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第一話 ぜんまい仕掛けの機械人形
しおりを挟むメリッサは、窓際の椅子でただ静かに目の前のぜんまい仕掛けのオルゴール人形を見つめていた。
それは、そばにいた侍女のララが息をしているのかと心配になるほどである。
当人は、他の人のことなんか頭のすみにも無かった。ただ、その母からもらったオルゴールを静かに見つめている。
しかし、頭の中にはある光景が次々と浮かび上がっている。
* * *
「いいか?メリッサ。殿下の婚約者であるお前がしなければいけないことは何だ?」
二年前の魔法学院に行くとき、メリッサの父はこれ以上無いほど毎日彼女に問い詰めた。唐突にそんなことを言い始めた父を見て、メリッサは困惑した。
魔法学院――ティラス王国立魔法学院は11歳から16歳までの魔力を持つ子が、魔法やその他を学ぶためにある学校である。
「……殿下の婚約者としてふさわしい行動をすることでございますわ」
メリッサは感情の無い瞳と表情で、教師に教えられたことを操り人形――機械のように無機質に答えた。
それは幼い頃に婚約をしていたメリッサが教師陣に繰り返し教えられたことであり、彼女はその頃、それが正しいと信じていた。もちろん、父がそれを待っているとばかり思っていた。
しかし、顔を上げて父の顔を見たメリッサは驚きを顔の全面に出した。
父は怒っていたのだ。それも、悲しそうに。
「違う!お前がすべきことは何だ?メリッサ」
「…………目立たないことでございますか?」
メリッサは、混乱した頭の中を整理して、可能性のないその考えを述べた。
メリッサは、あることを原因にしてうつむく癖がある。だから、その時の父の表情を見ることは出来なかった。
「そう、目立たないことだ。いいか?お前は殿下の婚約者である。要するに、殿下の婚約者では目立ってしまう。メリッサ。殿下の婚約者としてはいてはいけない」
メリッサの父は優しい声でそう言った。
「……閣下……お父様。それは…………」
「良いか?お前は目立ってはいけないのだ。それはいずれ、お前が分かることになるだろう」
その時ほど、父の言葉に困惑したことはない。あとになってメリッサはたびたびそう考えるようになる。しかしながら、その時のメリッサには父の言葉の意味は理解出来なかった。
「でも、お祖母様はなんとおっしゃるのですか?」
「……母のことは心配しなくてい良い。……君の母も、わたしと同じことを願っているだろうから」
「…………母も……ですか。分かりました……」
一瞬後悔を顔に出したメリッサの父。
そもそも、メリッサにとっては父という存在は、ここ最近は薄かった。
小さい頃は違った。母がいた。父がいた。そこには確かに、温かい家族のカタチがあったのだから。
母が亡くなった時、徹底的に父はメリッサのことを避けた。見るのすら、名前を聞くのすら嫌がるほどの徹底ぶりで。
メリッサは、メリッサの母とそっくりである。その銀髪の輝く髪も翡翠色の神秘的な瞳も。――しかし、メリッサの父のはそれが耐えられなかった。それが、亡くなった妻を思い起こさせたからだ。そしてそれが――子への恨みになったからだ。
そしてその後、見るのがつらいからと言う父と、会うことはなかった。
メリッサにとって、父と会えないのは悲しくても、父が自分を見て傷つくのを見るほうが悲しかった。
もっとも、父と会うことが少なくなったメリッサは、幼くして悲しいという感情を押し込めたメリッサは、感情を隠すことを覚えた。
――そう、まるで、ぜんまい仕掛けの人形のように。
(……その時から、わたしは面白みがなくて、更にお父様に嫌な思いをさせた)
メリッサはその時まだ、父がそのメリッサの変わりようを見て、更に心を痛めたことは知る由もなかった。
「メリッサ。学校ではこれをつけなさい」
「えっと、お父様……?」
父から出されたのは、亜麻色の髪のかつらと、目の色を変えるもの。
それを見て、彼女は感情をあらわに顔に出した。
(いったいお父様は何を考えているの?心配しているの?それとも……お母さまに似ているというようなことを言われたくないため?)
操り人形と言われているメリッサ。思考までそうなりかけていたメリッサに、無意識に封印していたその考えが浮かんだ。
(ううん。そんなはずは無いわ。今日がどうかしているだけでしょう)
しかし、事あるごとに父はそれを勧めた。
そんな中、メリッサはあることを心配せずにはいられない。
――メリッサをぜんまい仕掛けの人形のと名付けた張本人のことである。
(もし、お父様がいくら良いと言ったところであの方が良いと言うはずがないわ)
それこそが、メリッサにとっての一番の恐怖だったのだから。
「お前はあの娘の子だな。噂通り、表情もなくいやらしい」
メリッサに対して徹底的に嫌悪した。それは明らかにまだ十にもならない子に向けられるようなものではない。
メリッサはそれが自分のせいだと思った。
「だいたい、お前が殿下の婚約者なんてなんて恥ずかしいのでしょう。父親にも捨てられた子が」
「…………おっしゃる通りでございます」
「分かっているのなら出で行って。顔も見たくないわ」
「はい……」
祖母。幼いメリッサにとって、それは恐怖の対象でしか無い。
メリッサを無表情の機械人形にしたのが祖母であれば、そう呼ぶのも祖母であり、その事で嫌味を言うのも祖母である。
魔法学院に行くとき、救われた――心からメリッサはそう思った。
もう、祖母から言われることは無いんだと。
父から母のことで言われることも無いんだと。
やっと、この家から抜け出せると。
その時、寂しくもあったのは言えずにいた。
(……あの時、家の関係も婚約関係も断ち切るように言いなりになった。……そう、まるで機械人形……祖母が言うぜんまい仕掛けの人形のように)
――だって。何度そう思っただろうか。
そう、メリッサが家を離れたらみんなが安心すると思っていた。
祖母も、心の底から清々するのだろう。
自分は救われるのだろう、と。
それに魔法学院はメリッサが憧れているところで、家を断ち切ったら楽園だと思っていたのに。
魔法学院はメリッサにとって確かに楽園でもあった。王子がいなければ、楽園でしか無かっただろう。しかし、王子がいることによってメリッサの穏やかな日常は音もなく崩れた。
『いい?メリッサ。その姿は、来たるべき時まで人に見せてはいけないわ――』
* * *
「……さま……お嬢様。お嬢様?」
その声が現実を突きつけてくるのだろう。メリッサは確信して自嘲した。
(……柄に無いことを考えてしまったわ。あんなの、ただの夢だったじゃないの)
「はい、なに?」
「……それが、殿下からの使者が来ていまして……」
ララが不安そうに目をうろうろとさせるのをメリッサは微笑みとともに見つめた。ララは自分なんかよりよっぽど素直だな、なんて年上に失礼なことを考えながら。
「使者?殿下から?お通しして下さる?応接間よ」
(こんな時に使者なんてあの事に決まっているだろうけど、誰かしら?)
「……大奥様からのあれは良いのですか」
「良いわ。きっと、会わなかった方が失礼に当たるわよ」
メリッサがララに微笑み返すとやっとララは安心しましたというように部屋を出る。
この先、待ち受けているだろうことに気持ちを落ち着かせて、メリッサは扉の方に行った。
「失礼いたします」
メリッサが扉を開けて出ようとすると、目の前から声がした。
「ララ?」
「お久しぶりですね。メリッサ」
「……何故…こちらに……?」
扉から現れた人に、メリッサは目を見張って見つめた。
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