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5、鬼謀のアイオナイト

355、悪辣な呪術師は、あの屋敷にあり/ 死んだ。死んだ。死んだ?

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 紅国の東部に、反女王派貴族の所有する港がある。

 愛馬ゴールドシッターに騎乗する『神師伯』サイラスは、騎士団と神殿兵団を率いて港を包囲していた。
 理由は簡単で、この港に反女王派のアルメイダ侯爵夫妻が逃げ込み、隙をみて大陸外に逃げようとしていたからだ。
 
「アルメイダ侯爵夫妻は反女王派貴族にかくまわれて港の一角にある屋敷にいるようです」
 
 配下である騎士ギネスの報告に、爆発音が重なる。
 音を聞いて、ギネスは顔をしかめた。

「悪女カサンドラの一味は、生命力吸収の仕掛けだけじゃなくて爆発物を最近になって使うようになったようです」

 至る所で小爆発が起きていた。霧も出ている。
 天空神アエロカエルスの信者が使う奇跡の魔法『揺籠ようらんの雲』――守護の力を持つ結界を張る魔法だ。

「配下の獣人あたりが仕掛けたのかもしれませんね。気を付けてください」
 
 獣人はそろそろ余命も尽きる頃だろうに、未だにアルメイダ侯爵夫妻のために動き回っている。敵ながら、たいした忠義者だ、とサイラスは感心した。
 
「青国でも爆発付きの生命力吸収事件があり、あのモンテローザ公爵の訃報が届いています……モンテローザ公爵といえば、あちらの国の最大派閥の筆頭ですよ。お姫様も親しいのでは?」

 ギネスが神妙な顔で知らせてくる。

 モンテローザ公爵は、サイラスも知っていた。
 殺しても死なないような雰囲気の男だ。
 なんと言ってもモンテローザ公爵は情報を偽ったり対抗貴族を策略に嵌めたりする権謀術数で知られる男だ。きっと偽情報なのだろう。

「ふむ。真実であれば、姫が悲しまれることでしょう……しかし、俺は疑わしいと思いますけどね、その情報。まあ、真偽はともあれ、今は目の前の咎人とがびとです」
「はっ」

 右手で白銀の剣が抜かれ、高く掲げられる。

「大陸に騒乱をまき散らす悪辣な呪術師は、あの屋敷にあり。勇猛にして果敢なる勇者たち――多神のいとし子たちは、邪悪な影を打ち払い、気高き紅旗を掲げよ」
 
 配下の騎士団と聖職者がワアッと士気を高揚させ、屋敷へとなだれ込んでいく。

 それを見届けたサイラスが霧の魔法結界を破ろうと移ろいの石を取り出したとき、視界に影が見えた。

(噂をすれば、忠義者のシェイドではないか)

 物陰に隠れて魔法を放つ『影』は、アルメイダ侯爵夫妻に忠誠を誓って働いている獣人のシェイドだった。
 死霊に呪われ、やつれて今にも死にそうなシェイドは、ギラギラと殺意をたぎらせていた。

 悪鬼のような形相で繰り出した魔法は、最期の力を振り絞ったに違いない。
 サイラスが見積もっていたシェイドの実力とコンディションからはひねり出せないような威力の、毒々しい色をした魔弾だった。
  
「ふっ――」

 回避するのは容易い。 
 けれど、自分が避けるとギネスに当たるだろう。
 ならば受け止めるか――と、サイラスが防護結界を張ろうとしたとき、魔弾の軌道に割り込むようにビュッと飛び出してきた人物がいた。

 サイラスには及ばないが、身長が伸びた少年だ。
 金髪で、白い肌をしている。騎士風の隊服は、アルメイダ侯爵家の騎士団のものだ。

 緑色の瞳をびっくりしたみたいに見開いていて、「あれっ」と不思議そうな声を発している少年は――サイラスもよく知る少年。シューエンだ。
 
「はっ?」

「はっ?」

 魔弾を受け止めようとしていたサイラスと、まるでサイラスを庇うようにその前に飛び出してきたシューエン、二人の声は綺麗に揃った。
 
「あれっ、僕はどうしてあなたを庇おうとしちゃったんです?」

 シューエンはどこか気が抜けるような声でそう言って、魔弾にその身を穿たれた。

 ――どうしてと言われても。

 ――というか、それ、致命傷なのでは?

 大怪我を負い倒れた少年は、目の前でびくんびくんと数度痙攣した。そして、呆気なく動かなくなった。

「は?」

 サイラスは石に視線を移した。
 ……この石は、ナチュラにより、死者を蘇らせることができないようにルールを設けられている。

 動かない少年が「動く」よう、石に念じてみる。
 痛々しい大きな傷がふさがるように。回復するように。蘇生するように……。

 ――だが、石は沈黙した。


「……――えっ」

 少年は、即死だった。
 
「いやいや」


 サイラスはさすがに戸惑った。

「そんな突然庇われて死なれても困ります。そもそも、俺は危機でもなんでもなかったのですが? 何をやってるんですか?」

 配下の騎士たちがシェイドの遺体を確保し、シューエンの遺体を見て同じく困惑顔をしている。

「姫がこのことを知ったらどんなに嘆かれるでしょう。いやいや……俺もなぜか心が痛んでならないのですが」


 死んだ。死んだ。死んだ?
 そして、生き返らないだと?

 サイラスは頭を悩ませた。
 この少年を生き返らせなければならない――そう思った。

「だって、この死に方だと単なる無駄死にですよ、すみませんが。いや、ほんとうに……」

 胸が痛む。


「――……エルミンディル」

 ふと思い出したのは、そんな名前だった。


 呟いてから、頭の中が衝撃と疑問でいっぱいになる。

 エルミンディルというのは、彼の中の前世の記憶にある名前だ。
 コルテと一緒に人形の国を訪れたりした青年で、コルテがカントループの魔法から庇ってやったこともある。
 
 サイラスはまじまじとシューエンの死に顔を見た。

「…………えっ」

 その少年が死んで初めて、サイラスは彼との縁に気付いた。

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