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しおりを挟む「カナン、急にどうしたんだ」
ユージーンは、アルファの貴族がよくやるような、虫を踏みにじる目をしていなかった。それどころか片膝を着いて、床に這いつくばる僕に目線の高さを合わせてくる。
「ぼ、僕が、失敗してしまったと思いました。ユージーン様……ユージーンさんの服をちゃんとお脱がせして、ご奉仕しないといけないのに」
碧い瞳は静かに僕を見つめている。それでもいつ頬を張り飛ばされるか、顎を蹴り上げられるか分からない。
つねに警戒しながら、震える声で続けた。
「僕は奴隷のオメガなんだから、あなたに不快な思いをさせてはいけないのに」
もう一度、申し訳ありませんでしたと頭を下げようとしたら、額が固いなにかに触れた。
「……大体理解した。何から話そうか……頭が痛くなるな」
「ユージーン、さん」
「ああ……まず、君は謝る必要はない」
「え……?」
そのままク、と長い指におでこを持ち上げられて、視線がぶつかる。
「というか、僕こそ君に謝らなければならないな。こちらのせいでとんだ勘違いをさせてしまったらしい。ごめんね」
「へっ!? や、やめてください!」
あろうことか、ユージーンは僕の真似をして頭を床につけようとする。慌てて止めると、表情の変わらない顔が僕を捉えた。
「ね。人に急にこんなことをされたら困るだろう? もしこれから先、本当にカナンが悪いことをしても、こんな謝り方をするのはやめようね」
「わ、わかりました」
それはあなたと僕じゃ立場が違うから……っていうのが本音だったけれど、とりあえず頷いておく。
満足そうにうんうんと首を縦に振ったユージーンは、また「ごめんね」と言った。
「何がですか……?」
「服を脱ぐように言ったのは、カナンの怪我の状態をあらためて診たかったからなんだ」
「え」
固まると、ユージーンは強調するように言葉を足した。
「いかがわしい意味はない」
「いかがわしい……」
「僕は軍にいたころに怪我人の救護をした経験があるから、君の状態くらい診れるかと思ったんだ。一緒に入るつもりなんて毛頭なかったから、僕の服を脱がせる必要はなかったんだ。それをいきなり脱がせにくるから、びっくりしちゃった」
……怪我の状態を診たかった?
ユージーンはお風呂に入る気はなくて、だから僕だけを脱がせようとして……。それって、つまり。
まだ少し混乱していたけど、だんだん話の全貌が見えてくると、穴に入りたいほど恥ずかしくなった。
――勘違い!
「ごめんなさい……!」
顔がどんどん熱くなっていくのを感じながら頭を下げると、ユージーンは穏やかな声で言った。
「君のせいじゃない。僕はよく言葉足らずだと注意されるんだ」
それから、こちらを窺うように見つめてくる。
「そういうわけで、せっかく脱いだんだし僕が診察してもいいかな……? それとも、ちゃんと医者を呼んでこようか」
「い、いえ! 大丈夫です、今すぐ診てください! まだ迷惑かけるなんて畏れ多いですから……!」
ぶんぶん首を振ると、ユージーンは微笑んで僕の腕を取った。
「よし。じゃあ少し寒いだろうから、早く済ませよう」
彼は僕の体を見たいと言った。
それは本当にいやらしい意味じゃなくて、ユージーンは僕があちこちぶつけてできた痣や、手足の枷で擦れた傷なんかを観察していた。
それから――お腹にできた青黒い痣を見たとき、ユージーンは初めて口汚い言葉を遣った。
「ダチュラ国でのオメガ差別は相当だと聞いていたが、子どもにここまでやるとは」
そのすぐ隣には国境で撃たれた創傷がある。こっちは傷が深すぎるのか、今は白いガーゼが貼られていた。
「うちの国じゃ、オメガだって分かった時点で奴隷扱いになりますから……。それに、仕方ないですよ。僕はオメガの中でもとくに等級が低くて、領主様の子を産む役も与えられないくらいだったから、価値が――」
痣に触れるか触れないかの距離で止まっていたユージーンの手が、僕の頬を包み込んだ。
かと思ったら、キュゥッとつねられた。
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