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第2話 懐かしい人
しおりを挟む「こちらに行くように言われまして」
目の前の人はメリッサに向かって微笑みを浮かべた。
その顔は人離れしていると呼ばれている美貌の持ち主のメリッサでさえ、綺麗と思うほどの美形である。
そして、その顔を見てメリッサは息を詰まらせた。
――アベル。
その懐かしさと嬉しさと言ったら言葉で表せられるようなものではない。
「アル……?」
「そうです。メリッサ。元気にしていましたか……というのはおかしいですね。大丈夫ですか?」
メリッサは声を震わせてその名前を言い切ると目の前に現れた男の人に向かって微笑んだ。
何の大丈夫かは言うこともない。
きっと、アベルは知っているのだろう。
でも、今はまだ……
「大丈夫です。アル、連絡もせずに行ってしまったと思ったらいきなり連絡もなしに来るなんて……」
「怒っていますか?」
「いいえ。怒るはずがないわ」
(怒るどころか、嬉しいもの)
そんな事を考えているメリッサの頬は自然に緩んでいた。
「そうですか。それは嬉しいですね。連絡をしなくてごめんなさい。あの人が強引だったもので」
「あの人って、アル……アベル。それはいけないのですわ。……こちらに来たのはクローディア殿下の取り計らい、ではなさそうですね」
メリッサはやっとアベルが来た理由について思いあったった。はっとしたように口調を変えた。いくらあの馬鹿王子の使者でなくても、もうひとりの王子に糾弾されるかもと身構えた。
アベル・コデルリエ。ティラス王国第一王子クロヴィスの側近――秘書官であり、メリッサを小さい頃から知っている人でもある。
またクロヴィスが5年前、国外に留学する時に一緒に留学した人でもある。その時、ずっと――5年間連絡が途絶えていたことで、メリッサはひどく心配して、悲しかった。
(本当は、アルに迷惑をかけるような事ではないわ。悲しかったのだってわたしの勝手な感情よ。アルが来たのは使者としてだから……)
アベルは口調を変えたメリッサをはお構いなしに話を続けた。
「そうです。あの馬鹿王子の取り計らいではありません。もうひとりの変人王子の取り計らいです」
「アル……いえ、この言い方はおかしいですね。わたくしはもう殿下の婚約者では無いゆえ、秘書官の方が上です。どうぞ、お構いなく」
メリッサは控えめに微笑んだ。
そんなメリッサを見てアベルはバツが悪そうな顔をした。
「そこを言ってくるようにクロヴィスに言われているのです。ね、リサ。ここからが本題だよ」
アベルはメリッサの手を握った。
メリッサは自分が意識しないうちに小さく震えていた事に気づいて羞恥心で顔をアベルの手に埋める。
そんなメリッサを見てアベルがうさぎを思い浮かべたことはメリッサの知ることでもない。
「殿下の婚約破棄が馬鹿王子の独断行動だということはリサも気づいていると思う。色々話さねければいけない事があるのだが、リサ。今から王宮に行ける?」
「……破婚になるから同意書にサインしなければいけないのですよね」
「そう。で、リサ。馬鹿王子に未練は?」
この質問に迷う理由などメリッサには無い。あるはずもない。
これにはとびっきりの笑顔とともにメリッサは口を開いた。
「いいえ。まったくありませんわ」
そう、メリッサはこれ以外の答えは待ち合わせていない。
「……ここぞとばかりに笑顔になるリサには妬いちゃうよ?未練が無いなら大丈夫だ。王宮に行く準備をして。その後のことは馬車の中でも話すよ」
「……分かりました。でも、王子の謹慎していろ、と言うのは?」
「それは大丈夫。バカ王子の言ったことだから」
笑っていうアベル。本当に良いのかはメリッサは疑心暗鬼だったが、メリッサに分かるのはクロヴィスとこの秘書官の方が怖いということ。
メリッサは仕方なくうなずいた。
本当はメリッサは祖母の言いつけがある。父の言いつけがある。でも、アベルに言えるような事では無いと、言ってはいけないことだと。
気が利く、とはメリッサ論だが気が利くアベルは扉にあるき出した。
メリッサはその背中に言うことがある。
言わなきゃいけないこと。
「アル。来てくれて嬉しゅうございましたわ。でも……」
「でも?」
「わたくしにこれ以上関わると外聞が悪いですよ?わたくしはともかくアルは……」
「僕は大丈夫だ」
その力強い声を聞いてメリッサは安堵した。
もし、父と同じように離れて行ってしまったら。バカ王子も……結局離れてしまった。これ以上、人がメリッサのせいで傷つくのを見たくない。それは、メリッサの周りの人が考えるより恐ろしいことなのだから。
本当は、メリッサは言うべきなのだろう。自分は言うべきなのだろう。父のこと、祖母のこと、そして……母のことも。
魔法学院のことも。
でも……
(言えるはずがない。だって、アルは知ったらきっと、また……)
その先は考えるだけで恐ろしい。
誰かに相談していれば違ったのか、とか、メリッサが我慢していればすむはずだった、とかメリッサの頭の中はグルグルで。とても人に言える話でもない。
いくら彼が優しかったって、メリッサにいつまでも付いてきてくれるわけでは無いことはメリッサが一番知っている。
「リサ?大丈夫?」
「いいえ。何でもないわ。支度するから待っていてくれる?」
「分かった」
きっと、これで分かったと言うほどアベルが甘くないことはメリッサが一番知っていて。でも、言えなくて。
「さ、待たせると悪いですから着替えましょうね」
「ララ……!」
そこからは早かった。流石ララと言うべきかメリッサはあっという間にララにきせかえ人形にされ、あっという間に髪までセットされ、お化粧まで完璧に仕上げた。
これぞ、熟練された職人技と言うべき、メリッサはそう思っている。
「う~ん、完璧ですわ!お嬢様。ね、魔法学校に行っているときはアレのせいで地味地味って言われていましたけれど、お嬢様のこの元が完璧ですわ!」
ララは自分で仕上げたメリッサを見て感激した。メリッサを見る目が輝いている。
「……でも、この髪と目は目立ちすぎるわ。やっぱり、あのかつらとあれ使ったほうが良いわよ」
もちろんメリッサも鏡に写ったその姿を見て感激した。
おろしてハーフアップにされ、髪飾りをつけられたシルバーの髪。あの日、帰ってきてからやけにララに手入れされた髪は太陽の光を受けて輝いていた。そして――妖精の瞳、と言われる翡翠色の瞳。しばらく――二年ほどその姿になることは出来なかったのだから。
メリッサの母譲りだと言われるその整い過ぎた容姿は、時として人を怖がらせる。
実父さえも、母の姿と重なるからと行って嫌悪した。
それなのに、他の人が受け入れてくれるはずがない。
(それに……この姿は人に見せてはいけない)
「大丈夫ですよ。美貌は女の武器ですよ?」
「それは男もよ。それに、お祖母様もお父様もいい顔をしないわ」
メリッサは静かに首を横に振った。いい顔をしないどころか、メリッサのことを責めるはず。見たくないから、それらを渡したのだから。
(それに、人々はわたしのことを気づくはず。そんなの、お祖母様が許すはずがないわ。本当は、母の形見でもあるこれは好き……だけど、嫌い。だって……)
その先を考えるのも、口に出すことも決して出来ることでは無い。メリッサはそれに蓋をした。
「アル。待たせました。すみません」
「いや、早かったよ……?―――!」
メリッサは階段を降りてアベルのいるサロンに行った。そんなメリッサを見てアベルはしばらく固まった。
頬にほんのりと朱色がさしている。
メリッサは急に不安になった。
(もしかして、とんでもない間違いをしてしまった?)
「あ、アル?どうかして……もしかして、間違っていました?」
メリッサが問いかけてもなおメリッサを凝視しながら固まっているアベル。
(ど、どうしよう)
「……アル?」
次の瞬間、メリッサは体が包まれて暖かくなるのを感じた。
(この状態って……)
つまり、メリッサはアベルの腕の中にいるということ。
メリッサは羞恥心で全身から汗が出る思い――というか湯気が出ていて熱くないのかと本気で心配した。
「ア、アル……。あの……」
「綺麗だ、リサ。今まで見た中で一番。妖精が現れたと思ったよ」
上から聞こえてくる声に今度こそ顔から火が出る思いでメリッサはアベルの腕に顔を埋める。そんなメリッサの反応にアベルは小さく微笑んだ。
その微笑み――顔が輝いている。神様だと言っても誰も否定しない。絶対にそうだとメリッサは確信した。
(眩しい。こんなにも人が眩しいなんて……)
「今のリサは誰にも見せたくないけど、行くとしようか」
「…………はい。分かりました、アル」
メリッサはアベルの差し出した手に手を合わせた。
妖精。メリッサはそれを聞いてびっくりした。
褒め言葉としてではない。
これは、絶対に人に知られてはいけない話。
母との約束で、母とのヒミツだから。
さしあたり、メリッサは馬車の中でアベルのメリッサへの百通りほどの褒め言葉を聞いて、顔を赤くしていた。
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