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ガニメデの妖精

拾いたるは子猫 (2)

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 シェリルから習った上に、材料まで貰ったというホットドッグをかじりながら、二人乗りしたポンコツスクーターが事務所についたのは〇八五五時だった。
 五階建てのオフィスの最上階、三インチの対爆ドアを二枚くぐり、マホガニー製の扉を開けると、ヴィクトリア調の家具でまとめられた豪奢なオフィスが現れる。

「おはよう、リディ」
「おはようございます、マツオカ様」

 ロングスカートにスタンドカラーのブラウスと、およそ今風とはかけ離れた服装のアンドロイドが無機質な挨拶を返した。

「スカーレットは?」
「オーナーでしたら三階の医務室です」
「ありがとよ」

 片手をあげ、ケントが踵《きびす》を返す。

「あの、リディさん」
「なんでしょう?ノエル」
「この間は、ごめんなさい」

 ノエルの声にケントは後ろを振り返った。ノエルがぴょこんとリディに頭を下げている。

「問題ありません、時間のあるときに格闘訓練に付き合って下さい、格闘戦能力の向上を希望します」
「はい!喜んで」

 初対面で投げ飛ばしたノエルと、投げ飛ばされたリディ、二人のちぐはぐな会話に苦笑しながらケントはエレベーターへと向った。

「スカーレット?」
「開いとるよ」

 インコムから声が返ってくると同時に自動扉が開く。

「それで、中身は?」
通常睡眠ノーマルスリープまで回復した、じきに目が覚めるじゃろ」

 ベッドの横に置かれた椅子に座っていたスカーレットが、サイドテールに結んだ金髪を揺らして、立ち上がる。

「わあ、可愛い、お人形さんみたいです」
「お人形のお主にそう言われるのも面はゆいことじゃな」
「わたしはマスターのお人形さんです、今朝はベッドの中でも」
「そういう誤解を生む発言はやめろ、どこで覚えてくるんだ」

 ジト目で睨むスカーレットに肩をすくめて、ノエルの額にデコピンを食らわすと、ケントはベッドに横たわる少女を覗きこんだ。
 肩より少しばかり長い銀髪、褐色の肌、見た目でいうとスカーレットと同じくらいだろう。中身が普通であれば、十二、三といったところだろうか。

「で、身元は?」
「フレデリック・ボーフォートの名を聞いたことは?」
「いや、ノエル?」

 ケントは興味深そうに少女の顔を覗きこむノエルに目配せする。

「検索……フレデリック・ボーフォート、木星ガニメデに本社を置く運送業者の社長です、二週間前に心臓発作で死亡しています」

 ネットから拾ったのだろう、ノエルが答える。

「運送業者といえば聞こえはいいがの」

 紅玉の瞳がすうっと縦に細くなった。生身なのか、義体なのか、時折この目に睨まれるとケントなどは蛇に睨まれたカエルの気分になる。

星系間輸送トランスポートを軸とした軍事複合企業コングロマリット、まあ、平たく言えば死の商人じゃよ」
「で、この眠り姫は?」

 ポケットに手を突っ込んだまま、ケントは少女の顔を覗きこんだ。なるほど美少女には違いない。

「ん…うん……」

 途端、パチリと目を開いた琥珀色の瞳と目があった。

「やあ、おはよう」

 何とも間抜けな挨拶だとは思ったが、突然のことに他に言いようもなく、ケントは少女に片手をあげて挨拶する。

「……」

 何がなんだかという顔で少女があたりを見回す。ケント、ノエル、スカーレットと順に視線を移して小さく息を吐いた。

「ここはどこ?」
「ケンタウルスⅢ、俺はケント、君は?」
「ラーニア」

 だ、そうだ。と、ケントはスカーレットを振り返った。

「さて、ラーニアとやら、わらわはスカーレットここの責任者じゃ」
「助けてくれたの?」

 首を横に振って、スカーレットが言葉を継いだ。

「お主の入ったポッドを、こやつが拾ってきた、どこに届けるかはわらわはあずかり知らぬ」 

 くそっ、厄介事を丸投げしやがった……。心の中で毒づきながら、ケントは琥珀色の瞳でこちらを見つめるラーニアに肩をすくめてみせる。まあ、最悪、軍警察に届けてしまえば良いことだ。

「ということでな、取り敢えずお主は拾得物ということで、拾ってきたこやつに預ける、よいな?」
「ちょっと待て、スカーレット」
「リディに車を用意させる、家まで送らせよう」

 有無を言わせずスカーレットが席を立つ。

「それで、私はどうすれば?」

 違和感を覚えるほどの無感情な声でそう言って、半身を起こした少女がケントを見つめた。

「ああ、くそっ。 ノエル、着替えを手伝ってやれ、俺は先に戻る、リディと後で車で来い」

 無感情な声とは裏腹に、路地裏の箱に詰められた子猫のような目で見つめられ、ケントは頭をかいて部屋の外にでる。

「スカーレット、ちょっと待ってくれ」

 エレベータ前で、緋色のドレスを纏ったスカーレットに追いついたケントは強引に片足を突っ込む。ガシャン、と音を立てて安全装置が働きエレベーターが再度開いた。

「ケント、あれは中々に厄介事の種じゃ、気をつけるが良い」
「判ってて放り出さないでくれよ」

 途端、ガツン! とドレスと同じ色のヒールでスネを蹴られ、ケントが飛び上がった。

「甘えるな。金になるようなら助けてやろうぞ、せいぜい頑張ることじゃ」
「スカーレット!」

 ケントを残して、笑いながらアカンベエをするスカーレットを載せたエレベーターのドアが閉まる。

「……マジかよ」

 痛って……蹴られたスネを抱えて、ケントは涙目で今後どうするか思いを巡らせた。
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