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4、いいぞ、もっと僕を乱してくれ

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「今、動かないでって私におっしゃったのですか?」
「そうだ、うるわしのレディ!」
「う、麗し……私はシャルロットと申します」
「僕はカジミールだ、レディ・シャルロット」
   
 カジミールと名乗った青年は、20代の前半くらいの年頃だろうか。店員のエミルさんが呆れたように声をかけている。

「カジミール様、ナンパがお下手ですね」
「ナンパではないよ、エミル」
「どうだか」

 エミルさんが「様」という敬称をつけている。身分が高い方なのかもしれない。 
 
 カジミール様は猫のお面をかぶってて、身なりがいい。顔を隠していてもわかってしまう美形ぶり。
 やわらかにウェーブを描く白髪は、後ろでゆるくひとつに結わえてリボンをつけていている。
 お面から覗く瞳の色は、お花のような薄紫だ。きれい!
 
 スケッチブックとペンを持って座り込んでて。……私と猫を一心不乱に描いている!
 
 その傍らには彼が今まで描いたらしき愛玩用絵画ミニアチュールが束のようにまとめられた荷物があって、私は妹からの頼まれごとを思い出した。
 
「カジミール様が描かれたのですか? 色の変化が繊細で味があって、優しい画風――」
「褒めてくれてありがとう。ふふっ、すごくうれしいよ」
 
「そういえば、妹が愛玩用絵画ミニアチュールを欲しがっているんです。よろしければ一枚、何か買わせていただけますか?」
「もちろん、ご購入ありがとう! けれど、今描いている一枚を描き終えてからでもいいかな? 眠る猫に慈愛の表情を浮かべる君が女神のようで、心が昂ってならないんだ」
 
「ふぇっ……め、めがみだなんて」
 
 頬が赤くなる。
 今まで異性にこんなに情熱的に褒められたことはなかったので、耐性がないのだ。

「ああ~~、いいね。うんうん、その恥じらっている表情、グッとくるよ。最高だ。こんなに女性の姿に心が乱されたのは初めてかもしれない。いいぞ、もっと僕を乱してくれ……!」
   
 カジミール様はうっとりして、情熱的にハァハァ言いながら手を動かしている。
 こ、この人、大丈夫!?
 
 カジミール様は照れている私を見て、いっそう熱心に「そのあどけない瞳が可愛い!」「褒められて頬を染めているのが初々しい!」「嬉しさにもじもじしている花のような唇が実に微笑ましい!」と褒めちぎった。

「あ、あ、あまり褒めないでください! 慣れていないので、情緒がどうにかなってしまいそう」
「どうにかなっている表情も、見てみたい!」
「ええっ!?」
 
 困惑していると、エミルさんが助けてくれる。
 
「こらこらぁ~、初対面でしょうに。頭を冷やしてくださぁい」
 
 私たちの間に置かれたのは、焼き菓子とホットミルクが載せられたトレイだ。
 こんがりとした焼き色を魅せる窯焼きのお菓子は、エショデという。
 
「みゃっ……?」

 ミルクの香りで、眠っていた灰色の猫が顔をあげる。ふんふんと匂いを嗅ぐ小さな鼻に、くりくりした目が可愛い!

「はぁい、キミの分はこちら」
 
 エミルさんが猫用お皿を置くと、他の猫たちも寄ってくる。

「みゃー」
「にゃあ~」
「うーにゃっ」

 すごいっ、猫の密集地帯ができてる! もふもふ~~っ!
 
 あ、でも待って。魔眼に何か視える。

「エミルさん。この猫さん、口内炎があるみたいです」
「おや、どれどれ。あー、ほんとうだ。痛かったでしょう、可哀想に。よく気づきましたね、お客さん」

 エミルさんは猫に口内炎用のお薬を処方し、「あとで歯石もお掃除しましょうね」と声をかけた。そして、カジミールを見た。
 
「殿下も休息なさってくださいね」
  
 ちゃっかり背中を撫でたりして恍惚となっていると、カジミール様は猫のお面を脱いでホットミルクをすすった。その瞬間、現れた素顔の美しさに、店のあちらこちらから感嘆の吐息がこぼれる。
 
 秀麗な眉。優しげな薄紫の瞳。
 鼻梁は高くすっと通っていて、匂い立つような気品がある。
 世の貴婦人たちが羨望の眼差しを向けずにいられないような白皙の美貌は、完璧すぎて男性まで顔を赤らめて見入っている。

 ところで今、「殿下」と聞こえたような。
 気のせい? 気のせいだよね?

「ありがとう。でもお前のせいでモチーフが動いて絵の続きが描けなくなってしまったよ? ひどい」
「はしゃぎすぎでしたから、ね」
 
 店員さんは呆れた顔でカジミール様に何か粉のようなものを振りかけた。
 すると。

「にゃーーーーーー‼」
「うにゃぁん♪」

「わ、わっ!」

 猫たちがカジミール様に殺到して、全身によじのぼったりすりすりしている。
 
「特製またたび粉です。猫まみれの刑で反省してくださぁい」
 
 店員さんがけらけら笑って、カジミール様は猫にもみくちゃにされて「これ、結構うれしいぞ」と笑っている。こういうお店にいるのだから当たり前だけど、この人も猫好きなのだ。
 
 猫にまみれながらこちらを見る瞳は、キラキラしていた。

「レディ・シャルロットは、明日からこの店で働くのだったっけ。僕も毎日来る……特別料金を払うから、勤務時間の一部を絵のモデルとして過ごす時間にしてくれないかな?」

 あんまり一心に見つめられると、変な表情をしてないか気になってしまう。

「……私でよければ」 
「キミがいい!」
 
 こうして私は、猫カフェのお手伝いをしつつ、彼の絵のモデルになった。
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