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第一章 出会い
08. 愛の勝利を信じたい
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「フィーラン殿。私に会いに来てくれたのですね」
アレス様は微笑むと、ヒキガエルになった俺を両手で包み込んだ。そして、俺の体をそっと持ち上げ、頭頂部にキスをした。
精霊が目を丸くした。
「きみは何をしているの? そいつは気色悪い姿をしているというのに」
「私はフィーラン殿の魂を愛しているのです。たとえ見た目が変わったとしても、フィーラン殿であることに変わりはない」
「アレス様……」
俺は泣きそうになった。
アレス様がそんなにも俺を想っていてくださるだなんて。
俺は喉を膨らませて、賛美歌を歌った。声は潰れているけれども、俺の心は折れていない。
アレス様は目を閉じて、俺の歌声に聞き入っている。
「ああ……。傷の痛みが治まっていきます。フィーラン殿が私のために命を賭けてくれていること。それが嬉しくてたまりません」
「俺、アレス様のためなら、なんでもします!」
「私だってフィーラン殿のためならば」
「もういいよ、バカップルどもが!」
精霊は怒りをあらわにすると、俺の頭上に光の粉を撒いた。
アレス様の手の中に収まっていた体が、大きくなっていく。視線をやや上に向けただけでアレス様と目が合った。
俺は人間の姿を取り戻した。
「フィーラン殿、よかった。呪いが解けたのですね」
「アレス様のおかげです」
「ふん。僕がいたずらに飽きただけさ。なんなんだよ、きみたちは。人間ってのは見た目に引きずられて、相手の本質なんて無視する生き物じゃないのか?」
「精霊様は真実の愛を目の当たりにしたことがなかったのですね」
アレス様は俺を抱きしめると、耳元で囁いた。
「……口づけは結婚式まで取っておきます」
「分かりました」
「あなたを残して逝くことはありません。安心してください」
「アレス様。俺、アレス様の伴侶になりたいです」
「それはそれは。なんとしてでも生き延びねばなりませんね」
精霊が苛立たしげに舌打ちをした。
「はい、そこまで! これ以上、バカップルぶりを見せつけられてたまるか。フィーラン・アレクシス。もうノヴィス領に戻るぞ」
「待って。最後にこの歌を……」
俺は秘術とされている曲を歌った。
アレス様のたくましい体に光でできた帯が幾重にも巻き付く。
「フィーラン殿。これは……?」
「加護の歌です。相手の攻撃を一度だけ無効化できます。有効期限は明日の夜までです」
「なんと心強い……!」
「アレス様。信じております」
精霊が「時間だよ」と言って、俺の肩にとまった。俺たちは白い光に包まれた。去りゆく俺を、アレス様が笑顔で見送ってくれた。
俺は精霊に連れられて、ノヴィス領に戻った。
◆◆◆
翌朝のことだった。
お父様が朝食の席になかなか現れなかった。
俺とレナートは食堂を出て、お父様の書斎に向かった。重厚なつくりのドアをノックする。
返事がない。
もしかして部屋の中で倒れているのか?
「お父様! フィーランです。入りますよ!」
書斎に足を踏み入れた俺は、棒立ちになった。
お父様が魔道具の遠映鏡を食い入るように見つめている。 大きな遠映鏡に映っているのは、側頭部に羊のような角が生えたヒトガタの化け物だった。空に頭がつくのではないかと思うほど巨大である。
「お父様。こやつが……魔王なのですか?」
「そうだ」
その名に違わぬほど、魔王は凶々しい姿をしている。こんなデカブツに人間が太刀打ちできるのだろうか?
無数の弓矢が飛んできて、魔王の巨躯を狙った。しかし、魔王の周りには黒い霧が渦巻いており、弓矢を弾き返している。
魔王が耳障りな声で言った。
「そンな攻撃でハ、われヲ倒すことナど不可能だ」
地鳴りのような笑い声が鳴り響いた。
魔王が炎でできた球体を召喚し、弓兵のいる方角へ放った。弓兵たちの悲鳴が俺の耳をつんざいた。
「苦しメ。人間の恐怖こソ、わが糧トなる」
勢いづいた魔王が火炎球を次々と生み出す。まるで炎でできたバリアだ。これでは魔王の懐に飛び込んで、剣撃を浴びせることができない。
このままアレス様たちは負けてしまうのか?
そんなのは嫌だ!
俺が拳を握りしめた瞬間、ふたつの人影が魔王に襲いかかった。
アレス様とエイゼン第二王子だった。
ふたりは息の合った動きで、魔王を挟み撃ちにした。魔王はまさか人間が炎を恐れずに飛び込んでくるとは思っていなかったようで、「なンだと!?」と叫び、焦りを滲ませた。
アレス様とエイゼン第二王子の剣が魔王の側頭部めがけて振り落とされる。ゴッという鈍い音が響いた。
ふたりの勇者が着地したのを追いかけるように、魔王の角が草むらの上に転がった。
左右の角を切り落とされた魔王は、「おォォォン!」と唸り声を上げた。
「いいぞ! 魔王の角は魔力の源とされている。これで魔王の奴めは魔法が使えまい」
お父様の解説を聞きながら、俺は不安が募っていった。いまのところ優勢とはいえ、相手は魔王だ。どんな反撃が来るか分からない。
魔王は地べたにかがみ込み、切り落とされた角を拾い上げた。そして、間髪を容れずにアレス様めがけて角を投げつけた。
凶器が空気を切り裂きながら中空を飛び、アレス様の心臓を狙う。
鋭い角がアレス様の左胸に突き刺さった。
「アレス様!」
俺は遠映鏡に向かって叫んだ。
まるで俺の絶望が伝わったかのように、魔王が嬉しそうに笑う。
「愚かナ人間よ。わが眷属トなるがいイ」
アレス様は微笑むと、ヒキガエルになった俺を両手で包み込んだ。そして、俺の体をそっと持ち上げ、頭頂部にキスをした。
精霊が目を丸くした。
「きみは何をしているの? そいつは気色悪い姿をしているというのに」
「私はフィーラン殿の魂を愛しているのです。たとえ見た目が変わったとしても、フィーラン殿であることに変わりはない」
「アレス様……」
俺は泣きそうになった。
アレス様がそんなにも俺を想っていてくださるだなんて。
俺は喉を膨らませて、賛美歌を歌った。声は潰れているけれども、俺の心は折れていない。
アレス様は目を閉じて、俺の歌声に聞き入っている。
「ああ……。傷の痛みが治まっていきます。フィーラン殿が私のために命を賭けてくれていること。それが嬉しくてたまりません」
「俺、アレス様のためなら、なんでもします!」
「私だってフィーラン殿のためならば」
「もういいよ、バカップルどもが!」
精霊は怒りをあらわにすると、俺の頭上に光の粉を撒いた。
アレス様の手の中に収まっていた体が、大きくなっていく。視線をやや上に向けただけでアレス様と目が合った。
俺は人間の姿を取り戻した。
「フィーラン殿、よかった。呪いが解けたのですね」
「アレス様のおかげです」
「ふん。僕がいたずらに飽きただけさ。なんなんだよ、きみたちは。人間ってのは見た目に引きずられて、相手の本質なんて無視する生き物じゃないのか?」
「精霊様は真実の愛を目の当たりにしたことがなかったのですね」
アレス様は俺を抱きしめると、耳元で囁いた。
「……口づけは結婚式まで取っておきます」
「分かりました」
「あなたを残して逝くことはありません。安心してください」
「アレス様。俺、アレス様の伴侶になりたいです」
「それはそれは。なんとしてでも生き延びねばなりませんね」
精霊が苛立たしげに舌打ちをした。
「はい、そこまで! これ以上、バカップルぶりを見せつけられてたまるか。フィーラン・アレクシス。もうノヴィス領に戻るぞ」
「待って。最後にこの歌を……」
俺は秘術とされている曲を歌った。
アレス様のたくましい体に光でできた帯が幾重にも巻き付く。
「フィーラン殿。これは……?」
「加護の歌です。相手の攻撃を一度だけ無効化できます。有効期限は明日の夜までです」
「なんと心強い……!」
「アレス様。信じております」
精霊が「時間だよ」と言って、俺の肩にとまった。俺たちは白い光に包まれた。去りゆく俺を、アレス様が笑顔で見送ってくれた。
俺は精霊に連れられて、ノヴィス領に戻った。
◆◆◆
翌朝のことだった。
お父様が朝食の席になかなか現れなかった。
俺とレナートは食堂を出て、お父様の書斎に向かった。重厚なつくりのドアをノックする。
返事がない。
もしかして部屋の中で倒れているのか?
「お父様! フィーランです。入りますよ!」
書斎に足を踏み入れた俺は、棒立ちになった。
お父様が魔道具の遠映鏡を食い入るように見つめている。 大きな遠映鏡に映っているのは、側頭部に羊のような角が生えたヒトガタの化け物だった。空に頭がつくのではないかと思うほど巨大である。
「お父様。こやつが……魔王なのですか?」
「そうだ」
その名に違わぬほど、魔王は凶々しい姿をしている。こんなデカブツに人間が太刀打ちできるのだろうか?
無数の弓矢が飛んできて、魔王の巨躯を狙った。しかし、魔王の周りには黒い霧が渦巻いており、弓矢を弾き返している。
魔王が耳障りな声で言った。
「そンな攻撃でハ、われヲ倒すことナど不可能だ」
地鳴りのような笑い声が鳴り響いた。
魔王が炎でできた球体を召喚し、弓兵のいる方角へ放った。弓兵たちの悲鳴が俺の耳をつんざいた。
「苦しメ。人間の恐怖こソ、わが糧トなる」
勢いづいた魔王が火炎球を次々と生み出す。まるで炎でできたバリアだ。これでは魔王の懐に飛び込んで、剣撃を浴びせることができない。
このままアレス様たちは負けてしまうのか?
そんなのは嫌だ!
俺が拳を握りしめた瞬間、ふたつの人影が魔王に襲いかかった。
アレス様とエイゼン第二王子だった。
ふたりは息の合った動きで、魔王を挟み撃ちにした。魔王はまさか人間が炎を恐れずに飛び込んでくるとは思っていなかったようで、「なンだと!?」と叫び、焦りを滲ませた。
アレス様とエイゼン第二王子の剣が魔王の側頭部めがけて振り落とされる。ゴッという鈍い音が響いた。
ふたりの勇者が着地したのを追いかけるように、魔王の角が草むらの上に転がった。
左右の角を切り落とされた魔王は、「おォォォン!」と唸り声を上げた。
「いいぞ! 魔王の角は魔力の源とされている。これで魔王の奴めは魔法が使えまい」
お父様の解説を聞きながら、俺は不安が募っていった。いまのところ優勢とはいえ、相手は魔王だ。どんな反撃が来るか分からない。
魔王は地べたにかがみ込み、切り落とされた角を拾い上げた。そして、間髪を容れずにアレス様めがけて角を投げつけた。
凶器が空気を切り裂きながら中空を飛び、アレス様の心臓を狙う。
鋭い角がアレス様の左胸に突き刺さった。
「アレス様!」
俺は遠映鏡に向かって叫んだ。
まるで俺の絶望が伝わったかのように、魔王が嬉しそうに笑う。
「愚かナ人間よ。わが眷属トなるがいイ」
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