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聖女の登場
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学園では主にコンラッドと共に授業を受け、隣接する寮では初めてできた友達と行動し、それはもう平凡すぎる日常を送っていた。
そんな平凡な日常が1年、2年と過ぎて転入生がやってくる。
なんでも突然神殿に現れた女の子で、神殿の人たちは聖女として迎えているらしい。
その聖女にこの国の事を学んでもらう為に、学園に”転入”するそうだった。
「はじめまして!私宮島葵といいます!聖女の教育の一環として今日からこのクラスの一員になります!よろしくお願いします!」
ニコニコと愛想のいい笑顔に、男たちの鼻の下が伸びる気配を察する。
一応言っておくが、女子の制服のスカート丈は膝下だ。寧ろくるぶし丈である。
学問を学ぶ上でふしだらな格好はしないようにとのことで、決められているのだ。
それに貴族の令嬢として、不用心に肌を見せてはいけないと暗黙のルール的なあれでいわれている。
つまり、男たちの鼻の下が伸びているのはなにもあの無邪気な笑顔にではなく、アオイといった女性のスカート丈に問題があるのだ。
思いっきり膝より上。
階段を歩いたら下から下着が見えてしまいそうな短さなのだ。
なんだあのスカート丈はと、女子生徒の視線がきつくなる。ちなみに私もだ。
(え、ちょっとまって聖女?)
なんだか聞き覚えのある言葉に私は脳をフル回転させた。
(どっかで聞いたことのある言葉なのよね…どこだっけ…)
あまり印象に残っていない言葉だったのか、考えても思い出すことは出来なくて、私は思考を放棄させた。
■
そんなある日の事
「エレン様!あの女を注意してくださいよ!」
「え、ちょっと落ち着いて、事情を話してちょうだい」
寮に帰った途端、私の友達のエリーが突撃訪問で飛び込んできたのだ。
しかもエリーだけじゃなくて、他の令嬢たちの姿もある。
「どうしたのよ?いったい」
「エレン様!私達一生懸命婚約者に訴えたんですよ!
なのに!なのに!あの女とべたべたして!」
「そうなんですよ!私も婚約者とお茶を飲みながら話していたら『君からの愛を感じないんだよね』って突然言われて、なにかと思って事情を聞いたら、あの女から手作り弁当を貰ったそうで!」
「私の婚約者なんて、ぶつかってきたのはあの女からだったのに、あの猥褻物のような短いスカートで足をこれまた卑猥な感じに広げて…、婚約者に色仕掛けしたんですよ!?
信じられます!?」
私の場合なんて!とそれぞれ叫ぶように訴える令嬢達に私は目が回るようだった。
彼女が学園に通ってからまだ日も浅いというのにかなりのうっぷんが溜まっていたらしい。
というかなにをしているんだ聖女様は。
「お願いします!私達があの女に言っても、婚約者に訴えても全く効果がないのです!
エレン様から王子殿下に伝えて、男子生徒に告げていただけませんか?!」
必死に訴える令嬢たちを前にして、私は断るという選択は出来なかった。
わかったと伝えると、令嬢たちは安堵してぞろぞろと部屋に戻っていく。
そして私はコンラッドに事情を伝えるために、明日に備えて寝た。
コンラッドと私はこの学園に通い始めて二年間。毎日のように一緒に登校し、昼は一緒にご飯を食べて、帰宅も一緒に帰っている。
(最初は特に約束もしてなかったから一人で登校しようと思ったのだけど…)
女子寮の門の辺りにコンラッドが待っていたのだ。
姿を見かけた時は、急いで支度を済ませて駆け付けたものだ。
それからは約束していなくても一緒にいた。
先生の呼び出しがあった時も、遅くなるから先に帰ってと伝えておいても待ってくれている。
婚約者として大切に扱ってくれていることに心が温かくなった。
(だから今日は登校の時間を利用して、令嬢たちの事情を話そう)
「エレン、おはよう」
「おはよう、コンラッド」
二人並んで学園に向かって歩く。
「殿下」
「エレン、殿下じゃなくて…」
「いえ。今日は公爵令嬢として、殿下にお話ししたいことがございます」
「…なにかな?」
私がコンラッドの事を敬称で呼んだことで、婚約者としてではなく王子殿下として対応してくれたコンラッドに安堵する。
「実は聖女として入学されたミヤシマアオイ様に多数のご意見が集まっているのです」
「…話してみて」
「彼女は婚約者のいる男性に近づきその者たちを誘惑していると…。令嬢たちは婚約者との関係悪化に嘆いております」
「それで?」
「婚約とは家同士の契約です。簡単に解消することは出来ません。
その事を十分男性たちに釘を刺してもらいたいのです」
まっすぐ前を見て歩きながら殿下に述べると、急にコンラッドが歩みを止めた。
「……エレン自身もそう思ってる?」
風が吹いた。
強い風ではない。髪の毛が揺れる程度の風だった。
コンラッドは目を瞑り、ゆるく頭を振った。
「いや、なんでもないよ。受け入れたのは僕だからね。
僕が行動で示せばいいだけのことだ」
ぼそりと呟かれたことは、はっきりと私の耳には聞こえなかったが。
なんでもないといっていたから本当に何でもないのだろう。
「それで、伝えていただけますか?」
「ああ、いいよ。貴族として立場を理解してない者達にしっかりと釘を刺しておこう」
「ありがとうございます」
これで令嬢たちにいい報告ができる。
そして、雪崩みたいな突撃訪問もなくなるだろう。と胸を撫で下ろした。
■
魔法は非常に便利なものだ。
体が成長するたびに魔力量が増え、使える魔法もどんどん増えていくのが実感できる。
学園に通っている間は冒険者として活動なんてできないかと思っていたが、なんとギルドは閉店することもなく常に営業しているというのだ。
なんというサービス精神なのだろう。
新しく覚えた魔法で姿を消して、ギルドまでひとっ飛びする。
瞬間移動もやってみたのだけど、まだ短い距離しか移動できないから飛ぶ方が早いのだ。
馬車で結構かかる筈なのに、魔法を使えば数十分で移動できるのは素晴らしいことだ。
風圧で目が乾くけど。
それでも夜中にギルドを訪れるので良さそうな仕事は残っていなく、そしてまだ討伐系の依頼は引き受けることは出来ない為に今日は薬草採取の常時依頼でもするかと手に取った。
流石に成長していくと出るところも多少なりとも出てくるようになった私は、長いローブを被って活動するようになった。
これが意外に夜だと目立たないらしい。
町からそう離れていない草原で薬草を探す。
普通なら夜の時間帯は手元が暗く探すのが大変だが、魔法という便利なものが使える私は「サーチ」と唱えてお目当ての薬草をバンバンと得た。
勿論根から採ることはしない。
次が生えてこなくなるからだ。
しかも空間魔法を使える私は鮮度ばっちりで、探せる分は確実に持って帰れるってわけだ。
そんなこんなで薬草採取してもういっかと手を止めると、町がある方角がまるで太陽でも上っているかのように明るくなる。
立ち上がって振り返ると、大規模な火事が起きていたのだ。
すぐさま飛び姿を消したまま水魔法で炎を覆う。
寝ている人達が多かった時間帯だからか、火が広がるのが異様に早かった。
火事に気付いた住人たちが建物から飛び出して逃げていく人や、膝から崩れ落ちて呆然としている人、私のように深夜に活動している者は寧ろ建物の中に飛び込んでいった。
私は至るとこに火が飛び燃え広がるのを防ぐために、次々と移動しながら水魔法で消していく。
火を消すことに集中するあまり、姿を消すことも忘れ、また被っていたローブも外れていることに気付かなかった。
■
学園の中で2つの噂が広まっていた。
一つは赤髪の女神が舞い降りた。
もう一つは聖女と王子殿下の婚約が噂されていること。
赤髪の女神については、以前あった大規模な火事の事件の時に現れたとされる人の事を語っているらしい。
まぁ私の事ではないだろう。
確かに私も広がる大火事を鎮火させるために動いていたが、私の髪の毛は銀髪だ。
しかも目立たないようにローブを被っている。
どう考えてもこの銀髪は赤髪と間違われることはないから、あの日あの時私の他にも動いていた人がいたんだなぁと、ただそれだけを思った。
問題なのはもう一つの噂だ。
聖女と王子殿下の婚約問題。
ちなみに言ってはおくが、私と王子殿下の仲は別に悪くない。
入学当初から変わらずに、朝一緒に登校して、隣の席で授業を受けて、昼も一緒に食べて、一緒に下校する。
これだけ一緒にいたら、聖女様と共に過ごしている暇なんてないだろうとわかる筈なのに、なぜ聖女とコンラッドの婚約話が上がるのか。
それは聖女を敬う神殿側の派閥によるものだった。
この国では聖女の身分は高くない。
聖女といっても一般より魔力量が高いだけで、普通に魔法が使える女の子なのだ。
だけど、聖女に身分という力を持たせたい神殿派の者たちが画策して、今の婚約者、つまり私とコンラッドの婚約関係を見直し聖女との婚約を進めようとしているのだ。
コンラッドの言動から見ても、彼自身が私を大切にしてくれることから、子どものころに夢で見たような婚約破棄劇場にはならないと思っていたのに。
結局婚約解消の展開にはなってしまうのね。と深いため息が漏れる。
(好きな人ができたら婚約解消…)
そんな条件にしなければよかった。
私に好きな人が出来たといっても、「じゃあここに連れてきて」といわれてしまったらウソだとバレてしまうことは確実だし。
コンラッドも聖女様が好きなら私とこんなに一緒にいないだろう。
追加した条件は使えないという事だ。
それにコンラッドに婚約解消のつもりがなかったら、このままでは面倒な問題に巻き込まれてしまう。
それはいやだった。
冒険者として活動していくと、自由というものが心地よく感じ、それを手放すことが惜しくなる。
今の自分自身の気持ちとしては、すぐにでも平民になってもいいと思っているのだ。
それほど貴族の立場が煩わしいと感じている。
だが公爵家の私は下の身分の者の声を聞いて、まとめる立場にある。
今はコンラッドの言葉のお陰で令嬢たちの婚約者の男性たちも大人しくなった。
寧ろ婚約者とのギスッた関係を修復させるために男たちが必死に婚約者たちの機嫌を伺っている。
だがキョロキョロと校内を歩き回る聖女の姿に何かを企んでいるような気がして、非常に関わりたくないと、面倒くさいと思ってしまっているのだ。
あーあ、どうしてあんな条件にしてしまったんだろう。
(もっと適当な……、うーん、平民になりたくなったら?とか?)
却下ね。そんな条件受け入れる前に正気を疑われてしまうわ。
「あ~あ……」
自由になりたいなあ…。
そんな切実な思いに、胸がズキズキと傷んでいることなど気づかないふりをして、ため息をついた。
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