氷血辺境伯の溺愛オメガ

ちんすこう

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 面食らいながら訊くと、クレアは悪戯っぽく笑ってふっくらした唇を指で塞いだ。

「いけませんわね。ですからカナン様、このことはどうかここだけの秘密に」
「う、うん。言わないよ」

 頷くと、クレアは鳶色の目を輝かせてさらにじぃっと見つめてきた。

「ク、クレアさん?」
「かわいい」
「はえ!?」

 さらにさらに顔が近付いてくる。
 やばいやばいやばい、女の子とこんな距離で話したことないから緊張する……!

「さもありなん。オメガ嫌いの旦那様があなたをお選びになった理由が、分かった気がいたします」
「く、クレアさん! 近い近いっ!」
「あら失礼」

 ひょいっと後ろに一歩下がった彼女は、コロコロ笑いながら、「あーあ」と背伸びした。

「クレアさん?」
「カナン様。あの、そろそろ堅苦しいのは取っ払っちゃってもいいかな?」

 突然砕けた口調に戸惑いつつ、頷くと――なんと。
 クレアは二つ結びの髪をグッと引っ張って、赤いウィッグをぽんっと脱いでしまった。
 下から同じ色のショートヘアが零れ落ちてくる。

「サンキュー! やっぱカナン様優しいですね! 見たまんまだわ、ホントあの冷血男にゃもったいない!」
「ええっ!? クレアさ、こ、声が!」
「そうそう」

 しかも、さっきより一オクターブ低い声だ。こ、これは!

「オレ、男なんだよね。あ、でもベータだから安心して」

 にゃはっと笑うと、唇から八重歯が二本ひょこりと覗いた。

「男の子のメイドさんだったんだ……」

 ――いや、なんでそんな格好を?
 って疑問が滲み出ていたのか、答えてくれた。

「ユージーンの命令なんだぜ。孤児院でオレを拾ったとき、あの野郎なんて言ったと思う?」
「えと、分かんない」
「『メイド枠なら空きがひとつあるんだが』だとさ。――分かる? “行くとこねぇならウチにおいてやるよ、女装でもなんでもするんならな”って意味」
「そ、そんな意地悪な駆け引きをあの人がするかな?」
「ああ、見解の相違だ。あいつ、あなたの前では相当ネコかぶってるらしい」

 くくくっと笑いながら、クレアが歩き出す。僕もためらいがちに歩きながら、すっかり男にしか見えなくなったクレアの横顔を見上げた。

「でも、そのときクレアは十二で、ユージーンはとっくに成人してたんでしょ? そんな大人が身寄りのない子どもをからかうような……なんでそんなことを?」

 半信半疑に訊くと、彼は「答えはシンプルさ」と鼻で笑った。

「そういう奴なんだ。意味なんてない。ユージーン・リベラは辺境伯としてはそりゃ優秀で、政治力も高い男だ。ただし人格はボロボロ。きまぐれで、冷たくて、とんだサディストなんだ」

 本当に同じ人の話をしてるんだろうか?
 僕が見てきたユージーンとはあまりにかけ離れた言葉に絶句する。

「っと。つい立ち話しちゃいましたね。さ、部屋に行きましょうか」
「うん……?」

 困惑気味について行った先は、大きな扉をひとつ残して行き止まりになっていた。この扉の先が『ジギタリス』に繋がるんだろう。
 クレアは扉の前に立つと、スカートのポケットから鍵を出しながら言った。

「そのお顔を拝見するに、カナン様の評価は真逆なんですね?」

 鍵の持ち手についた筒形の花の模様を眺めながら頷く。

「ユージーンはいつでも優しいんだ。入院中に僕がおかしな勘違いをして迷惑をかけちゃったんだけど、あの人は全然怒らなかった。奴隷館にいたころはちょっとでも偉い人の機嫌を損ねれば……折檻か死、だった」
「ダチュラ国の性搾取は度を越えている、とは聞いてましたけど……。たしかにそいつらに比べたら、まだユージーンのほうが人道的かな。国に御子を恵んでくださるオメガ様をそんなふうに扱うだなんて、うちじゃありえないよ」
「ほんとうに、僕たちの国とは価値観が違うんだね……」

 でも、とクレアは声のトーンを上げた。

「それにしたって、カナン様は特別なんですよ。旦那様が誰かをあんなにかいがいしく世話するとこ、見たことがない」

 ガチャリと扉が開いて、一段と広い部屋が現れた。床に赤いカーペットが敷かれて、正面には大きな窓がある。
 その脇に天蓋付きのベッドが置かれていた。

「僕がこんな立派な部屋に住んでいいの?」
「当然。旦那様があなたを『ジギタリス』へ案内するように仰ったんですからね。カナン様は、ひとつ勘違いしてるみたいだけど……」

 キーホルダーを指に引っかけて振り回しながら、クレアが微笑む。

「あなたはここで働くために連れてこられたわけじゃありませんよ。ジギタリスの間は……。
 リベラ辺境伯の運命の番を、閉じ込めるための部屋なんです」
「えっ」

 固まった僕を部屋に押し込むと、クレアは扉に手をかけて笑った。

「じゃ、ベッドのそばに電話がありますから、用がある際はそちらでお申しつけください。カナン様は発情期に入られたばかりだということですから、体調が優れないとき等もどうぞお気軽に」

 流暢に言って、硬直している僕に気付いたのか猫目をくるりと瞬かせた。

「ああ、あまり心配しないでくださいね。まさかあいつがカナン様を監禁なんてすることはないと思うから」

 クレアは戸惑う僕を置いて、ゆっくりと扉を閉めながら、吊りがちな目を細める。

「だけどまあ――覚悟はしといたほうがいいな。ここに連れて来られたってことは、あなたとことん愛されちゃいますよ」

 忠告めいた話し方とは裏腹に、クレアの顔には『面白くて仕方ない』と書いてあった。

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