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「子供を産めない妻はいらない」

 夫のレイクのその一言は、私の心をバターナイフでえぐったように傷つけた。
 もう私の好きだった夫の姿はなく、彼はただまるで他人のように私を見下ろしていた。

 ……貴族学園を卒業した後、私はレイクという公爵令息との結婚が決まった。
 格式高い公爵家の人間と、なぜ私のようなしがない男爵令嬢が結婚できるのだろうか。
 その疑問は父によって解消された。

「レイク様は年若く健康な女性を望んでいる。公爵家の跡取りを産ませるためだ。お前は今まで大きな病気もしたことないし、健康診断でも体に問題はなかった。だからお前が妻に選ばれたんだ」

 聞かなきゃよかったと秘かに思った。
 私はただの子供を産むための道具なのですか?
 そんな風に言えたならどんなに素敵だろうと思いつつも、私は口を堅く結んだ。

 その後、私とレイクの縁談は滞りなく進み、結婚式を挙げて夫婦となった。
 住み慣れた家を離れレイクの屋敷へと移り、私の妻としての人生がスタートした。
 
 本心を言えば憂鬱だった。
 少なからず愛のある結婚を理想としていた私は、こんな道具みたいな役回りは正直嫌だった。
 しかし私のそんな嫌悪感を吹き飛ばすように、レイクは笑顔を私に向けた。

「ティアラ。これからよろしく頼む」

 たったそれだけの短い言葉だったが、感情が籠っていて、私は少しだけ嬉しかった。

 レイクの妻となり、一年が経った。
 私は彼のことを好きになり始めていて、また、彼も私に愛を囁いてくれた。
 無口で気難しい人だと思っていたが、打ち解けたら彼はたくさん面白い話をしてくれた。

 二年が過ぎ、この人と人生を添い遂げたいと思えるようになった。
 しかし未だ妊娠する様子がなくて、私は不安を感じていた。
 このまま子供が産まれなかったら、私はどうなってしまうのだろう。
 考えたくもない不吉な未来が脳裏に走るも、レイクが安心させるように言ってくれる。

「大丈夫。子供のことは気にしないでくれ。僕達のペースでゆっくり作ればいい」

 彼の優しい言葉に、私は励まされていた。

 結婚三年目になると、孫を熱望するレイクの両親が家に乗り込んできて、私は不妊の理由を探る検査をすることになった。
 しかしいくら検査しても異常は見られず、妊娠しない理由は判然としない。
 
レイクの両親は呆れたように家を去っていって、私にはそれがとても悲しいことのように思えた。
 助けを求めるようにレイクを見上げると、彼はただ無言で唇を噛みしめていた。

 そして結婚四年目。
 子供が出来ないまま日々が過ぎていたある日、私はレイクの部屋に呼び出された。
 彼は私が入ってくるなり、眼前まで歩いてきて言った。

「子供を産めない妻はいらない」

 夫のレイクのその一言は、私の心をバターナイフでえぐったように傷つけた。
 もう私の好きだった夫の姿はなく、彼はただまるで他人のように私を見下ろしていた。

「……どういうことですか?」

 信じていた愛が引き裂かれ、私の脳裏に困惑が広がった。
 
「そのままの意味だよ。僕は四年も待った、僕達の間に子供が出来るのを。しかし今現在、子供は生まれていない。そもそも君は妊娠すらしていないし、このままじゃ一生子供なんてできないじゃないか」

「それは……」

 事実ではあった。
 病院で調べてもらっても何も異常は見つからず、しかし私は一向に妊娠しない。
 もう結婚して四年も経っているというのにだ。
 私が言い返せないのを見て、レイクは大きなため息をつく。

「……子供を産めない妻はいらないんだ。君は健康体だと聞いていたのに……がっかりだよ……」

 離婚の二文字が頭に浮かんだ。
 しかし彼はそれを告げることもなく、私を部屋から追い出した。
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