24 / 65
8
しおりを挟む「川辺で君を見た瞬間『あの子は僕の番だ』と悟ったんだ。それから、すぐに連れて帰りたいとも思った……初代と同じように」
淡々と話しながら、握った手に力がこもっていく。ひく、と震えたのが伝わったのか、ユージーンははっとして手を緩めた。
「もちろん、これはただのお願いだよ。断られたらすぐに身を引く」
――僕、告白されてる?
信じられない気持ちで彼を見つめ返しながら、そっと伺った。
「僕とあなたが、番になるんですか? 辺境伯様と、奴隷だった僕が」
「君に惚れているんだ。急な話で混乱するだろうが、僕は確信してる――僕たちは、運命の番だと」
「で、でも。聞いたことがあるんです。運命なら、お互いに分かるって。だけど、僕は……」
その後が言い辛くて押し黙ると、ユージーンは察したのか苦笑いを浮かべた。
「きっと、二人で過ごしていればいつかカナンにも分かるよ。君は幼いから、今はまだ実感が湧かないかもしれないけれど」
ユージーンと一緒にいて、嫌な感じがしたことはない。彼の言うように、僕の感覚がまだ鈍いだけで、時間をかければ僕も『この人が自分の運命だ』と理解するのかもしれない。
「……そんな日が来ますか?」
「来るよ。僕はそう信じているけど、答えは急がない。君の気持ちが追いつくのを待つ」
でもそれは、ユージーンにとっては長すぎる時間じゃないのかな。
そう考えたら、申し訳ない気がする。
「……分かりました。お屋敷に置いてもらっている間に、ちゃんと考えます」
「うん。じっくり考えてみて。後悔のないように」
「そのあいだ、辛かったらあなたは他のオメガと番って――」
言い終わる前に唇で唇を塞がれていた。
触れるだけの口付けをして、ユージーンは静かに離れていく。
「ばかを言わないでね。僕は、君だけを愛しているんだから」
「ぁ……こ、こんなところで……んっ♡」
言葉の代わりに甘ったるいキスを注がれて、思考がとろとろふやけていく。
ちゅっ♡ ちゅっ♡ と唇を優しく吸われて、そこから頬へ、目元へと唇が当てられる。
「ゃ、ひ、人が見てますからっ……!」
「僕はカナンだけのものだって見せつけてるんだよ。恥ずかしい?」
こくこく頷いて必死に肯定すると、薄い唇が弧を描いた。
「じゃあ、もっとしてあげる」
「な、なんでっ!? ひゃうっ♡♡」
ちゅ♡ と耳たぶを吸われて、首筋までぞくぞくっと電流が走った。耳を甘噛みしながら、じかに低い声を吹き込まれる。
「ちょっとした八つ当たり、かな。好きな子に『他のオメガと番っていい』なんて言われたら傷付いちゃうから……。そんな考えをカナンに刷り込んだ奴らにもムカつくね」
ちゅる、と舌が耳の中に入ってきて、ぴちゃぴちゃ水音を立てる。テーブルの周りにはお給仕の人たちが控えてるのに。その音が部屋中に聞こえるんじゃないかってくらい響いた。
「あ、ぁ……っ♡ くすぐったい、ユージーンさん、んっ♡♡」
「かわいい声」
ちゅぷ、と音を立てて離れていくと、僕を抱き締めながら呟いた。
「君と僕は対等なんだよ。カナンが振り向いてくれないからって他で満たそうとは思わないし、そんな欲も湧かない。僕は、君だけを想っている」
自分がこんな風に言ってもらえるなんて現実味がなくて、戸惑うしかなかった。
アルファの欲求を満たすため、道具として買われるならまだ理解できる。
買われて、項を噛まれ、主を唯一の存在にされて……毎日抱かれたくて我慢できないくらい、夢中にさせられる。強制的に。
そして、アルファの征服欲はそうやって自分を求めてくるオメガを見ることで満足する……。
アルファは他にも番を持てるから、欲求不満になるとそんな“買い物”を繰り返す。いらなくなったら捨ててしまえばいいんだから、簡単なことだ。
生まれ育った国ではそれが当たり前だった。
「カナン……これは僕個人の頼みなんだ。アルファでもなく、辺境伯でもなく、ただのユージーン・リベラの願いだと思って決めてほしい。結局僕が君にとっての運命ではなくて、カナンがこの頼みを断っても、国境の管理者としてきちんと君の支援は続けるから、正直な気持ちを話してくれたら嬉しい」
首輪を強引に切って噛んでしまえば勝手に番にしてしまえるのに、ユージーンはそこに触れもしなかった。
僕が今まで見てきたアルファたちとは違う。
愛する人を無理やり番にした、彼の先祖とも。
「好きだよ、カナン」
彼はそう言って微笑んだ。
今すぐ『僕も好きです』と答えて、この人の気持ちに応えてあげられればいいのに、と思った。
56
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番に囲われ逃げられない
ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。
結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる