7 / 7
7
しおりを挟む
メイドの妊娠が発覚し、ジルとは離婚になった。
両親には殴られる勢いで怒られたが、それでよかったと思っている。
ジルは結婚当初から少しおかしかった。
効率を重視しているようで、僕との会話に積極的ではないし、彼女自身それで困っているようには見えなかった。
最初はただの照れ隠しかと思ったが、そんなことがずっと続けば、違うことが否応に分かる。
ジルは僕を愛してなどいなかった。
愛そうと努力することもなかった。
まるで興味本気で結婚して、僕を実験台に結婚とは何かを学んでいるようだった。
そんな彼女のことを愛せるはずがなかった。
僕は早々に愛を捨てて、メイドと関係を持った。
彼女は優しい笑顔で僕を包み込み、愛してくれた。
僕にはそれが幸福の選択だった。
「エルモンドさん。私はもうあなたと一緒にいることはできません」
離婚が成立した後、彼女は僕にそう言った。
唖然として言葉を返そうとするが、先に彼女の方が言葉を放った。
「エルモンドさんとの不倫が親戚中に知れ渡りました。もうこの街で暮らすことはできません。さようならエルモンドさん。この子はちゃんと私が育てます」
「ま、待って……行かないで」
辛い。
心が引き裂かれそうで、苦しかった。
しかし僕に彼女を止めることはできない。
彼女の目はそれほどまでに真剣さを帯びていたから。
彼女は突然にこの街から去った。
僕は部屋に籠り、ただ静かに過ごしていた。
心の傷と戦いながら、どうしてこんな選択をしたのかと自分を責めていた。
しかし少しして、父が僕の結婚相手を決めた。
男爵家の令嬢だった。
「初めましてエルモンド様」
彼女はとりわけ美しいとはいえなかった。
しかし所作は綺麗で、目を奪われるほどに洗練されていた。
「よろしく」
もう誰のことも愛すことはしないと誓っていた。
皆去っていく。
期待したところで、幸福だと信じたところで、全ては僕の前から消えていくのだ。
だからこの彼女もきっとその内消えていく。
僕を裏切り、僕を一人きりにする。
期待はもうしなかった。
だから彼女とは特に親しくもしなかったし、愛を育むこともしなかった。
けれど、彼女はいつも笑っていた。
悲しみなんて感じさせない明るい笑顔で。
結婚して一年が経った。
僕はついに彼女に聞いてみることにした。
「僕の妻が嫌じゃないのかい?」
すると彼女はいつもの笑顔で答える。
「嫌なわけがありません。エルモンド様と一緒にいられるだけで、私は幸福なのです。だから特別言葉を交わさずとも、いいのです」
「だ、だが……」
自分を騙すような言い訳がたくさん思いついた。
それを彼女に突き刺すことはいつでも可能だった。
しかし、なぜだかそれをしてはいけない気がした。
心の奥底で彼女のことを信じたかったのかもしれない。
「いいのか?」
気づいたら僕は涙を流していた。
今までの人生で一度も経験したことのないような、熱い涙だった。
「ええ。もちろんです。だって私はあなたの妻なのだから」
僕は彼女に駆け寄ると堅く抱きしめた。
心の中に在った不安や恐怖はいつの間にか消えていた。
今あるのは限りの無い幸福だけだった。
「好きだ……愛してる……ずっと僕と一緒にいてくれ」
「はい……約束します。ずっとあなたの傍にいます」
こんなに幸せになってもいいのだろうか。
僕はジルを裏切り、メイドと不倫をして妊娠させたというのに。
彼女を抱きしめるだけの勇気すら持たない、ゴミ野郎だというのに。
「ありがとう……」
そういえばジルが昔言っていた。
どんな選択もその瞬間には、自分にとっての幸福だと。
もしかしたらもっと複雑なことだったかもしれないが、大体そんな感じだ。
僕の今までの罪もあの瞬間は幸福だった。
確かにそうだった。
そして今の選択も幸福だった。
どうかこれがずっと続いて欲しい。
未来永劫ずっと。
両親には殴られる勢いで怒られたが、それでよかったと思っている。
ジルは結婚当初から少しおかしかった。
効率を重視しているようで、僕との会話に積極的ではないし、彼女自身それで困っているようには見えなかった。
最初はただの照れ隠しかと思ったが、そんなことがずっと続けば、違うことが否応に分かる。
ジルは僕を愛してなどいなかった。
愛そうと努力することもなかった。
まるで興味本気で結婚して、僕を実験台に結婚とは何かを学んでいるようだった。
そんな彼女のことを愛せるはずがなかった。
僕は早々に愛を捨てて、メイドと関係を持った。
彼女は優しい笑顔で僕を包み込み、愛してくれた。
僕にはそれが幸福の選択だった。
「エルモンドさん。私はもうあなたと一緒にいることはできません」
離婚が成立した後、彼女は僕にそう言った。
唖然として言葉を返そうとするが、先に彼女の方が言葉を放った。
「エルモンドさんとの不倫が親戚中に知れ渡りました。もうこの街で暮らすことはできません。さようならエルモンドさん。この子はちゃんと私が育てます」
「ま、待って……行かないで」
辛い。
心が引き裂かれそうで、苦しかった。
しかし僕に彼女を止めることはできない。
彼女の目はそれほどまでに真剣さを帯びていたから。
彼女は突然にこの街から去った。
僕は部屋に籠り、ただ静かに過ごしていた。
心の傷と戦いながら、どうしてこんな選択をしたのかと自分を責めていた。
しかし少しして、父が僕の結婚相手を決めた。
男爵家の令嬢だった。
「初めましてエルモンド様」
彼女はとりわけ美しいとはいえなかった。
しかし所作は綺麗で、目を奪われるほどに洗練されていた。
「よろしく」
もう誰のことも愛すことはしないと誓っていた。
皆去っていく。
期待したところで、幸福だと信じたところで、全ては僕の前から消えていくのだ。
だからこの彼女もきっとその内消えていく。
僕を裏切り、僕を一人きりにする。
期待はもうしなかった。
だから彼女とは特に親しくもしなかったし、愛を育むこともしなかった。
けれど、彼女はいつも笑っていた。
悲しみなんて感じさせない明るい笑顔で。
結婚して一年が経った。
僕はついに彼女に聞いてみることにした。
「僕の妻が嫌じゃないのかい?」
すると彼女はいつもの笑顔で答える。
「嫌なわけがありません。エルモンド様と一緒にいられるだけで、私は幸福なのです。だから特別言葉を交わさずとも、いいのです」
「だ、だが……」
自分を騙すような言い訳がたくさん思いついた。
それを彼女に突き刺すことはいつでも可能だった。
しかし、なぜだかそれをしてはいけない気がした。
心の奥底で彼女のことを信じたかったのかもしれない。
「いいのか?」
気づいたら僕は涙を流していた。
今までの人生で一度も経験したことのないような、熱い涙だった。
「ええ。もちろんです。だって私はあなたの妻なのだから」
僕は彼女に駆け寄ると堅く抱きしめた。
心の中に在った不安や恐怖はいつの間にか消えていた。
今あるのは限りの無い幸福だけだった。
「好きだ……愛してる……ずっと僕と一緒にいてくれ」
「はい……約束します。ずっとあなたの傍にいます」
こんなに幸せになってもいいのだろうか。
僕はジルを裏切り、メイドと不倫をして妊娠させたというのに。
彼女を抱きしめるだけの勇気すら持たない、ゴミ野郎だというのに。
「ありがとう……」
そういえばジルが昔言っていた。
どんな選択もその瞬間には、自分にとっての幸福だと。
もしかしたらもっと複雑なことだったかもしれないが、大体そんな感じだ。
僕の今までの罪もあの瞬間は幸福だった。
確かにそうだった。
そして今の選択も幸福だった。
どうかこれがずっと続いて欲しい。
未来永劫ずっと。
応援ありがとうございます!
342
お気に入りに追加
249
この作品は感想を受け付けておりません。
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる