2 / 66
プロローグ
飛び出すはニンジン(2)
しおりを挟む
「こちらケンタウルスⅢ。ようケント、ひでえ面だな」
人類がアインシュタインをペテンにかける方法を発見してから二世紀、アルファ・ケンタウリにある岩石惑星のテラフォーミング計画の要として建造された宇宙基地がケンタウルスⅢである。
独立戦争時に大型の軌道要塞に改装され、敗戦後の今ではケントのような古くからの住民と、兵隊崩れの荒くれ者たちの寝床に成り下がっていた。
「ああ、色々あってな」
「さっきからギャンギャン無線機がなってたのはお前か?」
「辺境軍供のポンコツに追いかけられてな」
ケントが管制官のリックにそう言って笑う。
「知らねえぞ、ヤンチャも程々にしないと、後ろから刺されるんじゃねえの?」
「その時は、カードのツケはチャラにしてくれよ」
二人が無駄話をしている間に、ノエルがサイドスラスターを吹かし、船尾から入港する。船首からドックに入れないのは、ケントが軍に居た頃からの癖で、それをノエルが真似しているからだ。
「ったく、長生きできねえぞ。 オーケイ、マニュピュレータ射出。よし捕まえた、ワイヤ固定」
リックがワイヤーを射出したところで、ケントはコントロールを横取りして、コツンとスラスターを吹かした。
「急に危ないです、マスター」
「三番埠頭は初めてだろ? ここのは左の固定器が緩いんだ、データ修正しとけ」
抗議するノエルにそう言って、ケントは笑う。
「ようこそ、『フランベルジュ』、こちらケンタウルスⅢコントロール、歓迎する」
「ありがとう、リック、こちらノエル、感謝します」
ここ百年以上、幾度と無く繰り返されてきたやりとり。船長のケントではなく、中央コンピューターの『ノエル』がそれに返答する。
「ノエル、ケントのお守はよろしくな、まだカードの貸しがあるんだ」
「任せて下さい、リック」
「頼もしいな。ケント、いい嫁になるぞ」
「あいにく、宇宙船なんでな、パンツも洗ってくれやしない」
「……」
沈黙とともに、左前方のサイドスラスターがコンマ二秒、小さく吹き上がった。
「おい! ケント」
リックが叫ぶ。ゴン、と鈍い音がして流れた船体が固定ワイヤーに引き戻された。
「危ない! わかった! 悪かった。ノエル」
「……わかればいいのです」
逆に舵を当て、中心軸を修正しながら、ノエルが不機嫌そうに言う。
「リック! 頼むからコイツを怒らせないでくれ」
「わりいわりい、まあ無事で何よりだ。ケンタウルスコントロール、交信終了」
§
「まったく、ひどい目にあった」
ぼやきながら、ケントは低重力ブロックを電磁石でへばりつくように、ノロノロと走るトレーラーの荷台から飛び降りた。エアロックをくぐり、通常重力エリアへ踏み込むと、自分の体重がズシンとのしかかってくる。
とりえず、ニンジンとはいえ荷物を放り出した以上、荷主には詫びを入れておいたほうがよいだろう。ましてや、依頼主が輸送ギルドのドン、スカーレット婆さんともなればなおさらだ。
「マツオカさま、こんにちは、お疲れのようですね」
「ああ、おかげさまでな。あと、何度も言うがケントでいい」
輸送ギルドの事務所に入ったところで声をかけきた、旧式のアンドロイド『リディ』に、わざとらしくコキリ、コキリと首をならし、ケントは胸ポケットからタバコを出してくわえた。
「肩でもお揉みしましょうか?」
「いや、ありがとう。それで『リディ』、スカーレットの婆さんは?」
「スカーレット様でしたら、奥にいらっしゃいます」
無駄に人間を使う事で有名な高級デパートの案内嬢のように、手のひらを上にして奥を指し示すリディに片手をあげ、ケントはこれまた無駄に高級な無垢の木で出来た重い扉を開いた。
「おや、誰かと思ったら、妾《わらわ》の大事な荷物を台無しにした、能なし船長様じゃ」
部屋に入るなり、マホガニーの机の上に頬杖をついた少女がケントを見て、悪戯っぽい笑みを浮かべて意地の悪い笑顔をうかべる。
「悪かったよ、おやつのニンジンを台無しにして」
「まったくじゃな、お使い一つ出来ないダメ船長様よ」
流れるような金髪を掻きあげ、態度と見た目が今ひとつ一致しない少女は、クラッシュアイスの盛られたグラスからニンジンスティックを一本抜き取り、ポリポリとかじりだす。
「それで、婆さん、俺が依頼を受けたのは、火星ウィスキー四〇〇ケースのはずなんだがな」
「こんな美少女捕まえて婆さんよばわりとは、失礼な話しじゃの」
よく言う……思いながら、ケントは自分が新米だった時から、変わらぬ姿の少女に肩をすくめる。
「オーケイ、レディ・スカーレット。ウィスキーがコイツに化けてた、まあどっちにしろ、太陽系辺境軍が転移門のこっちで臨検してたんだ、どこからか情報が漏れてたのは確かだろ」
「偶然じゃよ」
「嘘つけ」
ヒョイと机の上からニンジンスティックを取り上げて、ケントは口に放り込む。合成ものでも水耕栽培でも無い、高級品らしい、濃い甘さと香りが口に広がった。
「旨いな、これ」
「そうじゃろ?」
ニコリと笑ったスカーレットは、そうしていれば、なかなかの美少女には違いない。
「まあ、とりあえず、いくらくれるんだ」
「半分ダメにしたからの、一〇〇万クレジット」
「四分の一じゃねーか、オイ」
ポリポリポリと残りを口に押し込んで、抗議するケントにスカーレットが呵々と笑った。
「ではニンジンのコンテナを一つ、ダメ船長にくれてやろうかの?」
「ああ、もう、わかったそいつは要らないからCIWSのエネルギーチャンバーを頼む」
「再生品で、あとはそうじゃの、大サービスで推進剤を満タンつけてやろうかの」
「値切るのかよ」
「当然じゃ」
笑いながら、用事はすんだとばかりに、ヒラヒラと手を振るスカーレットに肩をすくめて、ケントはギルドの事務所を後にした。
……まったく、毎回いいように使われている気がする。
事務所前に止めた電動スクーターにまたがり、ケントはタバコに火をつけて、居住ブロックへ向けて走りだす。
とりあえず熱いシャワーと冷たいビール、こういうときはコレに限る……、そう思いながら。
人類がアインシュタインをペテンにかける方法を発見してから二世紀、アルファ・ケンタウリにある岩石惑星のテラフォーミング計画の要として建造された宇宙基地がケンタウルスⅢである。
独立戦争時に大型の軌道要塞に改装され、敗戦後の今ではケントのような古くからの住民と、兵隊崩れの荒くれ者たちの寝床に成り下がっていた。
「ああ、色々あってな」
「さっきからギャンギャン無線機がなってたのはお前か?」
「辺境軍供のポンコツに追いかけられてな」
ケントが管制官のリックにそう言って笑う。
「知らねえぞ、ヤンチャも程々にしないと、後ろから刺されるんじゃねえの?」
「その時は、カードのツケはチャラにしてくれよ」
二人が無駄話をしている間に、ノエルがサイドスラスターを吹かし、船尾から入港する。船首からドックに入れないのは、ケントが軍に居た頃からの癖で、それをノエルが真似しているからだ。
「ったく、長生きできねえぞ。 オーケイ、マニュピュレータ射出。よし捕まえた、ワイヤ固定」
リックがワイヤーを射出したところで、ケントはコントロールを横取りして、コツンとスラスターを吹かした。
「急に危ないです、マスター」
「三番埠頭は初めてだろ? ここのは左の固定器が緩いんだ、データ修正しとけ」
抗議するノエルにそう言って、ケントは笑う。
「ようこそ、『フランベルジュ』、こちらケンタウルスⅢコントロール、歓迎する」
「ありがとう、リック、こちらノエル、感謝します」
ここ百年以上、幾度と無く繰り返されてきたやりとり。船長のケントではなく、中央コンピューターの『ノエル』がそれに返答する。
「ノエル、ケントのお守はよろしくな、まだカードの貸しがあるんだ」
「任せて下さい、リック」
「頼もしいな。ケント、いい嫁になるぞ」
「あいにく、宇宙船なんでな、パンツも洗ってくれやしない」
「……」
沈黙とともに、左前方のサイドスラスターがコンマ二秒、小さく吹き上がった。
「おい! ケント」
リックが叫ぶ。ゴン、と鈍い音がして流れた船体が固定ワイヤーに引き戻された。
「危ない! わかった! 悪かった。ノエル」
「……わかればいいのです」
逆に舵を当て、中心軸を修正しながら、ノエルが不機嫌そうに言う。
「リック! 頼むからコイツを怒らせないでくれ」
「わりいわりい、まあ無事で何よりだ。ケンタウルスコントロール、交信終了」
§
「まったく、ひどい目にあった」
ぼやきながら、ケントは低重力ブロックを電磁石でへばりつくように、ノロノロと走るトレーラーの荷台から飛び降りた。エアロックをくぐり、通常重力エリアへ踏み込むと、自分の体重がズシンとのしかかってくる。
とりえず、ニンジンとはいえ荷物を放り出した以上、荷主には詫びを入れておいたほうがよいだろう。ましてや、依頼主が輸送ギルドのドン、スカーレット婆さんともなればなおさらだ。
「マツオカさま、こんにちは、お疲れのようですね」
「ああ、おかげさまでな。あと、何度も言うがケントでいい」
輸送ギルドの事務所に入ったところで声をかけきた、旧式のアンドロイド『リディ』に、わざとらしくコキリ、コキリと首をならし、ケントは胸ポケットからタバコを出してくわえた。
「肩でもお揉みしましょうか?」
「いや、ありがとう。それで『リディ』、スカーレットの婆さんは?」
「スカーレット様でしたら、奥にいらっしゃいます」
無駄に人間を使う事で有名な高級デパートの案内嬢のように、手のひらを上にして奥を指し示すリディに片手をあげ、ケントはこれまた無駄に高級な無垢の木で出来た重い扉を開いた。
「おや、誰かと思ったら、妾《わらわ》の大事な荷物を台無しにした、能なし船長様じゃ」
部屋に入るなり、マホガニーの机の上に頬杖をついた少女がケントを見て、悪戯っぽい笑みを浮かべて意地の悪い笑顔をうかべる。
「悪かったよ、おやつのニンジンを台無しにして」
「まったくじゃな、お使い一つ出来ないダメ船長様よ」
流れるような金髪を掻きあげ、態度と見た目が今ひとつ一致しない少女は、クラッシュアイスの盛られたグラスからニンジンスティックを一本抜き取り、ポリポリとかじりだす。
「それで、婆さん、俺が依頼を受けたのは、火星ウィスキー四〇〇ケースのはずなんだがな」
「こんな美少女捕まえて婆さんよばわりとは、失礼な話しじゃの」
よく言う……思いながら、ケントは自分が新米だった時から、変わらぬ姿の少女に肩をすくめる。
「オーケイ、レディ・スカーレット。ウィスキーがコイツに化けてた、まあどっちにしろ、太陽系辺境軍が転移門のこっちで臨検してたんだ、どこからか情報が漏れてたのは確かだろ」
「偶然じゃよ」
「嘘つけ」
ヒョイと机の上からニンジンスティックを取り上げて、ケントは口に放り込む。合成ものでも水耕栽培でも無い、高級品らしい、濃い甘さと香りが口に広がった。
「旨いな、これ」
「そうじゃろ?」
ニコリと笑ったスカーレットは、そうしていれば、なかなかの美少女には違いない。
「まあ、とりあえず、いくらくれるんだ」
「半分ダメにしたからの、一〇〇万クレジット」
「四分の一じゃねーか、オイ」
ポリポリポリと残りを口に押し込んで、抗議するケントにスカーレットが呵々と笑った。
「ではニンジンのコンテナを一つ、ダメ船長にくれてやろうかの?」
「ああ、もう、わかったそいつは要らないからCIWSのエネルギーチャンバーを頼む」
「再生品で、あとはそうじゃの、大サービスで推進剤を満タンつけてやろうかの」
「値切るのかよ」
「当然じゃ」
笑いながら、用事はすんだとばかりに、ヒラヒラと手を振るスカーレットに肩をすくめて、ケントはギルドの事務所を後にした。
……まったく、毎回いいように使われている気がする。
事務所前に止めた電動スクーターにまたがり、ケントはタバコに火をつけて、居住ブロックへ向けて走りだす。
とりあえず熱いシャワーと冷たいビール、こういうときはコレに限る……、そう思いながら。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
28
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる