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第七章:皇太子は王女を欺けない
35:正直すぎる告白
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ヘレナが帰ってしまったと聞いて、スーは居心地の悪い気持ちになっていた。待機部屋にも壁面に並べられた玉案に料理が用意されている。
ルカと小さな卓につくと、給仕になりきっている護衛が、スーに料理を盛りつけた皿を差し出した。
「ありがとうございます」
広間の食事には手を付けなかったので、時刻的にお腹が空いているはずだったが、食べる気にはならない。スーは飲み物をもらって口に含む。
(ルカ様は、本当はヘレナ様と踊りたいのだろうな)
舞踏会に装いを変える会場を想像しながら、スーは思わずため息をついてしまう。
ルカの視線を感じて、スーはいけないと気を引き締めた。
「すこし疲れましたか?」
労るようなルカの声を切なく感じる。
「いいえ。とても楽しい……ですが……」
自分にとっては晴れ舞台だが、浮かれた笑顔で答えるのも間違えている気がして、スーは声が小さくなった。
「わたしばかりが楽しんだり、喜んだりしていて、すこし申し訳ない気がします」
前に打ち明けたように、ルカに好きな人がいるのなら、自分は立場を弁えなければならない。ルカとヘレナの関係に気づかず、無神経な振る舞いをしていたことに後悔が募る。
「……やはり、あなたはとてもわかりやすいですね」
ルカも食事に手をつけず、水だけを口にしている。
「どういう意味ですか?」
「ぜんぶ顔に出る」
自分の複雑な感情を見抜かれているのだと、スーは緊張がみなぎった。
笑おうとすると、笑顔がひきつりそうで笑えない。
ルカとヘレナの関係を邪魔したくない。応援したいと思っているのに、どうしても気持ちが暗くなってしまう。完全に切り替えるには、すこし時間が必要だった。
「申し訳ありません」
頭でわかっていても、簡単には割り切れないことがある。スーは扱いきれない感情に戸惑うばかりだ。
「ーーその調子だと、もう、あなたに名前を呼んでもらうことは難しくなりそうですね」
「え?」
ルカと名を呼ぶことも控えるべきなのだろうか。ようやく慣れて親しみを感じていたのに、諦めなければいけないのだろうか。
「殿下とお呼びした方が良いのでしたら、そういたします」
受け止めながらも、じわりと込み上げてくるものがあった。
(駄目、泣いたらルカ様を困らせる)
「私をなんと呼ぶのか、もうあなたの中で答えが出ているでしょう。大丈夫ですよ、スー。何も気をつかう必要はない。私はこれからもあなたを大切にします。だから、そんな顔をしないでください」
「――殿下こそ、わたしに気を使う必要はありません。前にも申し上げましたが、私はルカ様に好きな方がいらっしゃるのであれば、きちんと弁えます」
一息に伝えて、スーはぎりっと奥歯を噛み締める。噛み締めていないと、涙ぐみそうだった。
「……ヘレナのことを言っているのか」
呟くようなルカの声。スーは泣き出さないように、表情を意識しながら問い返した。
「他にも誰かいらっしゃるのですか?」
「――いえ、スーは私をどう呼びたいのですか」
「ですから、殿下とお呼びした方が良いのでしたら、そういたします」
「そうではなく、私にまつわる話を聞いて、嫌な気持ちになりませんでしたか?」
「なりました」
「……やはり、そうですか」
「勝手な想像から邪推をする自分が嫌になりました」
「邪推?」
不思議そうに首を傾けるルカを、スーは顔面に力を入れたまま見据える。泣き出さないように表情を固めていると、まるで睨みを効かせているようになったが、スーは一気にまくし立てる。
「ルカ様から聞いたわけでもないのに、勝手な想像をする自分がとても嫌です」
「勝手な想像……?」
「今日はいろんな方から、ルカ様にまつわるお話を聞きました」
そのまま伝えて良いのか迷っていると、ルカが打ち明ける。
「私が帝国の悪魔だと謳われていて、父を裏切って今の地位を手に入れた。犠牲を厭わず、とても冷酷である。そういう話ですか」
「――はい」
「それは全て事実です」
ルカは否定せずに頷く。
「本当のことであるというなら、わたしは受け止めます」
「恐ろしいと思わないのですか?」
「わたしは皇太子妃になるのですから、ルカ様が冷徹に行ってきたことは、政治的な問題なのだと理解しなければいけません。でも、ヘレナ様のことを知って、どうしてもこう考えてしまうのです。ルカ様はお父様の妃であったヘレナ様のために、手を下したのではないかと、そんな邪推をしてしまいます」
醜い告白をしてしまったと、スーは俯いてぎゅっと目を閉じる。後悔が込み上げたが、打ち明けてしまった言葉は取り消せない。嫉妬深く煩わしい女だと思われただろう。
「わたしにとっては、ルカ様はいつも優しくて思いやりに溢れています。わたしの知っているルカ様はそれが全てです。もし帝国の悪魔であっても、皇太子としてそのような側面を持たなければならないのだと理解します。でも、ヘレナ様のことだけは割り切れなくて、そんなふうに考える自分が、とても嫌です」
ヘレナを想っているルカに打ち明けても仕方がないが、気持ちはごまかせない。
スーは束の間の沈黙を、恐ろしく長く感じた。
「――あなたには驚かされる」
「え?」
おそるおそる顔を上げると、ルカが水の入ったグラスからスーに目を向ける。吸い込まれそうな青い瞳と視線が重なると、胸の内を暴露した自分の失態を思って、みるみる顔が火照った。
「皇太子妃として、どんなふうに出来事を捉えるべきなのか。私はスーの覚悟を甘く見ていたようです」
「わたしの覚悟?」
ルカと小さな卓につくと、給仕になりきっている護衛が、スーに料理を盛りつけた皿を差し出した。
「ありがとうございます」
広間の食事には手を付けなかったので、時刻的にお腹が空いているはずだったが、食べる気にはならない。スーは飲み物をもらって口に含む。
(ルカ様は、本当はヘレナ様と踊りたいのだろうな)
舞踏会に装いを変える会場を想像しながら、スーは思わずため息をついてしまう。
ルカの視線を感じて、スーはいけないと気を引き締めた。
「すこし疲れましたか?」
労るようなルカの声を切なく感じる。
「いいえ。とても楽しい……ですが……」
自分にとっては晴れ舞台だが、浮かれた笑顔で答えるのも間違えている気がして、スーは声が小さくなった。
「わたしばかりが楽しんだり、喜んだりしていて、すこし申し訳ない気がします」
前に打ち明けたように、ルカに好きな人がいるのなら、自分は立場を弁えなければならない。ルカとヘレナの関係に気づかず、無神経な振る舞いをしていたことに後悔が募る。
「……やはり、あなたはとてもわかりやすいですね」
ルカも食事に手をつけず、水だけを口にしている。
「どういう意味ですか?」
「ぜんぶ顔に出る」
自分の複雑な感情を見抜かれているのだと、スーは緊張がみなぎった。
笑おうとすると、笑顔がひきつりそうで笑えない。
ルカとヘレナの関係を邪魔したくない。応援したいと思っているのに、どうしても気持ちが暗くなってしまう。完全に切り替えるには、すこし時間が必要だった。
「申し訳ありません」
頭でわかっていても、簡単には割り切れないことがある。スーは扱いきれない感情に戸惑うばかりだ。
「ーーその調子だと、もう、あなたに名前を呼んでもらうことは難しくなりそうですね」
「え?」
ルカと名を呼ぶことも控えるべきなのだろうか。ようやく慣れて親しみを感じていたのに、諦めなければいけないのだろうか。
「殿下とお呼びした方が良いのでしたら、そういたします」
受け止めながらも、じわりと込み上げてくるものがあった。
(駄目、泣いたらルカ様を困らせる)
「私をなんと呼ぶのか、もうあなたの中で答えが出ているでしょう。大丈夫ですよ、スー。何も気をつかう必要はない。私はこれからもあなたを大切にします。だから、そんな顔をしないでください」
「――殿下こそ、わたしに気を使う必要はありません。前にも申し上げましたが、私はルカ様に好きな方がいらっしゃるのであれば、きちんと弁えます」
一息に伝えて、スーはぎりっと奥歯を噛み締める。噛み締めていないと、涙ぐみそうだった。
「……ヘレナのことを言っているのか」
呟くようなルカの声。スーは泣き出さないように、表情を意識しながら問い返した。
「他にも誰かいらっしゃるのですか?」
「――いえ、スーは私をどう呼びたいのですか」
「ですから、殿下とお呼びした方が良いのでしたら、そういたします」
「そうではなく、私にまつわる話を聞いて、嫌な気持ちになりませんでしたか?」
「なりました」
「……やはり、そうですか」
「勝手な想像から邪推をする自分が嫌になりました」
「邪推?」
不思議そうに首を傾けるルカを、スーは顔面に力を入れたまま見据える。泣き出さないように表情を固めていると、まるで睨みを効かせているようになったが、スーは一気にまくし立てる。
「ルカ様から聞いたわけでもないのに、勝手な想像をする自分がとても嫌です」
「勝手な想像……?」
「今日はいろんな方から、ルカ様にまつわるお話を聞きました」
そのまま伝えて良いのか迷っていると、ルカが打ち明ける。
「私が帝国の悪魔だと謳われていて、父を裏切って今の地位を手に入れた。犠牲を厭わず、とても冷酷である。そういう話ですか」
「――はい」
「それは全て事実です」
ルカは否定せずに頷く。
「本当のことであるというなら、わたしは受け止めます」
「恐ろしいと思わないのですか?」
「わたしは皇太子妃になるのですから、ルカ様が冷徹に行ってきたことは、政治的な問題なのだと理解しなければいけません。でも、ヘレナ様のことを知って、どうしてもこう考えてしまうのです。ルカ様はお父様の妃であったヘレナ様のために、手を下したのではないかと、そんな邪推をしてしまいます」
醜い告白をしてしまったと、スーは俯いてぎゅっと目を閉じる。後悔が込み上げたが、打ち明けてしまった言葉は取り消せない。嫉妬深く煩わしい女だと思われただろう。
「わたしにとっては、ルカ様はいつも優しくて思いやりに溢れています。わたしの知っているルカ様はそれが全てです。もし帝国の悪魔であっても、皇太子としてそのような側面を持たなければならないのだと理解します。でも、ヘレナ様のことだけは割り切れなくて、そんなふうに考える自分が、とても嫌です」
ヘレナを想っているルカに打ち明けても仕方がないが、気持ちはごまかせない。
スーは束の間の沈黙を、恐ろしく長く感じた。
「――あなたには驚かされる」
「え?」
おそるおそる顔を上げると、ルカが水の入ったグラスからスーに目を向ける。吸い込まれそうな青い瞳と視線が重なると、胸の内を暴露した自分の失態を思って、みるみる顔が火照った。
「皇太子妃として、どんなふうに出来事を捉えるべきなのか。私はスーの覚悟を甘く見ていたようです」
「わたしの覚悟?」
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