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2、協奏のキャストライト

66、三人の婚約者候補とお誕生日の贈り物

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 好奇心いっぱいの視線が注がれていても、婚約者候補たちは気にする様子がない。彼らは基本、注目されることに慣れているのだ。
 
 扉の近くで一瞬、牽制けんせいし合うように、互いの従者たちが視線を交差させている。
 空国勢は「こっちは客だぞ。客に譲れ!」といった視線。
 青国勢は「青国は被害者だぞ! 呪術師に踊らされて侵略した癖に!」と無言の敵意を返している。
 先の短期戦乱において青王が暗躍する呪術師だった青国と、踊らされて侵略した空国は、現在、仲良く紅国に支援・指導されている最中である。
 
「どうぞどうぞ」  
「どうぞどうぞ」
 
 そんな従者たちの視線を遮るようにして、シューエンとハルシオンが順番を譲り合う。結果、先にプレゼントを差し出したのは、シューエンだった。

「ではお先に。お譲りくださり、ありがとうございます!」
 シューエンは礼儀正しく言ってからプレゼントを差し出した。
 プレゼントはマントだった。光沢があり、肌触りが滑らかで上品な印象。
「フィロシュネー殿下! 僕からの贈り物はこの『リフレクシオ・マント』でございます」
「素敵なマントね。リフレクシオは、反射とかそういう意味だったかしら……ありがとう、シューエン」
「ドレスの上から着用なさってもよし、床に敷いてもよしでございます! フィロシュネー殿下に悪意や害意を抱く者が触れると攻撃してくれるマントでございまして。野良じいさんとお孫さんが夜なべして作ってくれました」
「ご自分が作ったことにして他人の功績を奪わないのは、シューエンの素敵なところですわね」

 フィロシュネーがマントを他のプレゼントと一緒に置くと、その周囲にいた学友たちが「きゃっ」と距離を取る。わかりやすく怯えている。
 みなさん? やましい心がありますの?
 
 シューエンに続き、ハルシオンがプレゼントの箱を見せてくれる。
 
「シュネーさん、本日は大役をお疲れ様でした。私は見ていて胸が熱くなりました。シュネーさんの晴れ舞台に感極まって上空に呪術で花火を打ち上げそうになって、弟にしかられてしまいましたよ。えへへ……恥ずかしいな……」 

 ハルシオンは照れた様子で瞳を伏せがちにしつつ、プレゼントの箱を開けて、空色の宝石が光る指輪を右手の中指にはめてくれた。
 
「オルーサが使っていた『うつろいの術』……自分や他者を別の存在に変える術。私は最近、あの術を研究しています。この指輪に呪文を唱えると、王族の特徴的な目を常人の目と同じように見せかけることができるのですよ」
「ありがとうございます、ハルシオン様。それで、呪文というのは?」
「じゅ、じゅじゅ、呪文は……」
 
 ハルシオンの頬がほわほわと紅潮する。視線がそっと逸らされる様子は、恥じらう青少年、といった風情。
 
「そのう、作った時のハイテンションで、『だいすき、ハルシオン様』と設定してしまいました……」
 ハイテンションが目に浮かぶようだ。
 その後で正気に戻って「なんて呪文を!」と悲鳴をあげるところまでセットで。
 フィロシュネーは生暖かい眼差しで、恥じらうハルシオンに微笑んだ。
 
 学友たちが「まあ、大好きって言わせたいんですね」とか「無理やり言わせようとなさるのが、ちょっと残念ね。やっぱり心をこめて、言いたくなってから言わないと」とかコメントし合っている。ハルシオンの後方にいる彼の騎士たち、ミランダとルーンフォークは主君贔屓な様子で「可愛らしいじゃないですか」「設定しちゃったのですから仕方ないですよね」と言葉を交わしている。
 
「すみません。シュネーさん」
 ハルシオンは胸の前でぎゅっと手を組み、おねだりをした。
「でも、もしよろしければ一言、試しに呪文を唱えてみてくださいますか。一生のお願いです」
「一生のお願いをそんな一言で使ってよろしいのですかハルシオン様? もうちょっと一生を大切にしましょうハルシオン様?」
 
 一生懸命だ。これは断りにくい――フィロシュネーは指輪に呪文を唱えた。

(思えば、『大好きなカントループ』が『だいすき、ハルシオン様』に変わっただけじゃない……そんなに恥ずかしがることじゃ、ないわ)
「だいすき、ハルシオン様」

 そっと呟けば、魔法が発動した気配が感じられる。

「……っ」
 そして目の前のハルシオンは胸をおさえて悶絶している。嬉しかったらしい。
「だ、大丈夫ですかハルシオン様。お水飲みますかハルシオン様」
「だ、大丈夫です……ありがとうございます……私は満足しました。なんか、幸せな気持ちになりました」
(こ、こんな一言でこれほど喜んでくださって……)
 フィロシュネーは心配になった。

「シュネーさん」
 ハルシオンの手がすすっと伸びて、フィロシュネーの手を握る。「おおっ」と周囲から好奇心いっぱいの声が聞こえた。完全に見世物状態だ。
「シュネーさんの右手に中指があってよかった。今日も元気に呼吸して瞬きして、心臓が動いているあなたに感謝しています。本当に、ありがとうございます」
 
「お礼の仕方に全く色気がなくて、いろいろ台無しでございます!」
 シューエンが茶々を入れている。ちょっと安心したような顔をしながら。 
「ですよねぇ。自分でもそう思います、アハ」
 ハルシオンはパッと手を放し、一歩引いて優美に一礼した。 
 退室する彼に付き従う騎士たちは「健全でよかったと思いますよ、殿下」とか「頑張りましたね」とか声をかけている。
 
「指輪を贈るとはやられましたね。僕、指輪は重いかと思って遠慮したのに……ぐやじい……」
 悔しがるシューエンを、オリヴィアが慰めている。オリヴィアはアインベルグ侯爵家の嫡男、つまりシューエンの兄に嫁ぐ予定なのだ。
 
「フィロシュネー殿下、紅国のノイエスタル準男爵様から贈り物が届いていますよ」
 侍女のジーナが教えてくれたのはそんなタイミングだった。
「まあ、ノイエスタル準男爵様というのは、わたくしが知っているサイラスのことかしら。準男爵になったというお知らせは今初めて聞いたのだけど、とてもおめでたいのではないかしら」
「リュウガイ関連で功績をあげられたのだとか」
「噂のリュウガイね。よくわからないけど、功績をあげているのは素晴らしいわ」
 
 可愛らしくラッピングされた箱には、大きなクマのぬいぐるみが入っている。ぬいぐるみには大粒の宝石のペンダントがつけられている。
 茶色の地色に黒色で十字模様が特徴の落ち着いた雰囲気の宝石は『キャストライト』――空晶石とか十字石とか呼ばれる石によく似ていた。

「メッセージカードがついているわ。『最近になって紅国で流行している(?)、とても価値のある魔宝石です』……ま、待って。(?)ってなあに。あと、お誕生日おめでとう、というメッセージがないわ。そのメッセージを忘れちゃだめでしょう、サイラスぅ」
 
 ちょっぴり唇をとがらせつつ、フィロシュネーはぬいぐるみを抱きしめた。ふわふわで可愛い!

 ――と、抱きしめた瞬間。

『お誕生日おめでとうございます、俺のお姫様』
「!?」

 なんとクマのぬいぐるみから音声のメッセージが!
 誰かさんの声で! まるですぐそばで囁かれたように!

「えぇっ!?」
「きゃー! お声が聞こえましたわー!」
 学友団も大騒ぎ。

 調べたところ、どうも一度きり発動するタイプの特殊な魔法がかけられていたらしい。
 
 俺のって言ってた!
 俺のお姫様って!

「みなさん、お聞きになりまして? 今のがわたくしの騎士です! とっても大人で、とっても素敵な方なのですわ!」 
 
「フィロシュネー殿下の騎士ではなくて、あちらの女王の騎士でございま、むぐっ」  
 シューエンがツッコミを入れてオリヴィアに口を塞がれている。
「無粋な突っ込みは好感度を下げてしまいますわよ、将来の義理の弟様」

 こうしてフィロシュネーは、お誕生日をしっかりとお祝いしてもらえたのだが、数刻後、うっかり『リフレクシオ・マント』に触れた学友が軽い怪我をしてしまうという残念な事件が起きてしまった。しかも、翌日にはまた別の事件も起きてしまうのだった。
 
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