじゃないか・・・?」
イデアールは今まで、人に導かれるまま人生の道を歩いて来た。
漠然とした目的地と同じ方へ行く人の道を辿って・・・。
「イデ・・・ア・・・ール、もう時間は迫ってる・・・、誰も導いてこないのなら・・・選ぶのは他でもない、アンタ・・・だ・・・」
倒れてから、動かない身体を気持ちだけで無理くり動かしていたシンが、遂に気を失った。
そしてイデアールは、必死に自分に立ち向かい、正義や大志といった概念に囚われない、ただ己のやりたいことを通そうとしたシンの言葉と姿勢に、背中を押される。
「俺の・・・やりたい事・・・」
城門前、戦闘の跡が残る戦場に立ち尽くす男と、消えそうな灯火を宿して倒れる男の二人だけの光景。
男は手にした槍に決断の答えと、遂に定まる己の大志を込めて握る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
城門の内側、聖都にて銃を構えるミアと、光でできた矢で周囲を囲うリーベが対峙する。
睨み合う両者の間に、強烈な一声を上げ飛び込んでくる者がいた。
「リーーーベーーーッ!!!」
少年は怒りを露わにし、叫びながら一直線にリーベへと飛びかかる。
宙に浮いたリーベは軽やかな動きで上昇すると、少年の攻撃を避ける。
「哀れな・・・怒りに身を焦がし、“悪”に心を染めるなんて。 先に貴方から救済して差し上げましょう」
リーベが片腕を上に向けてあげると、ミアに向いていた光の矢が全て、一斉に少年の方へと方向転換する。
「悪はお前らだろうがッ! 正義を振りかざし、裁きといい人の命を刈り取る人殺しッ!! お前達が殺して来た人達よりもよっぽどドス黒い“悪”を宿してやがるッ!!」
「“悪”の言葉は聞くに耐えませんわ・・・」
彼女が腕を少年の方へ向けると、無数の光の矢が少年目掛けて次々と飛んでいく。
「仲間を殺されて平気でいられる訳がないだろッ! お前だけは必ず殺してやるッ! ナーゲルヴォルフッ!!」
叫び声と共に少年は手を地面に着け、四足歩行の体勢になると、爪や牙は獣のように鋭く尖りだし、身体中の血管が悍しく浮き出る。
少年は正しく“狼”のような出で立ちになり、体格もやや変形し大きくなる。
「何だ・・・!? ナーゲルのあの変化はッ!」
ナーゲルは飛んでくる光の矢を、閃光のように素早い動きで避けながらリーベのいる高さまで跳躍すると、鋭い爪でリーベを狙う。
だが空中ではリーベに部があり、宙で自在に回転しながら体勢を変え、ナーゲルの攻撃をすり抜けるように避ける。
ナーゲルの攻撃は空を切る斬撃の衝撃波となり、地上の建物を粉砕する。
ミアは二人が戦っているうちに、自分を庇って気を失ったツクヨの身体を建物の影へと運ぶ。
「ツクヨッ! 起きろ、ツクヨッ!!」
彼女の呼びかけに、漸く眼を覚ますツクヨ。
「・・・ミア、無事だったか・・・」
「あぁ、アンタのおかげだよツクヨ。 それより直ぐに戦えるよう準備してくれッ!」
まだ状況を把握できていないツクヨは、ミアが何故焦っているのかわからず、意識が途絶える前の光景について彼女に
尋ねる。
「・・・そうだ、あの光は何だったんだ? 他の人達は?」
「みんな殺されたよ・・・。 生きているのはアタシとアンタ、それに今戦ってるナーゲルだけだ・・・」
動揺を隠しきれないツクヨ。
彼はミア達よりも長くこの国で暮らしていて、今まで一度もこんな大勢の人が死ぬことに遭遇したことがなかった。
「馬鹿なッ! 一体誰が・・・!?」
「聖騎士だよ・・・。 聖騎士隊隊長リーベ、彼女が光を落とし、ルーフェン・ヴォルフの人達を殺した張本人さ・・・」
ツクヨには理解の追いつかないことだった。
国を守る筈の聖騎士が、何故人を殺すのか、到底理解できるものではない。
二人が話している間に、リーベによって吹き飛ばされたナーゲルが、近くの民家の壁を突き抜け、瓦礫が飛んでくる。
「あのモンスターは!? 」
「あれは・・・姿形は変わっているがナーゲルだ・・・。 いいかツクヨ! ナーゲルが倒されたら次はアタシ達だッ! そうなる前にナーゲルと共闘し三人でリーベを倒すッ! 」
分からないことだらけなのは変わらないツクヨは、最早あれがナーゲルだと言われても、そういうものだと飲み込むしかなくなっていた。
そしてその上でミアの言葉に、ツクヨは冷静に返す。
「果たして共闘できるのか・・・、かなり怪しく見えるけど・・・」
瓦礫を吹き飛ばし、再度リーベの元へ向かう狼の姿に、ミアは先行きが不安になる。
だがやるしかない。
戦力となり得るものは、何でも使わなければ、やられるのはこっちだと、ミアとツクヨは腹をくくる。
「届かな・・・かったか・・・。 俺には・・・アンタを越えることは・・・できなかった・・・」
「いや、シン。 お前は十分、俺を倒し得る力を持っていた・・・」
城門の攻防は、聖騎士イデアールに軍配が上がった。
しかし、お互いの力量は均衡しており、勝敗を分けたのは序盤の戦闘における、互いのダメージの差だった。
イデアールが完全武装で、主に受けたダメージは関節部位へのダメージだけだったのに対し、シンは全身を負傷した上、素早い動きによる消耗が激しかったため、最後の打ち合いでイデアールの槍を受けきるほどの体力が既に残っていなかった。
「・・・トドメを、刺さないのか・・・?」
イデアールは上がった息を整え、最早その目には何も写っていないであろう虚ろなシンを見て答える。
「言っただろ・・・俺の任された任は・・・、城門で誰も通さないことだ。 既にそれは失敗しているがな・・・」
戦闘を始めるよりも前に、イデアールはアーテムの城門通過を、自分の意志で見過ごしている。
「・・・シン。 俺もお前に聞きたい。 この国に来たばかりのお前が、何故ここまで他人のために何かしようと・・・思ったんだ?」
イデアールは今も昔も、志は違えど、ずっと騎士として人々のためにと生きてきた人生だった。
しかしシン達冒険者は違う。
自分のあるがまま、思うがままに旅をする彼らは、自分の為であったり、己の信念であったりと様々な理由で戦う。
それはきっとこの国に限った話ではないと、イデアールは考えていた。
いつ、どこで、誰と出会うかも知れないのに、その人生のほんの僅かな時を過ごしただけの、この国の者達のために、何故こんなにボロボロになってまで戦えたのか。
イデアールはそれが知りたかった。
「俺には・・・、この国の正義や秩序が正しいのかなんてわからない・・・。 聖騎士側が正しいと思うところもあれば、アーテムや朝孝さんの考えが正しいと思うこともある。 きっとこの国の人達も同じなんじゃないか・・・」
シンは身体を起こそうと試みるも、腕に力が入らず、悶えている。
「何が正しいか・・・わからないから、正しいと思える正義・・・“光”に集まってくる・・・より強い光に。 その光に影がかかろうと、人はきっと目をつぶってしまうだろう。 今更、新しい光になど向かって歩けない・・・。 それならその光の中で自分を輝かせようと・・・」
何もみえず、起き上がることすら叶わず、きっと何も知らぬ者が今のシンの姿を見れば、哀れんだりみっともないと思うかも知れない。
それでも、残りの力で足掻こうとするシンの姿が、シュトラールと朝孝の二つの正義の間で、何が正しいのか悩む自分の姿と重なって見えた。
「お・・・俺はただ・・・、関わった人達に・・・いなくなって欲しくないと、思ったから・・・止めたかったんだ。 イデアール・・・アンタもシュトラールという光に集まってきた者たちと一緒じゃないのか? でもそこに“光”は二つあった・・・。 今、一つの光に影がかかっているのなら・・・、アンタの理想や・・・志が、どっちにあるか・・・その心は既に、答えを知っているんじゃないか・・・?」
イデアールは今まで、人に導かれるまま人生の道を歩いて来た。
漠然とした目的地と同じ方へ行く人の道を辿って・・・。
「イデ・・・ア・・・ール、もう時間は迫ってる・・・、誰も導いてこないのなら・・・選ぶのは他でもない、アンタ・・・だ・・・」
倒れてから、動かない身体を気持ちだけで無理くり動かしていたシンが、遂に気を失った。
そしてイデアールは、必死に自分に立ち向かい、正義や大志といった概念に囚われない、ただ己のやりたいことを通そうとしたシンの言葉と姿勢に、背中を押される。
「俺の・・・やりたい事・・・」
城門前、戦闘の跡が残る戦場に立ち尽くす男と、消えそうな灯火を宿して倒れる男の二人だけの光景。
男は手にした槍に決断の答えと、遂に定まる己の大志を込めて握る。
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城門の内側、聖都にて銃を構えるミアと、光でできた矢で周囲を囲うリーベが対峙する。
睨み合う両者の間に、強烈な一声を上げ飛び込んでくる者がいた。
「リーーーベーーーッ!!!」
少年は怒りを露わにし、叫びながら一直線にリーベへと飛びかかる。
宙に浮いたリーベは軽やかな動きで上昇すると、少年の攻撃を避ける。
「哀れな・・・怒りに身を焦がし、“悪”に心を染めるなんて。 先に貴方から救済して差し上げましょう」
リーベが片腕を上に向けてあげると、ミアに向いていた光の矢が全て、一斉に少年の方へと方向転換する。
「悪はお前らだろうがッ! 正義を振りかざし、裁きといい人の命を刈り取る人殺しッ!! お前達が殺して来た人達よりもよっぽどドス黒い“悪”を宿してやがるッ!!」
「“悪”の言葉は聞くに耐えませんわ・・・」
彼女が腕を少年の方へ向けると、無数の光の矢が少年目掛けて次々と飛んでいく。
「仲間を殺されて平気でいられる訳がないだろッ! お前だけは必ず殺してやるッ! ナーゲルヴォルフッ!!」
叫び声と共に少年は手を地面に着け、四足歩行の体勢になると、爪や牙は獣のように鋭く尖りだし、身体中の血管が悍しく浮き出る。
少年は正しく“狼”のような出で立ちになり、体格もやや変形し大きくなる。
「何だ・・・!? ナーゲルのあの変化はッ!」
ナーゲルは飛んでくる光の矢を、閃光のように素早い動きで避けながらリーベのいる高さまで跳躍すると、鋭い爪でリーベを狙う。
だが空中ではリーベに部があり、宙で自在に回転しながら体勢を変え、ナーゲルの攻撃をすり抜けるように避ける。
ナーゲルの攻撃は空を切る斬撃の衝撃波となり、地上の建物を粉砕する。
ミアは二人が戦っているうちに、自分を庇って気を失ったツクヨの身体を建物の影へと運ぶ。
「ツクヨッ! 起きろ、ツクヨッ!!」
彼女の呼びかけに、漸く眼を覚ますツクヨ。
「・・・ミア、無事だったか・・・」
「あぁ、アンタのおかげだよツクヨ。 それより直ぐに戦えるよう準備してくれッ!」
まだ状況を把握できていないツクヨは、ミアが何故焦っているのかわからず、意識が途絶える前の光景について彼女に
尋ねる。
「・・・そうだ、あの光は何だったんだ? 他の人達は?」
「みんな殺されたよ・・・。 生きているのはアタシとアンタ、それに今戦ってるナーゲルだけだ・・・」
動揺を隠しきれないツクヨ。
彼はミア達よりも長くこの国で暮らしていて、今まで一度もこんな大勢の人が死ぬことに遭遇したことがなかった。
「馬鹿なッ! 一体誰が・・・!?」
「聖騎士だよ・・・。 聖騎士隊隊長リーベ、彼女が光を落とし、ルーフェン・ヴォルフの人達を殺した張本人さ・・・」
ツクヨには理解の追いつかないことだった。
国を守る筈の聖騎士が、何故人を殺すのか、到底理解できるものではない。
二人が話している間に、リーベによって吹き飛ばされたナーゲルが、近くの民家の壁を突き抜け、瓦礫が飛んでくる。
「あのモンスターは!? 」
「あれは・・・姿形は変わっているがナーゲルだ・・・。 いいかツクヨ! ナーゲルが倒されたら次はアタシ達だッ! そうなる前にナーゲルと共闘し三人でリーベを倒すッ! 」
分からないことだらけなのは変わらないツクヨは、最早あれがナーゲルだと言われても、そういうものだと飲み込むしかなくなっていた。
そしてその上でミアの言葉に、ツクヨは冷静に返す。
「果たして共闘できるのか・・・、かなり怪しく見えるけど・・・」
瓦礫を吹き飛ばし、再度リーベの元へ向かう狼の姿に、ミアは先行きが不安になる。
だがやるしかない。
戦力となり得るものは、何でも使わなければ、やられるのはこっちだと、ミアとツクヨは腹をくくる。
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