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第七章:再現される光景

31:信憑性のないカバさんの説明

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 幼いわたしは震える声で次郎君に説明をはじめる。

「えっと、その、……初めて見たとき、コスモスの妖精さんが現れたのかと思って……それで、その、名前も知らないから、勝手に妖精さんという愛称で親しんでいてーー、その、思わず……」

 恥ずかしすぎる脳内妄想から生まれた、次郎君の愛称。
 そして、包み隠さず全てを白状してしまう、中学生のわたし。
 全く記憶にないけど、間違いない。彼女は紛れもなくわたしだ。思わずわたしの顔まで熱くなってしまう。

「妖精さん……」

 今より少しだけあどけなさの残る次郎君は、まじまじと中学生のわたしを見ている。

「――へ、変なやつ」

 ブハッと何かが弾けるように、次郎君が笑い出した。さっきまでの剥き出しの警戒心が緩んだのがわかる。彼の目の前に立つわたしは、顔だけでなく耳も首筋まで真っ赤にして俯いている。

 穴があったら入りたいと思っているに違いない。

 でも、側から見守っているわたしには、笑ってくれた次郎君の変化が伝わってくる。表情がさっきよりも、とても柔らかくなった。

「俺は、――次郎。時任次郎だよ。いま中三。おまえは? 何年?」

「あ……」

 恥じ入っていたわたしが、ガバッと顔をあげる。ようやく彼女にも次郎君の変化がわかったみたいだ。

「わたしはまだ中一です。妖せ……じゃなくて、あの、次郎君は先輩ですね」

 今と同じように、次郎君とわたしは二年違い。
 設定は今に繋がるけれど、わたしにはこんな出会いは記憶にない。こんな出会いを果たしていたら、絶対に忘れるわけがない。本当に次郎君の思い出した過去なのだろうか。

 目の前で和やかに会話をはじめた次郎君と中学生のわたしから視線を外し、傍らをふよふよと浮遊しているカバさんを見る。
 カバさんのイタズラ、または何かを企んでいるだけじゃないだろうか。

「お嬢ちゃん、なんや、その疑り深そうな目は」

「こんなのわたしの記憶にないよ。カバさんにとっては、作り話みたいなもの? それを見せて面白がってたりしてない?」

「……あんた、頭が悪いねんな」

「ええ!?」

 不躾な言葉に、思わずイラッとしてしまう。

「この世界は変更されとるんやで。ジローが忘れていたように、お嬢ちゃんも忘れてるだけや。――いや、そうか。なかったことにされてるから、忘れてるっていうのも変か」

「なかったことにされている? どうやって? 何かが起きても、世界は正しい筋道へと復元されるんじゃなかったっけ」

 一郎さんにはそう聞いた気がする。

「そうやな。エラーが修正されたら復元されるわ」

「エラー?」

 ふよふよと浮遊していたカバさんがすっとこちらを向いた。気のせいだろうか。同じに見えるはずのぬいぐるみの表情に、得体の知れない悪意を感じる。

「そうや。本来ありえないエラーが起きたままやと、世界は復元できへんねん」

「ん? じゃあ、今もエラーが起きたままっていうこと? もしかしてジュゼットのこと?」

「ちゃうで。姫さんのことも影響のうちには入るやろうけど」

「それって、一体どんなエラーなの? 一郎さんや次郎君にもどうにもできないの?」

 そもそもカバさん以外に、世界が変更されていることを知っている人はいるのだろうか。
 コスモス畑で出会った次郎君とわたし。なかったことにされた過去。
 わからない。カバさんの与えてくれる情報を信じて良いのかも、わからない。

「お嬢ちゃん」

 ニタァとカバさんが笑う。

「これはな、イチローが望んだエラーや。わしは望み通りにしただけ。そこから形作られた世界はイチローのもんや。あいつが何を考えとるかは、わしにもようわからんけど。とにかく、あんたとジローのこっちの出会いはなかったことにされてるねんで」

「どうして一郎さんがそんな事しなくちゃいけないわけ?」

 ダメ。やっぱりカバさんのいう事は信じられない。そういえば、一郎さんもカバさんの話は支離滅裂だと言っていた。

「なんでそんな事をするかって、わしも知らんがな。イチローに聞いてや」

 挙げ句の果てに、カバさんは一郎さんに話を丸投げする。ダメだ、こりゃ。信憑性のかけらもない。
 大きくため息をつくわたしの目の前を、カバさんがふよふよと横切った。

「とりあえず、あんたら二人の出会いは見たやろ。次にいこか」

「え? 次って?」

 すっとカバさんの姿が、何もないはずの空間に突っ込んだ。途端に一面のコスモス畑で繰り広げられていた情景に、ゆらりと波紋が広がる。

「わ!」

 すぐに揺らぐ世界に飲み込まれてしまう。咄嗟に目を閉じたわたしに「お嬢ちゃん、続きやで」と、耳もとでカバさんの声がした。

「え?」

 一面がピンクのコスモス畑はどこにもない。連続しない世界。
 わたしは新しい情景の中に立っていた。
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