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 エマの家を去る馬車の中で、僕は拳を堅く握りしめた。

「あのクソ女……この僕に生意気言いやがって……」

 エマに言われた言葉の数々が脳裏にこびりついて離れなかった。
 離婚して、エマは喪失の最中にいると思い込んでいたが、違った。
 彼女はどこか生き生きとしていて、僕に歯向かうまでの自信を持っていた。
 それは妻としてのエマだったならば、あり得ないことだった。

「大丈夫……僕にはその道の専門家もついている……だからあんなやつ直ぐに追い越してみせる」

 自己暗示をかけるように、僕はブツブツと呟いた。
 エマが自分よりも幸せになろうとしていることが許せなかった。
 公爵令息のこの僕が、あんな勉強しか出来ないような人間に負けるのが許せなかった。

「よし……すぐに億万長者になってやる」

 僕は期待を新たにした。

 ……家に帰り玄関の扉を開けると、領地経営の専門家と会計士がちょうど出て行く所だった。

「ん? 何だお前たち。どこへ行く?」

 僕の問いに、専門家が気まずそうに答える。

「その……この仕事はもう辞めさせて頂きます」

 会計士も続いて口を開く。

「奥様が癇癪を起して暴力を振るってきたのです。ほら見てくださいこの痣」

 会計士が服をまくると、腕に紫色の痣が出来ていた。
 
「これは酷い……ほ、本当にウララがやったのか?」

 僕の問いに二人は同時に頷いた。 
 僕はため息をついて、二人に道を開ける。

「分かった。今までご苦労だったな」

 結局のところ、この二人は金で雇われただけである。
 ならばまた金を使って違う専門家と会計士を雇えばいい。
 金がないなら両親にでも借りればいい。
 家を去る二人を見送ると、僕は家の中に入った。

 ……ウララの部屋の扉を開けると、彼女は拗ねたようにベッドに座っていた。

「大丈夫かいウララ。どうやら暴力を振るったようだけど……」

「そうなの!」

 ウララは立ち上がると、僕に近寄って、まるで被害者のように言葉を並べ始める。

「だって、あの人たち酷いんだよ! 家のために宝石を売れとか贅沢するなとか! だから頭来ちゃってつい……ダレンなら私の気持ち分かってくれるよね!」

「僕は……」

 言いかけて言葉を止める。
 あんなに好きだったウララが、なぜだか今はどうでもいい女に思えてきたからだ。
 身勝手な彼女の言い分に怒りすら湧いてくる。

「ウララ、現状この家は赤字だ。何かを我慢するのは当然のことだ。だから当分の間は贅沢は控えて……」

「なにそれ」

 ウララは眉間にしわを寄せると、僕の頬をビンタしてきた。
 
「ダレンも私のこと批判するんだね! もういい! こんな家出て行く!」

「おい、ちょっと待てウララ!」

 必死に止めようとするが、彼女は僕の腕をするりと抜けて部屋から去っていく。
 追いかけようと一歩踏み出すが、それ以上は踏み出せなかった。

「ったく……まあいいや、家が元通りになれば女もすぐに作ってやる」

 その後、僕は家の財政状況を立て直すべく新たに人を雇った。
 しかし一向に赤字続きで、家の財政状況が良くなることはなかった。
 ウララも帰ってこず、僕が二回目の離婚を果たした時、ついに父が家に来た。

「ダレン。お前にはまだ鍛錬が必要みたいだな」

 父は鬼のような形相で僕を睨み、頬を殴った。
 僕は痛みで床をのたうち回ったが、誰も助けてはくれなかった。

 その後、僕は家を勘当されて、辺境の地の教会へと送られた。
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