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総力戦研究所

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それから時間は進み、昭和16年(1941年)も夏を迎えようとしていた。
相変わらず立場上は三菱出向で、「三菱海軍の少佐殿」などと揶揄されている久保であったが、気にしている暇もなかった。
堀越技師と目ぼしい面々が新型局地戦闘機の開発に忙殺されており、結局久保の一種ワンマンチームで、零戦の強化を図らざるを得なかったのだ。
中国戦線の戦訓を反映した上で、基本性能は変わらず、細部を修正して正規の艦上戦闘機とした21型は既にリリースしている。
あとは、当面の本命の機体…。
もし日本がこのまま最悪の選択肢を取った場合、最も重要な局面で飛ぶことになるやも知れぬ、『零戦』である。
それには、やはり、心臓部である発動機…。
比較的順調な?機体設計の合間に、発動機部門に足繁く通うこととなる久保。

そんなある日…。
「は、連合艦隊から…?」
「ええ、少佐をご指名です。」
誰だ…?
来賓室に入った瞬間、びしりと敬礼する久保。
「久しぶりだな…。」
連合艦隊、第一航空戦隊航空参謀、源田実中佐であった…。
この度は…と言いかける久保を、源田は片手を挙げて制する。
「辞儀合いはいい。火急の用でな、細かくは車の中で話す。」
は、はぁ…?
「貴様が実質主導、設計した零戦の評判はすこぶる良好、かの96戦を生んだ堀越氏も太鼓判を押す、これまでの航空戦の概念を覆す発想…などと噂が噂を呼んでな。
それに我らが大将、山本五十六連合艦隊司令長官の耳にも入り、えらく興味を示され…。
是非今日の席にも、と強く推薦されたという訳でな…。」
「あの…そもそもどこの何の席に…?」
「首相官邸、総力戦研究所の報告検討会。
無論、対米戦を想定し、近衛総理以下内閣全員の前で図上演習を行う。」
なんだって!!??
話がいきなり雲の上に飛びすぎて頭が追いつかない。
まあ、精々御大臣達のご機嫌を損ねぬよう、自説を披露することだな。
そう源田に肩を叩かれる。

首相官邸。
あれが、近衛文麿総理…確かに、貴種にしか持ち得ない気品が…。
そして及川海相、あちらが東條陸相か…。
新聞とニュース映画でしか見たことのない錚々たる…しかし呑まれまいぞ。
…本日の主役、総力戦研究所のスタッフ達の分析は的確であった。
現状得られる限りの情報を総動員して…未知の戦争の展開を誰もが納得いく形で解析し…。
結論は久保の内心と同じものであった。

アメリカと戦わば、日本必敗。

近衛総理以下、皆は黙りこくってしまう。
あまりにも正確かつ残酷な、数字のリアリズム。
が…
東條英機陸相が、口を開く。
「皆々様の、並々ならぬ努力と分析力は素晴らしい。
だが、戦争は、理ばかりを突き詰めて成り立つものではない。
あの日露戦争の事を思い浮かべて欲しい。
あの時も列強諸国は、我ら帝国が勝つなどと思っていなかった。
しかし結果は周知の通り。
戦争においては往々にして、数字や理屈をこえた要因が思わぬ結果をもたらすことがある。
総力戦研究所の諸君の分析は、あくまで一面の参考とさせてもらいたい。」

あの…発言宜しいでしょうか?
挙手したのは、他ならぬ久保拓也技術少佐。
一斉に視線がこちらを向く。

まず、誰だコイツは?



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