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幕間のお話2

154、フィロシュネーと当て馬を幸せにする会

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 以前、この城を歩いた時は「下賤」と蔑まれても聞こえないフリをしていたが、現在そんな言葉を聞いたなら国際問題にしてやろう――サイラス・ノイエスタルは不穏なことを考えながら懐かしい城を歩いていた。
 
「長く留守になさって大丈夫なのですか? その、神殿ですとか」
 
 上目がちに問いかける婚約者フィロシュネーは、愛らしい。成長したと感じるときもあるが、こうして隣を歩いているとやっぱりまだまだ子供だとも思う。
 
「まったく問題ありません」
「騎士団のお仕事は……よろしいの……? あの、決して帰れと申し上げているわけではないのだけど」
 
 仕事を気遣いつつ誤解されないように補足する声が健気で愛おしい。思わず頭を撫でたくなりながら、サイラスは微笑んだ。
 
「女王陛下が休暇を許してくださったので」
 
 女王は最近、体調が良いらしい。その理由として、青国の王族兄妹が治癒魔法を使ったことが考えられている。もともとが「わらわの騎士の恋愛、大いに応援します。後で報告会です! 恋の話大好き、にやにや……」というスタンスの女王だったが、女王の暗黒郷贔屓には拍車がかかっていた。

「ギネスさんがお仕事頑張っているのでしょうね」
「そういえばギネスに子供ができるようですよ」
「まあ、お祝いのお手紙とプレゼントを贈らなきゃ」
  
 祝いの品が何がいいかを語らいながら茶会の場に行けば、かぐわしい匂いがふんわりと鼻腔をくすぐる。令嬢たちの控えめな香水と、紅茶の香りだ。

 空をイメージした美しい部屋に、フィロシュネーの学友令嬢たちが集まっている。普通の茶会と違うところは、本が多いという点だろうか。各令嬢の椅子の両脇にタワーのように本が積まれている……。

「ご機嫌麗しゅう、姫様、神師伯様」
「当て馬を幸せにする会へようこそ」
  
 花がほころぶように可憐に伝統的な礼をする令嬢たちは、女王の寵姫たちと雰囲気が似ている。寵姫たちが「ノイエスタル様をスパダリにしましょうっ」と盛り上がるようなテンションで「アランをみんなで幸せにしましょうっ」「はーい!」と楽しそうにしている。
 
(しかし「アランを幸せに」という感性はあまり理解ができないが)
 アランは本の中の登場人物だ。物語が終わった後に「幸せにしましょう」とは、一体……。
 
 恋愛物語にはそれなりに詳しくなったつもりのサイラスだったが、物語の楽しみ方というのは奥が深いようだった。

 
 * * *
 

 ――空国、王都サンドボックス。
 
 白亜の壁に歴代の王や預言者の姿絵を飾る王兄の執務室にて、ルーンフォークは主君ハルシオンを見守っていた。
 
「当て馬とは雌馬の発情をうながすための雄馬のことをいいますね、ミランダ」
「ええ、殿下」
「シュネーさんは……なぜ普通の馬ではなく当て馬にご興味が? 思春期?」
「殿下、姫殿下が研究なさっている当て馬は動物の当て馬ではなく、恋愛物語の当て馬キャラクターですよ」
「レンアイものがたり」
 
 空国の王都サンドボックスで、王兄ハルシオンは書類に視線を落としたまま騎士ミランダと語っている。書類を捌きながら語る内容はふわふわしていた。
 
「ミランダ。つまりシュネーさんは私を研究している……?」
「まあ殿下。殿下は物語の当て馬キャラクターではありません。生身のハルシオン殿下です」
「私のことを研究してくれるなら、嬉しいな。んぇへへ。私は研究してもらいたい」
「殿下、あいにくですが、青国の姫殿下たちが研究なさっているのはアランという架空のキャラクターのようです」
「ミランダなんて嫌いです……」
「殿下……っ」

 殿下たちがお元気でなにより、と壁際で見守っているルーンフォークは生暖かい目になった。
 呪術が使えなくなったのがよかったのだろうか――対外的には、使えなくなった事実を秘匿しているが。ハルシオンは以前のように超然とした「カントループ」の気配を見せる機会がグッと減って、より年齢相応の青年らしい気配を強めている。
 
「そういえば『失恋濃厚会』って『失恋しました会』に名前を変えるべきじゃないかな。どうせ濃厚だった全員が失恋したんじゃないかな? どうしよう、成就して幸せになった裏切者がいたら。制裁する?」
「殿下、幸せになった会員はみなさんでお祝いしてあげましょう? なぜ制裁なさるのです」
「えっ、幸せになった会員を不幸な会員みんなでおめでとうってお祝いするの? ミ、ミランダ……ありえないよ……」
「で、殿下……!?」
 
 ルーンフォークは肩をすくませて執務室を出た。交代の護衛にその場を任せて馬車に乗り込み、赴くのは実家であるブラックタロン家である。

 姉ヤスミールの事件で空国内での地位が微妙になっていたブラックタロン家は、呪術師を巡る騒動の際にちゃっかり「ヤスミールも呪術師の被害者だった」という言い訳を通していた。主君ハルシオンによると、空国側が主張したのを紅国側も青国側もスルッと受け入れてくれたらしい。

「恩を売っておくとこのように便利なのです、んふふ。他国への恩でブラックタロン家を助ける。それによりイマイチ王家に反抗的だったブラックタロン家の王家への感謝も買えるわけですね!」
 と笑うハルシオンを見ながら、ルーンフォークは「俺は感謝するけど兄さんはどうかなぁ」と思ったものだ。

(まあ、兄さんは知らないが、俺にとっては、とてもありがたい。それは間違いないっ! 殿下に感謝だ!)
 おかげで、ルーンフォークは仮面の必要もなく王都サンドボックスで顔をあげられる。ああ、ブラックタロン家のおんぼろ感溢れる門が懐かしい。兄フェリシエンが「来るのがわかってた」みたいな顔で立っているのが怖い。

「三年は帰ってくるなと言ったが」
「帰ってきちゃった……ぐえっ」
 
 兄フェリシエンには嫌そうにされただけでなく足蹴にされたが、ルーンフォークはブラックタロン家の門をくぐり、書庫に足を運んだ。兄は嫌そうにするが意外と追い出したりはしないのだ。

 呪術の名家、ブラックタロン家ならではの充実した呪術書の本棚から数冊を選ぶ。心の中には、決意があった。

 ――主君ハルシオンをお支えするのだ。このブラックタロン家の直系である俺が。
 
(俺がハルシオン殿下の杖となろう。ご自分が呪術を使えなくてもご不便のないよう、俺の呪術の腕を殿下のために振るおうではないか)
 自分が役に立てる、という思いは、不思議な高揚感を齎した。

「ふう。これくらいあればいいかな。じゃあ兄さん、俺はまた出て行くから元気で!」
  
 せっせと本や呪術具を荷物にまとめてやる気に満ちた表情で別れを告げるルーンフォークを、兄フェリシエンはなめくじを見下すような眼で見た。
 そして、「もう帰ってこなくてよろしい」と背中を蹴って門の外へと追い出すのだった。
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