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Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい

お静かに、これは尾行です。9

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「私をここから解放しなさい!」
「ああ? うるせぇな、人質を逃がすわけないだろ」

 一人の男がそう言うと、他の男達もどっと笑いだす。
 まだ陽は高い時間だというのに盗賊のアジトは薄暗くて酒の臭いが充満しているような場所でした。
 盗賊に捕まった私はアジトの小屋に連れて行かれ、縄で縛られて床に転がされています。
 盗賊の数は十二人。狭い小屋の床には酒瓶が転がり、男達の自堕落な性質が窺い知れるというもの。
 今も村を襲う景気付けだといわんばかりに酒盛りをしているのです。

「こんな事が許されると思っているんですか?」

 早くここから逃げなければ、水を汲んで戻って来たイスラは私がいない事にひどく心配してしまうでしょう。
 しかし私の抵抗など男達にとっては歯牙にもかけないもので、一人の男が私に近づいてきます。
 男は私の前でしゃがむと酒臭い顔を近づけてきました。

「ピーピー煩せぇな。美人が台無しだぜ?」
「私に近づかないでください。不快です」

 男を睨みつける。
 そんな私に男は苛立ち、髪を掴まれて顔をあげさせられました。

「ッ、離しなさい……!」
「ああ? どこの貴族様か知らねぇけどお高く留まりやがってっ。自分の立場が分かってんのかよ!」
「あなた方こそ、自分達が何をしているか分かっているんですか?」
「もちろん分かってるぜ。あんたこそ、そろそろ今の自分の立場を理解しろよッ」

 男はそう言うと手に持っていた酒瓶を勢いよくグビグビと煽る。
 口端の酒を手で拭うとニヤリと笑って私を見ました。

「お前も飲むか? せっかくだ、仲良くしようぜ?」

 男はそう言ったかと思うと、突然私の口に酒瓶を突っ込みました。

「やっ?! あぐっ、ぅ……ゴホゴホッ」

 苦い液体が一気に注がれて激しく咳き込む。
 そんな私を男達は笑い、更に酒を注ぎこんできました。

「うっ、やめ……んぐッ、ゴホゴホッ……、うっ、ゴホゴホッ」

 強引に流し込まれる液体。
 喉が焼けるように痛い。
 しかもアルコールに慣れない私の体は熱くなって、頭の中が朦朧とし始めてしまう。

「どうだ、うめぇだろ? これは隣の街からかっぱらって来た上等な酒だぜ。感謝しろよ」
「あ、ぅ……んっ」

 ようやく酒瓶が空になり、口内から瓶口が引き抜かれます。
 口を手で押さえられて吐き出すことも許されず、無理やり酒を飲まされました。

「ふ、あ……」

 漏れる吐息が熱い。
 流し込まれたアルコールのせいでお腹の中もジンジン熱くて、視界がぼんやり霞みだす。
 思考がぐるぐる回って、上手く考える事もできなくなっていく。

「ん……ぅ」

 吐息とともに掠れた声が漏れる。
 ため息をつくと熱がこもっていて、体中が発熱したように熱くて、熱くて……。

「もしかして、もう酔ったのか?」

 見知らぬ男が私を覗き込む。
 男に気怠い視線を向けると、男の喉がごくりっと鳴りました。

「……おい、縄解けよ」

 男が私を凝視したまま言う。
 その言葉に他の男達も集まってきて私を取り囲む。
 ぼんやりした視界に映る男達の目は爛々として、餌を前にした獰猛な獣のよう。
 ……もしかして、私は獣に囲まれている?

「……わたしは、食料では、ありません……。食べても、……おいしく、ないですよ?……」

 吐息とともに説得しました。
 でも獣が離れてくれることはない。
 縄を解かれましたが、体が熱くて怠くて、腕を動かすのも億劫です。
 でも逃げなければと身を捩る。

「こないで、くださ……い」

 重たい腕を持ち上げて獣達を追い払おうとする。
 しかしその腕は掴まれ、抵抗は封じられました。

「あれくらいで酔ったのかよ」
「大変だ。介抱してやらねぇとな」
「ああ、俺達は優しいからな」

 獣達はニヤニヤしながらそう言うと私の体を撫でまわしだしました。
 服越しに腰や足を撫でられてくすぐったい。
 ……ああ、分かりました。この猛獣達は遊びたかったのですね。
 良かった。食べられたらどうしようかと思いました。

「ふふふ。こら、くすぐったいじゃないですか……」

 腰を撫でまわす獣の手に手を重ねる。
 他にも足や腹を弄られるけれど、まずは、あなたからです。

「こんなにたくさん、一度に、遊べません……。じゅんばん、です」
「順番だってよ」
「そりゃいいな。それじゃあ俺からだ」

 手を掴まえた獣が舌なめずりして私に伸し掛かる。
 私の胸元に顏を埋め、足を撫でまわしながら服の裾を捲りあげていく。
 徐々に足が露わにされていき、熱い体に外気が心地いい。
 でも。

「ああ、乱暴は、いけませんよ? わるい子、ですね……」

 胸元にある獣の頭を撫でてあげます。
 でも、いけないことはいけないことだと教えなければ。
 獣の輪郭を指でなぞり、そのまま口へと持っていく。きっとこの口はどんな肉も食らうのでしょうね。
 でも今はいけません。
 私は教えるように獣の口に指を当てました。そして。

「お座りしなさい」
「え?」

 獣がぎょっとして固まる。
 私は固まれとは言っていません、お座りしろと言ったのです。
 固まった獣にスゥッと目を細める。

「私はお座りしなさいと言っているのです。あなた、お座りもできないんですか?」

 いくら野生の獣でも躾は大事です。
 遊ぶのは、それからですよ。

「私と遊びたいのでしょう。お座りしなさい」
「……は、はい」

 獣が困惑しながらも私の前で正座しました。
 やれば出来るじゃないですか。
 私も正座して獣に手を伸ばす。
 言う事を聞いたなら、たくさん褒めてあげなければ。

「いい子ですね。お利口です」

 獣の喉を撫でてあげます。
 私、知っています。こうすると獣は喜ぶはず。クウヤとエンキは喉を撫でると喉を鳴らして喜ぶのですから。
 でもこの獣は不思議です。『ごくりっ』と唾は飲み込むけれどゴロゴロ喉を鳴らす音は聞こえない。
 獣の胸板に手を置いて喉に耳を近づけてみました。
 でもやっぱり聞こえません。こういう種類の動物もいるのですね。
 獣の胸板に手を置いたまま獣の顔を見上げます。
 目が合ったので、「いい子ですね」と目を細めて笑いかけてあげました。
 ああ、また喉がごくりっといいました。やはり喉はゴロゴロ鳴らないのですね。

「あなた、変わった獣ですね。……私の、知っている獣とは違いますが、まあいいでしょう」

 上手にお座りできたなら、次はこれです。
 私は獣の前にスッと手を差しだす。

「さあ、お手をしなさい」
「お、お手だと?!」
「なにか問題でも? あなたも立派な獣なら、お手くらい、したらどうですか」

 差し出した手を近づけます。
 獣は困惑したように固まってしまいましたが、少ししておずおずと手に手を乗せてきました。
 ああ、とてもお利口ですね。お手の完成です。
 でも他の獣たちがギョッとして騒ぎだす。

「おいっ、なにお手なんかしてんだ!」
「しっかりしろよ!」

 外野の獣が騒ぐけれど、上手にお手をした獣はどこか昂揚してハアハアと息を荒くしている。

「……やばい」
「はあ?」
「…………新しい扉が開きそうだ」
「はあああ?!」

 外野の獣たちがざわめく。
 しかし、お手をした獣はお手の体勢のままで動きません。最初は獰猛な野生の獣だと思いましたがお利口ではないですか。そろそろご褒美をあげなければいけませんね。

「あなた、いい子ですね。『待て』が出来るなんてお利口です。よしよし」

 獣の頭を撫で、喉を擽り、背中も撫でてあげます。
 お利口なのは良いことです。

「来なさい。ご褒美に遊んであげましょう」

 両手を広げて獣を誘う。
 すると獰猛な獣は鼻息を荒くして瞳をギラギラさせる。
 遊びたいのをずっと我慢していたのですね。いいでしょう、たくさん遊んであげましょう。

「ああ、たくさん遊んでくれよ。めちゃくちゃにしてやるっ……」

 獣がそう言って正座したままじりじり近づいてきましたが、その時。

「――――ブレイラ!!」

 バターン!!
 勢いよく扉が開かれる。
 耳に親しんだイスラの声。

「イスラ!!」

 瞬間、シャキーン! ぼんやりしていた意識が一瞬で覚醒しました。
 まるで清々しい朝の目覚めのよう。
 でも、目の前に私にお手をしているポーズの男がいて卒倒しそうになりました。

「わっ、気持ち悪いッ!」

 パシンッ! 男の手を払う。
 男もハッとした顔になり、夢から目覚めたように激昂します。
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