【本編完結】チート軍医は愛を吐く~最序盤で殺される悪役になりましたが、「人の好い」幼なじみのために頑張ります!~

紫鶴

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「せんぱーい!! 薬を持ってき……あれ……?」

「あ」





 レヴンとヴィオレットが話をしている間にヘルトが戻ってきた。レヴンは、気がついた。もしかして今、ヘルト(主人公)とヴィオレット(お相手)の初めての邂逅ではないかと。ヴィオレットが先ほど様子を見ていたのは確かだが、恐らくヘルトがヴィオレットを見るのは初めてのはず。現に誰だろうかとでも言うように首を傾げている。



 詳しく小説の内容は思い出せないが、確かなことはレヴン(悪役)がやらかすところにヘルトとヴィオレットあり!ということである。

 



(ど、どんな反応をするんだろう!?)





 レヴンは一読者として貴重なシーンを間近で見ていると考え、とてつもなく興奮してきた。小説の内容をよく覚えていない事もあり、ますます期待が高まる。ちらりと間近で見たヘルトの感想を表情から読み取ろうとしたレヴンはヴィオレットを見てすぐさま目をそらした。





「薬……だと?」





 ヴィオレットは、一切ヘルトに視線を向けず怒りに満ちた瞳でレヴンを睨みつけていた。心なしかあまりの怒りに髪が蛇のように動いている気がする。



 何か、彼の地雷を踏んだ。



 レヴンは素早くそれを感じ取り、ん、んんっとどうにか咳払いをして考えを整理しようとする。その際に徐々に近づいてくるヴィオレットから少しでも距離を取る為一歩二歩と動くことを忘れずに。





「僕は何も聞いていないが、これから何か貰っているのか? あ? レヴン、目をそらしてないでなんとか言ったらどうだ」

「ち、ちが……」

「勘違いです軍医様!!」





 レヴンが否定する前に真っ直ぐで明るい声が響く。言わずともそれを発したのはヘルトである。彼は慌てて責められているレヴンを背にしながら間に入る。レヴンはなんて良い子なんだと感動するが、彼の背中越しから見えるヴィオレットの冷たい表情にひいっと短く悲鳴を上げてしまう。それほどまでにヴィオレットは苛立っていた。それから彼は盛大に舌打ちをして、その綺麗な顔を歪めながらヘルトを睨みつける。





「お前に聞いてない」

「軍医様がそのように責められましたらレヴン先輩が困ります。少し落ち着いていただいて……」

「誰がこいつの名前を呼んで良いと許可した!! さっきから馴れ馴れしいぞ!! 昨日今日会ったばかりなのにどうしてレヴンに肩入れする!! お前、こいつの噂を知らないのか!!」

「知ってますよ」





(え!? 知ってんの!?)





 レヴンはヘルトの言葉に驚いた。てっきり知らないまま助けたのかと思っていた。知っているのに心配をしてくれたなんてどれだけ心が広いのかとレヴンはそう思った。そしてはっとする。これはいわゆる噂に惑わされず見た者しか信じないという主人公あるあるのやつだ!!と。流石小説の主人公だ。拍手を送りたい。

 レヴンがそう感心しているが、ヴィオレットはますます眼光鋭くヘルトを睨みつける。知っているのに何で助けているんだという考えだろうか。多分そうだ。ヴィオレットが先ほどよりもヘルトのことを警戒している理由はきっとそう。





「知っていて、何故助ける。放っておけと言われていただろう?」

「はい! 話しかけるなと、目を合わせるなと言われました!!」





 レヴンの騎士団内の評価が十分よく分かった。とっても正しい。



 レヴン本人がうんうんっと頷いて納得してしまう。凡人ならばきっと、それに従うだろう。先輩騎士の言葉にあえて逆らうなんてことをするはずが無い。しかし、やはり小説の主人公は違うのだ。





「でも昨日倒れた病人を放っておくことも、こんなに首筋蚊に刺された人をそのままにしておくことも出来ません!!」

「蚊に……なんだと!?」

「はっ!!」





 流石主人公だー!!とレヴンが感動していたが一気に現実に戻された。慌てて首元を押さえて隠そうとするがヴィオレットが素早くヘルトの横をすり抜けて簡単にレヴンの襟元を引っ張る。





「ちょ、ヴィオレット苦しい苦しい!!」

「軍医様、乱暴は……っ!」





 ぐいぐい襟を引っ張られ、レヴンは苦しいと訴える。しかしお構いなしにヴィオレットはじろじろとレヴンの首を見て、それをヘルトが止めに入るがその前にぱっと手が離された。そして呆れたような表情を浮かべてヴィオレットはヘルトを見る。





「刺されてないじゃないか。これだから素人は適当なことを言って……」

「お前の目は節穴か!?」





 ヴィオレットの言葉にレヴンが思わずそう突っ込んだ。相手がいないのにキスマークがそこにあるわけがないだろうと。ヴィオレットはまさかレヴンにそう言われるとは思わなかったのだろう片眉をあげてレヴンを見る。そして、良くもこの僕にそんな言葉が言えたなっといつもならつらつらとそう診断した根拠を述べていくはずなのだが、ヴィオレットはふと何かに気づいたようにそっと下ろしている髪を右側に寄せてかき上げた。





「あー、そういえば僕も蚊に刺されたかもしれない」

「!!」





 赤い鬱血痕が花びらのように散らばっていた。それだけだったら同じように蚊に刺されたかもと思うだろうがそれの他にも首の裏に近い場所に歯形が残っている為そうではないと断言できる。

 そして、そんな乱暴をしたのは恐らくレヴン自身だろうと覚えはないが自覚はあった。さーっとレヴンは血の気が引く。レヴンのその反応に良くしたのかヴィオレットは大胆にも長い髪を上げてうなじを晒すように首を傾けた。





「暑いし、蚊がいるのかもな」

「え! 軍医様もですか!! 大丈夫で……」

「あ、あーっ!!!!」



 

 慌ててレヴンがヴィオレットについている歯形を隠そうとしたが手遅れだった。ぱちぱちっと数度瞬きをしてヘルトはくっきり鮮やかに残っている歯形を目にしたのだ。非常事態だ。これでヘルトが勘違いをしたら困る。大変困る!!

 こんなのでも幼なじみ。今まで支えてくれた男だ。微力ながらこの男には幸せになって欲しいと思っているのだ。





(口は悪いけど、顔は良いんで!! 高給取りで腕も良いし、態度はでかいけど財布と思ってくれれば!!)





 そんなプレゼンを心の中でレヴンは繰り返す。決して口には出さないが切実にこれで関係が絶たれることが無いようにと願った。どううまいこと言いくるめようかと必死でレヴンは考え込んでいたが、次にヘルトはこういった。





「わあ! 都会の蚊って変わってるんですね! レヴン先輩にもついてました!」





 レヴンは、一瞬唖然とした。キラキラとした良い笑顔でそんなことを言うヘルトの純粋さを一瞬疑った。しかし、すぐに本気で言っていることを察して神に感謝した。





「はあ? そんなわけが……」

「都会の蚊は変わってるんだよ!! ねっ!!! そうだよねヴィオレット!!」





 すかさずレヴンはヴィオレットの言葉を遮るようにそう叫んだ。そしてヴィオレットにアイコンタクトを取って話を合わせろと圧をかける。恐らく伝わっているのだが、ヴィオレットはじーっとそれを見つめてどうするか考えているようだ。お願いだから自分に合わせてくれとレヴンはすがる思いで必死に見つめ返す。するとヴィオレットが少しため息をついて髪を元に戻して整えた。





「……ああ、そうだな。お前も気をつけろ。あと、薬は要らない。こちらで処方する」

「はい! では俺は訓練に行きます! レヴン先輩、お大事にしてくださいね~!」

「う、うん。ありがとう。訓練頑張ってね……」



 

 嵐が過ぎ去った。レヴンは、手を振って去って行くヘルトが見えなくなるとはああああっと深くため息をついた。そして恨めしげにヴィオレットを睨みつける。





「なんであんなことしたの」

「何のことだ?」

「……」





 分かっているくせにすっとぼけるヴィオレットにレヴンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。





(くそう、ヘルト君に関係を疑われたら困るのは後々お前なんだぞ!!)





 レヴンはこの涼しい顔をしている我が幼なじみを心底憎々しげに思いながら、きっちりと襟を整える。そして、ちらっとヴィオレットを見た。ヴィオレットの首筋にも痛々しげに噛み跡が散乱しており、見ているだけで気分が悪くなる。レヴンは自分が昨日やったことに深く反省をしながら、そっとそこに触れた。





「痛くないの? 少しは抵抗しろよ」

「別に、見た目ほど痛くないし、痛がればお前はやめてくれる」

「嘘ばっかり」





 だったらその噛み跡の数はどう説明するつもりだろうか。どう考えても何度も噛まれて血がにじんでいる。レヴンはぶすっとヴィオレットのわかりやすい嘘に唇を尖らせた。



 このどうしようも無く「人の好い」幼なじみはわかりやすい嘘が本当に得意だとレヴンは本気でそう思った。

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