妹に婚約者を寝取られた令嬢、猫カフェで癒しのもふもふを満喫中! ~猫カフェに王子と宮廷魔法使いがいて溺愛はじまりました!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
4 / 5

4、いいぞ、もっと僕を乱してくれ

しおりを挟む

「今、動かないでって私におっしゃったのですか?」
「そうだ、うるわしのレディ!」
「う、麗し……私はシャルロットと申します」
「僕はカジミールだ、レディ・シャルロット」
   
 カジミールと名乗った青年は、20代の前半くらいの年頃だろうか。店員のエミルさんが呆れたように声をかけている。

「カジミール様、ナンパがお下手ですね」
「ナンパではないよ、エミル」
「どうだか」

 エミルさんが「様」という敬称をつけている。身分が高い方なのかもしれない。 
 
 カジミール様は猫のお面をかぶってて、身なりがいい。顔を隠していてもわかってしまう美形ぶり。
 やわらかにウェーブを描く白髪は、後ろでゆるくひとつに結わえてリボンをつけていている。
 お面から覗く瞳の色は、お花のような薄紫だ。きれい!
 
 スケッチブックとペンを持って座り込んでて。……私と猫を一心不乱に描いている!
 
 その傍らには彼が今まで描いたらしき愛玩用絵画ミニアチュールが束のようにまとめられた荷物があって、私は妹からの頼まれごとを思い出した。
 
「カジミール様が描かれたのですか? 色の変化が繊細で味があって、優しい画風――」
「褒めてくれてありがとう。ふふっ、すごくうれしいよ」
 
「そういえば、妹が愛玩用絵画ミニアチュールを欲しがっているんです。よろしければ一枚、何か買わせていただけますか?」
「もちろん、ご購入ありがとう! けれど、今描いている一枚を描き終えてからでもいいかな? 眠る猫に慈愛の表情を浮かべる君が女神のようで、心が昂ってならないんだ」
 
「ふぇっ……め、めがみだなんて」
 
 頬が赤くなる。
 今まで異性にこんなに情熱的に褒められたことはなかったので、耐性がないのだ。

「ああ~~、いいね。うんうん、その恥じらっている表情、グッとくるよ。最高だ。こんなに女性の姿に心が乱されたのは初めてかもしれない。いいぞ、もっと僕を乱してくれ……!」
   
 カジミール様はうっとりして、情熱的にハァハァ言いながら手を動かしている。
 こ、この人、大丈夫!?
 
 カジミール様は照れている私を見て、いっそう熱心に「そのあどけない瞳が可愛い!」「褒められて頬を染めているのが初々しい!」「嬉しさにもじもじしている花のような唇が実に微笑ましい!」と褒めちぎった。

「あ、あ、あまり褒めないでください! 慣れていないので、情緒がどうにかなってしまいそう」
「どうにかなっている表情も、見てみたい!」
「ええっ!?」
 
 困惑していると、エミルさんが助けてくれる。
 
「こらこらぁ~、初対面でしょうに。頭を冷やしてくださぁい」
 
 私たちの間に置かれたのは、焼き菓子とホットミルクが載せられたトレイだ。
 こんがりとした焼き色を魅せる窯焼きのお菓子は、エショデという。
 
「みゃっ……?」

 ミルクの香りで、眠っていた灰色の猫が顔をあげる。ふんふんと匂いを嗅ぐ小さな鼻に、くりくりした目が可愛い!

「はぁい、キミの分はこちら」
 
 エミルさんが猫用お皿を置くと、他の猫たちも寄ってくる。

「みゃー」
「にゃあ~」
「うーにゃっ」

 すごいっ、猫の密集地帯ができてる! もふもふ~~っ!
 
 あ、でも待って。魔眼に何か視える。

「エミルさん。この猫さん、口内炎があるみたいです」
「おや、どれどれ。あー、ほんとうだ。痛かったでしょう、可哀想に。よく気づきましたね、お客さん」

 エミルさんは猫に口内炎用のお薬を処方し、「あとで歯石もお掃除しましょうね」と声をかけた。そして、カジミールを見た。
 
「殿下も休息なさってくださいね」
  
 ちゃっかり背中を撫でたりして恍惚となっていると、カジミール様は猫のお面を脱いでホットミルクをすすった。その瞬間、現れた素顔の美しさに、店のあちらこちらから感嘆の吐息がこぼれる。
 
 秀麗な眉。優しげな薄紫の瞳。
 鼻梁は高くすっと通っていて、匂い立つような気品がある。
 世の貴婦人たちが羨望の眼差しを向けずにいられないような白皙の美貌は、完璧すぎて男性まで顔を赤らめて見入っている。

 ところで今、「殿下」と聞こえたような。
 気のせい? 気のせいだよね?

「ありがとう。でもお前のせいでモチーフが動いて絵の続きが描けなくなってしまったよ? ひどい」
「はしゃぎすぎでしたから、ね」
 
 店員さんは呆れた顔でカジミール様に何か粉のようなものを振りかけた。
 すると。

「にゃーーーーーー‼」
「うにゃぁん♪」

「わ、わっ!」

 猫たちがカジミール様に殺到して、全身によじのぼったりすりすりしている。
 
「特製またたび粉です。猫まみれの刑で反省してくださぁい」
 
 店員さんがけらけら笑って、カジミール様は猫にもみくちゃにされて「これ、結構うれしいぞ」と笑っている。こういうお店にいるのだから当たり前だけど、この人も猫好きなのだ。
 
 猫にまみれながらこちらを見る瞳は、キラキラしていた。

「レディ・シャルロットは、明日からこの店で働くのだったっけ。僕も毎日来る……特別料金を払うから、勤務時間の一部を絵のモデルとして過ごす時間にしてくれないかな?」

 あんまり一心に見つめられると、変な表情をしてないか気になってしまう。

「……私でよければ」 
「キミがいい!」
 
 こうして私は、猫カフェのお手伝いをしつつ、彼の絵のモデルになった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

私の夫は妹の元婚約者

彼方
恋愛
私の夫ミラーは、かつて妹マリッサの婚約者だった。 そんなミラーとの日々は穏やかで、幸せなもののはずだった。 けれどマリッサは、どこか意味ありげな態度で私に言葉を投げかけてくる。 「ミラーさんには、もっと活発な女性の方が合うんじゃない?」 挑発ともとれるその言動に、心がざわつく。けれど私も負けていられない。 最近、彼女が婚約者以外の男性と一緒にいたことをそっと伝えると、マリッサは少しだけ表情を揺らした。 それでもお互い、最後には笑顔を見せ合った。 まるで何もなかったかのように。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

侯爵様と婚約したと自慢する幼馴染にうんざりしていたら、幸せが舞い込んできた。

和泉鷹央
恋愛
「私、ロアン侯爵様と婚約したのよ。貴方のような無能で下賤な女にはこんな良縁来ないわよね、残念ー!」  同じ十七歳。もう、結婚をしていい年齢だった。  幼馴染のユーリアはそう言ってアグネスのことを蔑み、憐れみを込めた目で見下して自分の婚約を報告してきた。  外見の良さにプロポーションの対比も、それぞれの実家の爵位も天と地ほどの差があってユーリアには、いくつもの高得点が挙げられる。  しかし、中身の汚さ、性格の悪さときたらそれは正反対になるかもしれない。  人間、似た物同士が夫婦になるという。   その通り、ユーリアとオランは似た物同士だった。その家族や親せきも。  ただ一つ違うところといえば、彼の従兄弟になるレスターは外見よりも中身を愛する人だったということだ。  そして、外見にばかりこだわるユーリアたちは転落人生を迎えることになる。  一方、アグネスにはレスターとの婚約という幸せが舞い込んでくるのだった。  他の投稿サイトにも掲載しています。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

殿下は私を追放して男爵家の庶子をお妃にするそうです……正気で言ってます?

重田いの
恋愛
ベアトリーチェは男爵庶子と結婚したいトンマーゾ殿下に婚約破棄されるが、当然、そんな暴挙を貴族社会が許すわけないのだった。 気軽に読める短編です。 流産描写があるので気をつけてください。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。 失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。 そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……! 悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

処理中です...