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第五章 すれ違い

6 「泣いていた原因はあなたです」

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 夢じゃなかった…。

 将生は高橋くんの携帯に入っている写真を見ながら、ジーンと来ていた。もしかしたら、少し涙が出てしまっていたかもしれない。

「それ、昨夜もしっかり見てるからね。」

 三枝さんが、少し呆れがちに言う。

「…見たような気がするんです。でも、それって、僕の願望が見せた、夢だったのかなって思っていて。」

 将生が感動しながら写真を見ていると、

「そうそう!俺見せた気がしますよ。で、画像送るって話になって…。」

 高橋くんも、思い出してきたようだ。

「…?なんで三枝さん夫婦の写真を送っちゃってんだろ。」

 高橋くんも、自分のしたことに疑問を抱いていた。

 別に意地悪をしたかったわけではないらしく、酔って間違えたというのが正解だろう。

「まぁ、2人とも何となく思い出してくれて良かったよ。」

 三枝さんは、愛妻弁当をじっくり味わいながら、安堵の表情をした。
 
 火曜日のお昼、今日は三枝さんのお弁当に合わせて、将生と高橋くんは、近くのバーガーショップでテイクアウトしてきた。会社内で食べるのである。

 2人ともにあまり食欲がないのだが、塩気の強いポテトが意外と進み、アイスコーヒーもシャキッとさせてくれる。

「で、高橋くん、その画像今からでも送ってよ。」

 将生が頼むと

「…それ、頼む態度じゃないですよね。この写真って、今世紀最大のベストショット…ってこの言葉、もうすでに言った気がする…。」

 高橋くんが、ハッとして自分の口を片手で押さえる。

「っていうか、それ、盗撮だからね!出るとこ出たら、僕の勝ちだよ。」

 今日の将生は、昨日と違って理論的に攻めている。

「…そういうこと言って良いんですかぁ?出るとこっていうか、送るとこ送れば、伊藤さん殴られますよ。」

 高橋くんも負けてない。

「……っくっっ…。」

 ちょっと悔しそうな将生。『送る先』が『まみの彼氏』であれば、確かに殴られる案件だ。

「はいはいはい。高橋くん、意地悪しないの。『情けは人のためならず』。良いことすれば、巡り巡って良いこと返ってきますよ。」

 三枝さんが間に入ってくれたので、高橋くんも渋々画像を送ってあげることにする。

「ピロリンっ」

 将生の携帯が鳴り、高橋くんからの写真を受信したようだ。将生はパアッと嬉しそうな顔をして、携帯を開いた。

 そして、写真を見ると、また輪をかけて嬉しそうな顔をする。

「これで、伊藤くんの悩みもだいぶ解決したんですよ。そのことも覚えてないですか?」

 三枝さんが将生を見ながら言った。

「…なんとなく…。泣いた原因は僕かもしれないなって…。」

 幸せそうな顔から、少し困った顔になりながら、将生は答える。

「まぁ、恋愛は綺麗事だけではないですからねぇ。」

 三枝さんは『あっ、この言葉も2回目…』と思い、ハッとするも、2人共に気づいてない様子。将生には、今回も刺さってるようだ。

「昨夜のこと、なんとなく思い出しましたが…すみません。ご迷惑おかけして…。」

 将生が三枝さんに頭を下げる。高橋くんも慌てて一緒に頭を下げる。

「いえいえ。なんにしろ、仲間に入れてもらえて嬉しいので、また進捗しんちょくを教えて下さい。」

 三枝さんは、また愛妻弁当に戻りながら、のんびりとそう言ってくれた。
 将生と高橋くんは、もう一度軽くペコリとすると、2人もバーガーに手をつけ始める。

「ところで高橋くん、その遊園地での私達の写真、私に送ってくれないかな。」

 三枝さんが思い出して、高橋くんにたずねると、

「あぁっ!そうでしたっ!」

 高橋くんはバーガーそっちのけで携帯を操作し始める。

 将生は、そんな2人を横目に見ながら、明日の朝、まみに泣いていた原因を直接聞いてみようかな、と考えていた。もちろん、なんらかの期待をこめて…。



 と、いうことで、水曜日の朝。

 まみが晴斗と将生の家の裏口に現れた瞬間から、なんとか話ができないかと、将生はソワソワする。

 無意識にまみのそばに近付いていき、後を追い回すかっこうになる。まみとしては、ここのところほとんど接触のなかった将生が急に近くに来ることに、違和感というか、少し警戒心をもってしまう。
 
「…えっと…私…何か…しちゃいましたか?」

 とうとう気になりすぎたまみが、将生に向き直って聞いてみる。

「あっ!ううん!何かしたとかじゃなくて、その…少し話良いかな?」

 将生はまみに話しかけてもらえて、嬉しさを隠しきれない様子で返す。

「えぇ…。まぁ…。」

 まみが不思議そうな顔をしながら、将生を見上げる。

「あのさ、この前の日曜日、家庭教師の先生との面談あったでしょ?」

 将生は話しながら、直接理由を聞くことしか考えてなかったので、なんて言えば良いのかまで、深く考えてなかったことを思い出す。

「…はい。」

「…で…まみさんその時…。」

(あれ?…『泣いていたのは、僕が原因?』って、なんか自意識過剰なような…。言い方違うな…。)

 将生は急にピタリと言うのをやめて、しばし考える。

 急に止まった将生に、まみは余計に警戒心を強める。

「…その時?」

 まみが繰り返して続きを促してくる。

「…その時…えっと…。」

 将生が言い方を考えながら、一言ずつ発する。

「…な…泣いて…いた…ように…見えて…。」

 今度は将生がまみを窺うように、身をかがめながらまみの顔色を見る。

「…っ!!」

 まみが途端に体をこわばらせた。抱いていた晴斗も共に揺れる。

「…み…見てたんですか…ぁ…。」

 まみが晴斗の体を掲げて、赤くなった顔を将生から隠そうとした。

「…あっ…、いや、…その、晴斗の散歩中に、たまたま、そう!たまたま見えちゃって!」

 将生が知りたいのはその泣いていた原因で、困らせたいわけではないのだが…泣いていたことを恥ずかしがる、ということは、将生に知られたくなかったということで、それすなわち、理由は『将生が原因』ってことじゃ…。
 

 高まる期待の中、将生は思い切って続ける。

(『原因は僕?』だと恥ずかしいから…)

「…あの…ヒロくんと何かあった?」

 最大限にドキドキしながら、将生は知りたかったことを口にしてみる。

 『ヒロくんに遊園地でのことを話したら喧嘩になった』とか『ヒロくんに心変わりを指摘された』とか、あわよくば『ヒロくんに心変わりを告げて別れることになった』とか…。

 遠回しに、『将生のことが、ヒロくんとの関係に波風立ててしまっている』というような、そんな返答を期待していた。

 もちろん、まみはそんな具体的なことを口にしないかもしれない。それでも、今何かヒロくんと揉めてることがわかれば、将生は自分に少しでもチャンスがあることを知ることができるはずだ。

(どんな表情も見逃さないぞ)

 そう思って、将生は怖いくらいにまみの顔を凝視していた。しかし…

「?」

 まみの顔には『意味がわからない』という表情が現れていた。

「…なんでそこでヒロくん出てくるんですか?」

 まみが怪訝そうな顔をして、将生に問う。

「…えっ、…あれっ?」

 将生がうろたえる。

 まみが何かを取り繕っている様子もなく、ただ本当に疑問に思っているのが伝わってきて、将生は余計に混乱する。

「…あの時は、『最近あった、楽しかったことや、感動したり、涙したことなどを教えてください』って言われて…。泣くほどにつらかったことを思い出していたら、本当に泣けてきちゃって…。そこにヒロくん全く関係ないですけど…。」

 今度は将生が赤面する番だ。

「…えっ、あっ…そうなの…?僕、てっきり…。」

 『てっきり』何だ。

 『てっきり、僕を好きになってしまって、ヒロくんとのことをどうしようかと悩んで泣いていたのかと思ったんだ。』

 …そんなこと言えるか!


 その時、将生の携帯が鳴り出す。

 晴斗と愛子さんの電話の時間だ。

「…あ、まみさんごめんなさい。なにか勘違いしてしまったみたいで。…電話…出て良いかな?」

 将生は携帯を取り出すと、そちらに集中するフリをする。

 もう、情けない気持ちでいっぱいで、まみの顔を見ることができなかった。さっきまで期待が大きかった分、立ち直るのはすぐには難しい。

 まみはまみで、晴斗を将生に渡しながら、携帯を熱心に見ている将生を悲しそうな顔をして見ていた。

「もちろんですよ!電話、ごゆっくりどうぞ!」

 まみの精一杯の強がりの笑顔も、将生の目には映らない。

(『僕が原因?』なんて聞かなくて、本当に良かった。)

 将生はそう思いながら、自分の部屋へ晴斗と共に入って行く。




 まみは、いそいそと部屋から去っていく将生を見ると、胸が締め付けられた。

 だから、その後ろ姿に向かって、


「泣いていた原因は、あなたです。」


 と、小さな小さな声で呟いた。

 気落ちして、周りが見えない&聞こえない将生には、まみの心から悲しむ声の響きも、その呟き自身も、全く耳に入らなかった。
 
 一方のまみも、本気で伝えたかったわけでは無かったから、将生が振り返らないことに安心していた。
 

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