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Ep.53 突き付けられた現実
「今回、協定の破棄を宣告されたのは、そもそもレイヴンクレスト側に瑕疵がございました。先々代セキトフ辺境伯閣下と先代トレヴァント辺境伯閣下の間では、『第二夫人を娶ること』が協定の絶対条件でした。それを王家が不当に反故になさいました。本来、協定が結ばれずとも仕方がないお話でした」
セシリアは淡い微笑みを浮かべたまま、淡々と王家の不手際を指弾した。
母上はキッと目を釣り上げ、セシリアを射抜かんばかりに睨み付けた。
だが、父上から鋭い視線を向けられ、言葉を発することも出来ず、手の中で扇子をギリギリと鳴らして怒りを堪えている。
セシリアはその様子を視界の端で捉えながらも、構わず言葉を継いだ。
「ですが、先々代閣下は先見の明をお持ちだったのでしょう。不毛な戦を続けてもセキトフに利はありません。その為、籍は入れずとも第二夫人をトレヴァント家に置き、いずれ生まれる子が両家の『鎹』となることを期待されました……」
確かに、第二夫人が正式な辺境伯夫人になれずとも、子が生まれ、その子が『庶子』として成長すれば二家……いや、二国間の架け橋になる。
先々代当主が当時、あえて協定を破棄しなかった理由としては十分過ぎるほど納得がいった。
「……ですが。ここでまた、余計な真似をなさいましたわ。第二夫人の食事に、薬を盛ったことですわ」
セシリアは翡翠色の瞳を細め、凍てつくような視線を母上へと向けた。
「いくら亡き妹君の子が可愛かろうと、国家間で合意され、ましてや当主が『妻』として認めた者に薬を盛るなど……王妃陛下。いつから王家は、一貴族家の内情にまで不当に干渉出来るようになったのでしょうか?」
王家は、貴族家の内情には余程のことがない限り口を出さない。
……いや、むしろ出してはならないのだ。
王家の干渉を許してしまえば、王家にとって都合のいい操り人形ばかりになり、王が過ちを犯した際に誰も諫めることが出来なくなる。
それは国家の崩壊に直結する。
だが、母上と祖父上たちは、私情の為にその禁忌を犯した……
「か、干渉なんかしていないわ!!……ただ、新興国の蛮族の娘がっ、国境の要であるトレヴァント家を脅かそうとしたから……レオンハルトだって!どうなっていたか分かりませんわ!」
母上は頭に血が上ったままセシリアに吠え立てたが、父上の冷徹な視線に気付くと急に勢いが萎み、今度はしおらしく『国の為』、『レオンハルトの身の安全』を訴え始めた。
「……左様でしょうか?聞けば第二夫人は、ずっと屋敷の最奥にある部屋⸺⸺ああ!王太子殿下はご覧になったことがございますわね。私に与えられた、あの部屋ですわ。あそこで、ずっとお一人で過ごされておられたそうですの」
両手を合わせて、にっこりと私に微笑みかけてきたセシリアの言葉に、心臓が跳ねた。
あの、埃の積もった、使用人の部屋かと見紛うほど狭い部屋。
同時に、自分が引き起こしたことの結果、彼女をあの場所に追いやったという罪悪感が一気に蘇り、私は気まずさに思わず俯いた。
「王家として子が生まれるのが政治的に不都合ならば、きちんと先代辺境伯閣下と第二夫人に申し上げるべきでしたわ。密かに手を回して薬を盛るのではなく……」
重苦しい空気の中、セシリアの凛とした声だけが響いている。
「薬を盛られたことを知った第二夫人は、食事を避けて結果として子を身篭りました……これでご理解いただけましたか?ここまでのお話で、セキトフ側に非は一切ございませんわ」
「……夫人の仰る通りですわね。万が一、この事実をヴォルガルド公国が公表すれば、レイヴンクレストは近隣諸国からの激しい批判は免れませんわ」
ヴィクトリアが小さく溜め息を吐きながら、セシリアの言葉を補強した。
「な、なら……私の謝罪の言葉と、慰謝料を支払えば……!」
周辺諸国という言葉に、母上が目に見えて狼狽し始めたが、セシリアは冷ややかに首を横に振った。
「その段階は、とうに過ぎておりますわ。だからこそ『処罰』なのです。条件を拒めば協定は破棄され、戦が始まります。今回は侵略ではなく『復讐』……多民族国家である公国は仲間意識が強いですから、次は公国が敵になる可能性も否めませんわ」
「な、なら!皇女、帝国から援軍を……「それは無理ですわ」……え?」
国家間にまで話が膨れ上がり、動揺した母上が帝国を頼ろうと言いかけた言葉を、当のヴィクトリア本人が遮った。
彼女は困惑したように小首を傾げ、突き放すように告げる。
「ヴォルガルド公国とクロンヴァルト帝国は、レイヴンクレストを挟んで正反対の位置にありますわ。援軍を出したところで、距離がありすぎますもの……戦が始まれば間に合わないでしょう……」
「それとも、王都を戦地にされるおつもりで?」と、片頬に手を添えて問いかけたヴィクトリアの言葉に、私たちは息を呑んだ。
ヴィクトリアの言う通りだ……
仮にセキトフとの戦に勝利したとしても、ヴォルガルド公国が黙っているはずがない。
公国が本気で攻めてくれば、トレヴァント家だけでは兵は足りず抑えきれない。
帝国から援軍を借りたとしても、それが着く頃には王都が戦火に包まれているかもしれないのだ……
そのことに気付くと一気に血の気が引き、背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
「……失礼ながら。王国騎士団の魔法練度は、辺境伯騎士団の足元にも及びませんわ。王国騎士団では魔獣相手ですら、まともに戦えるか疑問が残ります」
追い打ちをかけるように、セシリアが王国騎士団の戦闘能力へ言及した。
王都周辺には魔獣がほとんど出ない。
その為、辺境へ自ら行ったことがある騎士以外は、まともに魔獣と戦ったことがないだろう。
軍備よりインフラ整備を優先してきた為、ここ十数年以上、王国騎士団が遠征してまで実戦経験を積んだ機会など記録にはなかった。
貴族学院や騎士学校でも魔法は習得するが、せいぜい中級止まり。
余程やる気があり、上級魔法を習得したとしても、それを実戦で使ったことがない者ばかりだろう……
『王太子殿下。もう少し軍備に予算を回し、騎士たちの練度を上げるべきかと存じます』
『……セシリア。軍備に関して、お前が口を出すことではない。我が国の騎士団は日々訓練を重ね、王都を守っている。何も知らぬ者が余計な口を挟むな』
脳裏に、かつてのセシリアとの会話がフラッシュバックした。
……ああ、あの時。確かに彼女は軍備を強化した方がいいと警告していたのだ。
私が進言を切り捨てた後、セシリアはどんな顔をしていただろうか?
当時の私は、彼女を『クララを虐げながら王太子妃の座に執着する浅ましい女』だと思い込み、その顔をまともに見た記憶さえなかった……
自分たちが選択し続けた結果が、国家を存亡の危機に陥れてしまった。
もはや、私は今どこに立っているのかさえ分からないほどの空虚感に苛まれた。
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