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2、金がないので就活始めました。

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「金がない」


さて、その18歳にして2年以下に死を迎える偉大なる勇者であったアシュレイ・クラーク・カナティア、いや、ただのアシュレイは軽い金袋を手に持ってそう嘆いた。富も権力も思いのまま、王子であり、勇者であり、英雄である彼は現在それらすべてを投げ捨てた、ただの旅人であった。

何も彼の王、彼の父と呼べる男が許したわけもなく、ましてや彼の時期王位継承者第一候補の彼の兄と呼べる男も許した訳ではない。

彼の王妃、彼の母が二つ返事で許したのだ。

彼が流浪の旅人になって5年たつ。

しかし、彼の偉業は廃れることなく、本になり劇になり、歌になり……兎に角至る所に勇者アシュレイがいかに素晴らしく高潔でストイックな少年であるかを語り、記録し伝承され続けるだろう。今では全く表ざたにされない勇者は美しい嫁を娶り、優雅な隠居生活をしていると噂されている。

まあ、実際はまるで違うのだが。

日雇いの仕事で金を稼ぎ、あっちにふらふらこっちにふらふら、美味しいものを求めて海を渡り山を登り、絶景を目にして絵画に起こし、気ままに歌を歌う。

定期的に土産を実家に送っては、身内は彼の居場所を特定し連れ戻す算段をつけるが、うまくいくはずもなく。であればと手紙をしたため、戻ってこいと送ってもそれを火にくべたきびの燃料にしてしまう。

兎に角彼はそういう男であった。

自由でマイペース、剣技は優れていても「勇者」「英雄」という要素をのぞけばただのトラブルメーカー放蕩王子。
王妃に似て、そういう男であった。

身内がてんやわんやしている中、王妃、母だけは「そのうち帰ってきますよ」っとのんびりマイペースでありまさしく、第二王子は王妃に似たのだろうと痛感せざるを得ない。

さて、そのような生活をしていればうまくいかない時もある。今まさに彼にとってうまくいっていない時期であった。

とはいえ、金がないなら働けばいい。

軽い金袋を懐にしまったアシュレイはさっそく仕事を探しに行く。この国では就職専門の場所があるので、そこに行けば簡単に職にありつける。そういう整備がされているのはいいことだと思う。アシュレイのようにお金のなくなった旅人などに優しい。

アシュレイは、道行く人にその就職センターという場所を聞いてそこに向かう。就職センターと書かれた看板を掲げている店の扉をくぐるとアシュレイと同じように職を探している人たちがいた。壁には求人が貼られていてアシュレイはそれを眺めながら何をしようかと吟味する。

そこそこ給料のいいところで働きたいが、日雇いばかりでそういういい物件は早々に取られているだろう。
明日の朝にもう一度出直そうか。そんなことを思案していたアシュレイだったがふと、一枚の求人に目が留まった。


「え、なにこれめっちゃ給料いいんだけど」


日給50ペニー。平均日給20~30程であるのに50は破格だ。おおっと言葉を漏らしながら、どんな内容だろうかと確認すると、子供のお世話だという。拍子抜けだ。男女関係なく特に必要な条件もない。これはいい。

アシュレイはすぐにそれを破りとって受付のカウンターに向かう。受付には茶髪の女性がいて、その求人を見た後にあーっと言うような顔をした。その表情にアシュレイは違和感を覚えつつも席に座る。


「えーっと、申し上げにくいのですがこちらの求人にはこの誓約書にサインが必要になります」
「はい、分かりました」


受付の女性に渡された誓約書をアシュレイは見て、ああなるほどっと呟いた。彼女が微妙な顔をした理由はこれだった。
その誓約書には二つ約束事が書かれていた。



一つ、住み込みで働くこと。
二つ、子供のことを優先的に考え行動すること。

住み込みで働く際、食費などの費用は此方で負担するので随時請求すること。また、何かあった際の責任は一切こちらは負わず、自己責任となる。



なるほど。

アシュレイはその誓約書を読んでそう思った。

傷害手当も入った給金であり、何かあっても自己責任ということだ。

子どもの世話だよな?アシュレイはそう思ったが、50ペニーの給金は魅力的だ。
それに、勇者の加護にはあらゆる攻撃を無効かするという能力がついているのでアシュレイが傷つけられることは無いのだ。


「ほかにも良い求人はありますし、此方の紙に条件を書いていただければ少しお時間頂きまして紹介ができますが……」
「いえ。やります」
「え!」


驚きの声をあげる受付の女性を尻目にさらさらっとアシュレイは署名をして提出した。女性はその紙とアシュレイを見比べて恐る恐る声をかける。


「本当にいいんですか?実は言いますと、本当にこちらの仕事を受けた方が行方不明になっているんです……。それにこの求人を出している方が、その、あまりいい噂の効かない貴族様のところですし……」
「気遣ってくださってありがとうございます。大丈夫ですのでよろしくお願いします」


アシュレイは涼しい顔でそう言った。受付の女性は、不安そうな顔をしつつも次に申込用紙を出してアシュレイに書くように言う。アシュレイはさらさらとそれに必要事項を書いて、渡す。


「確認いたしました。場所は此方になります。紹介状をお渡しいたしますので少々お待ちください」
「はーい」


アシュレイは待合の席に移動して待つ。足を組んでソファに腰かけたアシュレイはそれだけで目立つ。というのも、彼は美形なのだ。

胸までの紫色の髪を後ろで一つに束ね、青色の瞳を持ち、形のいいピンクの唇に真珠のような肌。

そこらの農民の男ではないことは誰もが見てわかるだろう。女性陣の視線を独り占めしていることに気づくことなく、彼は時間つぶしに置いてある新聞に目を通す。

強盗事件、殺人事件と物騒だ。

その記事の中に、魔物の増殖!?っと書かれた記事が載っていた。ここ最近、この国の近辺で魔物が大発生しているらしい。そういえば、ここに来る前冒険者のようなものがたくさんいるなあっとはアシュレイはそう思った。彼にとって、大して脅威でもなかったから気にしていなかったがこの国に来る前確かにほかの国に入るよりも魔物が多かった気がする。

彼にとって大した脅威でもないが。


「お待たせいたしました。こちらの紹介状を持って貴族街G―26番地の屋敷へ足を運んでください」
「はーい。ありがとうござましたー」


アシュレイはその紹介状をしまい、貴族街に向かう。貴族街では馬車が通っているが徒歩の人はあまり見かけない。貴族様は歩かないらしい。

アシュレイはそんなことを観察しながら一つの大きな(どこも同じような大きさの屋敷であるが)屋敷で足を止める。

貴族街G―26番地。

その屋敷がそこだった。扉の呼び鈴である取っ手を掴んでノックをする。暫く、扉から離れて待っているとがちゃりっとその大きな扉は開き、そこには執事服の男性がいた。じいっとアシュレイを上から下まで値踏みするように見た後、「何か御用でしょうか」っと心底面倒そうな声でそう言った。アシュレイは苦笑を漏らしながら懐から紹介状を取り出す。


「仕事できました。こちらの紹介状に詳細が書いておりますのでご確認ください」
「わかりました。確認してまいりますので少々お待ちください」


そう言って受け取り、アシュレイを中に入れることなく男はさっさと中に入っていった。アシュレイは手持無沙汰にそこで待つ羽目になる。中に入れてもらってもいいんじゃないかという気はするがそういうもてなしがここでは流行っているのだろう。あまりとやかく言うものではない。

暫く、時間にして30分ほどすると馬車が表通りに現れ、この屋の前に止まり、男が扉を開けて戻ってきた。男は、袋と数枚束になっている紙を手にしていてそれをアシュレイに押し付けるように渡す。反射的に受け取ったアシュレイはそのずしりっと重い袋に首を傾げる。


「こちら3か月の給金と手当金として1000ペニー程入っています。ご自由にお使いください。表に馬車が止まっていますのでその者が貴方の職場まで連れてってくださいますのでそのように。職場につきましたら数日後に担当の者が参りますので此方の紙を提出なさってください。それでは失礼します」
「……え?」


男はそう言って、用はないとでもいうように扉を閉めた。ぽかんとアシュレイはしばらく呆けたがひひんっと背後で馬が鳴き声を上げたので我に返り、慌てて表の出た。そこには、シルクハットをかぶった男が御者をしており、アシュレイに気付くとぺこりと会釈をした。アシュレイもそれに釣られて頭を下げた後に「道中よろしくお願いします」っと挨拶をする。それに無言でうなずいた彼は、馬車の扉を開けてアシュレイに中に入るように促した。久しぶりにそのような扱いを受けたアシュレイはぺこぺこと初めて馬車に乗るような反応で頭を下げながら中に入る。

中に入ると、ふかふかのソファがアシュレイを出迎えた。座ると沈んでアシュレイの体にフィットする。流石貴族の馬車。金使ってるなあっとそう思っているとゆっくりと馬車が動いた。がらがらっと車輪が回る音を聞きながら、アシュレイは貰った金銭を一応数えることにする。

袋を開いてげっと声をあげてしまう。

一か月は30日。日給50ペニーとなれば一か月1500ペニー。それが三か月で4500ペニー。プラス手当金(察するに保険金のようなもの)1000ペニーで合計5500ペニーとなる。

1000ペニー硬貨は使いどころなんてそうそうないからと、配慮した結果だろう。100ペニー硬貨でもそれなりに大きいがそれが5000ペニー分の50枚。残り500ペニー分は10ペニー硬貨で50枚。
大金だ。三か月だけでこれだけなんて夢のようだ。

ただ、こんな大きな単位の硬貨が50枚もあるなんて使い道は考えないといけない。ぶっちゃけそこら辺の貨幣取引場で両替したいが、言い出せないし、こんな馬車から降りたら目立つから勘弁。

そうこう悩んでいる間に関所を通ってしまい、いつの間にか窓の外は建物ではなく草原が広がっていた。

ふうっと、数えるのは楽だった金銭を10ペニー硬貨のみ自分の金袋にしまった。


「ストレージ、オン」


空中で上から下に指を動かすと彼の目の前に四角くて薄い画面が出てくる。これは勇者の加護の特典で、無限に物が入る空間保存の魔術だ。何が入っているかこの画面ですぐにわかり、中に入ってるものの名前が列挙されているのでそこを押せばすぐに物が出てくるというものだ。残りの金が入ったその袋をストレージに入れるため、ぽいっと画面にそれを投げ入れる。するとその中に袋が入っていき、画面に5000ペニーの入った袋と名前が画面に現れる。それを確認した後、アシュレイはストレージを閉じるため、今度は下から上へ指を動かした。画面はその指の動きに連動して下から上へと見えなくなる。

ふうっとアシュレイは息を吐いた。

あの受付の女性が言っていたようにこの貴族様は何かあるらしい。仕を依頼しているのはあちらなのに小間使いのみを介して給金を渡す。屋敷に入れてくれない時点で誠意が感じられない。

それとも求人に群がる貧乏人には会いたくないってことか?金出せばやるってわけじゃないんだぞ皆が皆。

むうっと人知れず唇を尖らせつつも、はあっとため息をつく。こういうことはよくある。冒険者ではなく、ただの旅人のアシュレイは何かと下に見られることが多いのだ。他の国で仕事をして給金をちょろまかされた時もある。その点この仕事はしっかりしているが、やはり雇用主と被雇用者の関係は良好である方がいいと思う。不信感を抱かれるのも無理はない。

行方不明になったんじゃなくて逃げだしたの間違いでは?

今更になってその可能性に気付いたアシュレイは頭を抱えた。こういう人間関係的なことは苦手だ。拳で分かり合える人でないと面倒くさい。

まあ、何かあったら俺も金だけ貰って逃げればいいか

アシュレイは腕っぷしもいいが、逃げの速さも一級品であった。
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