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5、鬼謀のアイオナイト

367、俺は狡猾で邪悪な神様なのですよ

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 大陸中で奇跡が起きて、人々が大切な存在を取り戻した後。
 夜空の月は、日ごとにぐんぐんと小さくなった。
 
 人々は毎晩みんなで「今日も昨日より小さくなったなあ」と話して、お月見を楽しんだ。
 変わらず空にいたもうひとつの月と同じ大きさになった時は、「月が元に戻ったぞ」とお祝いをした。
 
 だが、そのあとも片方の月は小さくなり続け、ついに見えなくなってしまった。
 彼らの夜空には月がひとつだけになってしまった……。

 フィロシュネーは紅国のノイエスタル邸でサイラスと一緒に来客を迎え、『大陸報』を見ていた。

 書かれていたのは、フィロシュネーが行動した後のこと。
 二つのうちのひとつの月が遠くなり、ついになくなってしまった事態を受けての出来事。

 まず、「月神」という存在が青国と空国で広く認識され、信仰が芽生えている。
 青国では早速それを受けて「青王や預言者は月神に認められた存在」と王の神権を守る動きをみせ。
 空国では「月神もいいけど商業神も信仰しよう」と空王が熱心に商業神を推し、国教化しようとしているのだという。
 
 フィロシュネーは聖女としての名声をさらに高めていて、「月神の聖女」という異名が増えた。

 フェリシエン・ブラックタロンは月から戻らず、死んだと言われている。
 遺跡に同行していた配下が「呪術伯は、我々に生きよと仰り、単身で扉をくぐり、その命を賭して地上を守ってくださったのです……っ」などと主張するため、それはもう名声が上がりまくっていた。
 「その身を月に捧げた勇者」とか「落ちてくる月を空に返した英雄」という呼称が生まれている。
 商業神ルートの思惑通りに『フェリシエン・ブラックタロン』が歴史に名を残すのは確実だろう。

 情報を咀嚼するフィロシュネーの耳には、ノイエスタル邸を訪ねてきたルーンフォークの声が聞こえる。

「どうして兄さんは戻ってこないんだろう。兄さんは天才だし、殺しても死ななそうなのに。どうして月はなくなっちゃったんだろう……」

 並んでソファに座っているのは、彼の主君ハルシオンだ。
 お忍びの「カントループ」姿である。

「ご覧の通り、ルーンフォークがすっかり落ち込んでしまったのです。次の月隠にレクシオ山に登って迎えに行ってみてはと話しているのですが、『待てません! その間に死んじゃったらどうするんですか!』と言うんですね」

「……俺は兄さんのこと嫌いだったはずなのになんでショック受けてるんだろ。姉さんのときはそんなでもなかったのに」

 ルーンフォークはしょんぼりとしている。
 ハルシオンはその姿を見て、フィロシュネーに顔を近づけ、小声で問いかけた。

「シュネーさん。生命力吸収事件の犠牲者を地上に戻したときは月隠じゃなかったですけど、月隠じゃなくても扉って開きそうです……?」

 フィロシュネーは眉尻を下げた。
 
「あれは、移ろいの石を使っていましたの。今はあの石がもうありませんから……」

 奇跡はもう起こせない、と謝ろうとした時、肩が掴まれてぐいっと身体が引かれる。隣に座っていたサイラスの仕業だ。

「近づきすぎです、ハルシオン陛下。俺はただいまの距離を絶対に許しません」
「内緒話しただけじゃないですか、サイラスさん。狭量ですねえ」

 またギスギスしている。
 と、思っていると、サイラスはごそごそと何かを取り出してみせた。

 小さくて、ぴかぴかと魔法の光を放つそれは――アイオライトという宝石にとてもよく似た……、

「ご参考までに、月隠じゃなくても扉は開けられますよ」

「――移ろいの石じゃない‼」

 フィロシュネーは目を疑った。

 だって、サイラスは移ろいの石をフィロシュネーにくれたはず。
 そして、その石は商業神ルートが自分の持っていた石と合わせてひとつにしたのだ。

 ひとつになった石は、一時的にフィロシュネーが所有したあと、ルートに渡した。
 それを持ってルートは扉の向こう、神々の舟へと消えてしまった。

 ――――なので、サイラスが移ろいの石を持っているのはおかしい!
 
「どうして、どうして……、えっ、どうして?」
  
 本気でわからない!
 疑問でいっぱいになるフィロシュネーに、サイラスはにやりとした。

「姫にお渡しした石はレプリカですよ」
 
 ――こ、この男!

 口をぱくぱくとさせていると、悪そうな表情をつくってみせるではないか。
 
「俺は狡猾で邪悪な邪神様なのですよ」 

 石がきらりと眩く光り、ふっとハルシオンとルーンフォークがその場から消える。

「えええええっ」
「お急ぎのようでしたから、遺跡の扉の前まで飛ばして差し上げました」

 完全に超越者の顔だ。「便利になんでもしちゃいます、俺が神様ですから」っていう顔だ。
 フィロシュネーは背筋をぞくぞくと震わせた。
 
「俺の方が偉いのです、お姫様」 

 地を這うような低い声で、邪悪ぶって脅かすように言うのは、きっと、わざと。
 
「問題が全て済んだのですし、俺と結婚しましょうお姫様」

 サイラスはそう言って、肩に置いた手に力をかけて、フィロシュネーの体をゆっくりとソファに押し倒してくる。

 ――『闇墜ち』という言葉が脳裏に過る雰囲気に、フィロシュネーはどきどきした。
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