4 / 18
第3話 バカ王子、再び
しおりを挟む「アル。褒め過ぎです」
メリッサは自分への褒め言葉に耐えられなくなってアベルに赤い顔を向けた。
「いや、リサは素晴らしい。いくらでも褒められるさ」
「で、アル。その他の話はありませんの?」
あまり興味のない話だったが仕方なくメリッサはアベルに尋ねた。
その瞬間、目に見えて機嫌が悪くなるアベル。
そんなアベルを見てメリッサは微笑んだ。
(こんなに感情を出すの、いつぶりかしら?)
無表情ゆえの機械人形ことメリッサはコロコロ先程から表情を変えている。魔法学校でも、その前もここまで表情を出したことは無かった。
――地味姫!あなたなんか機械人形よ。
(どうかしらね。あの頃はそうするしか無かった)
「最初に聞く。どうした?リサ」
「―――!」
「どうして……言ってくれなかった」
やっぱり、アベルは知っていた。
開口一番、その事を聞かれなかっただけでもマシなのだろう。
「アルのせいではありませんから大丈夫です」
「――ふう。分かった。今はそれを信じるよ」
アベルは悔しそうにしながらもその言葉に従った。
メリッサは安堵した。
だって、そう。言えるような話では無いのだから。
「まず、王子の独断ですべてが動いていた。王子がメリッサにその後要求したのは――家紋を捨てることだ。それは、陛下が許さなかったが」
「やはり、そうですか。後で、陛下に話してみないといけませんね」
「まずは変人王子に話を通りてみたらどうだ?」
「そうですね」
きっと、王子ならそう言うだろうとメリッサは確信していた。
そしてある意味それはメリッサが望んだ形でもあったのだ。
そうしたら、メリッサに希望通りに……
(メリッサ。現実を見なさい!そんな事出来るはずが無いわ)
「予想通り、と言いたそうだな」
「そうですね。そんな気がしましたから」
「リサの場合、それを見越してなような気もするが」
「それは内緒、ですわ」
メリッサはふふっ、笑った。
(いっそのこと、家紋を捨てられればいいのに)
メリッサが切にそれを願っているのは人々の知らないことであって、アベルも想像が出来ていない。
王宮の小さな講堂。
メリッサは婚約破棄の同意書にサインするために講堂に行った。
この辺は流石というべきか、クローディアは先に講堂に来ていた。
講堂にいるのは神官とクローディアだけである。
「メリッサ・クラヴェルがお見えになりました」
部屋の前に立っていた兵士がそう高らかに述べると講堂の空気が緊張感のあるものにかわる。
メリッサは兵士に微笑むと講堂にあしを踏み入れ――足を止めた。
「やっと来たわけか」
あのクローディアが開口一番、不機嫌な声で言いながら振り向き――何時間前かの誰かと同じように固まったからだ。
「だ、誰だ?」
「メリッサ・クラヴェルです。殿下、お久しぶりではないですけれど、お目通り叶えて嬉しゅうございます」
メリッサは王子に向かって微笑んだ。
メリッサからすると営業スマイルというもので。
「は?メリッサ?お前がメリッサなはずがない。あいつはもっと地味だった。大体、髪だって亜麻色だったし、瞳だって隠れて地味だったではないか!」
「あのう、殿下。そのメリッサですが……」
そういった瞬間、王子はもの見事に固まった。
大理石の象かとメリッサが心配になるほどである。
「で、殿下……?」
いくら話しかけても、クローディアは固まったまま。
(どうしよう。わたしがこの姿だと、いけないのかしら。お父様の言ったことは……)
「殿下、どうかされましたか?」
メリッサは慌てた。その表紙に無表情の仮面が外れて、焦ったように目をうろつかせた。
翡翠色――エメラルドグリーンの瞳をキョロキョロさせ、助けを求めるようにアベルを見た。
どうか、この思いが通じますように、と願いながら。
しかし、その瞳を向けられたアベルも一瞬、もの見事に固まる。
(え、どうして……?魔法は使っていないわよね)
「アルもどうかいたしましたか?」
メリッサが心配そうに瞳を揺らして言うと、アベルは笑っている。それも、肩を震わせて。
「ククッ、リサ。王子は婚約破棄の同意書にサインして婚約破棄したいんだ。さあ、王子。固まっている暇はありませんよ」
その言葉で再び王子は瞬間解凍するとあの目の光を取り戻して――メリッサはバカ王子という故のあの顔になった。
「お、お前!僕との婚約を破棄したと思ったら他の男か?相変わらず最悪だな!」
「王子が婚約破棄されたのではありませんか。さあ、書いてくださいませ」
メリッサは神官が見守っている中、何とも無いというようにさらっと同意書にサインした。
その何とも無いという表情を見て、更に王子は唖然とする。
「王子。陛下にこってりと言われただろう」
「何故知っているのだ!」
アベルの黒い笑みに王子は怒鳴った。
(う~ん。王子って可愛いのですけどね。もう少し、周りに恵まれれば良かったのですけど)
これは、陛下や王妃様が頭を抱えているところだろう。きっと、バカ王子もこってり絞られているのだろうし、とメリッサは王子にワーワー言うのを諦めた。
意外と、こういう事を考えている時のメリッサは頬が緩んでほんのりとしている。メリッサは全くもって自覚がないが。
「この秘書官を舐めないでいただきたい。陛下から相談があったのですよ」
「何故兄上の秘書官に……」
クローディアはガックリとうなだれると、次の瞬間、メリッサの方にバッとむいた。
「メリッサ!君は何を考えているんだ!謹慎してろと言っただろう!」
「いえ。そうしたらサインできませんから婚約破棄も出来ません」
(もう少し考えてください、王子)
メリッサは叫び出したい気分である。
「そ、そうだな。って、メリッサ!君が悪いのだ!メアリに散々意地悪をして……呼びつけて泣かせたのもお前だろう!」
「…………はぁ。よく考えてくださいませ、王子」
王子はやっとメアリに言われたことを怒鳴った。
メリッサだってこんなに穏やかでいられるような内容でもない。
でも……
(お父様の言いつけで地味令嬢をやっていたのも……事実ですし、王子に面と向かって反論したことはありませんでしたね)
しかし、バカバカしい。
メリッサは心からそう思った。
「よく考えた!メリッサ、君が悪いのだ!だいたい……地味令嬢、無表情の機械人形。そんなお前と伴侶にならなければいけなかったのだぞ!い、今はお前はもうメリッサじゃ無いだろうが!」
その王子の言葉にメリッサは溜息を一つ。どこまでバカなのと言う意味を込めて。
(それはこちらのセリフです。それに……王子はこのわたしをメリッサとは思っていないみたいね)
"無表情の機械人形"または誰かの言いなりに動く"ぜんまい仕掛け人形"。言いたいことはメリッサは人では無いということ。そして、感情が無い、と。王子はそれが悪いと思っていたし、機械故に頭も機械だと思っていたのだろう。メリッサはそう考える。
「王子が婚約破棄をしたいのならば早くサインをしてくださいませ。そうしないと殿下が同意していなくなるのではありませんこと?」
メリッサは王子のそれに助言して、ちょっと微笑む。メリッサの言葉と微笑みを見て、王子の顔は更に赤くなる。今度はトマトかと思うほどに。
「さ、サインすれば良いのだろうが!」
乱暴に同意書にサインをすると、ドカドカと講堂を出ていってしまった。
「覚えていろ!メリッサ・クラヴェル!」というのを朱色に染まった顔で叫んで残していきながら。
残されたもの――神官とメリッサはそれをぽ―っと見ていた。
(けっこうあっけない。だたサインするだけで良いなんて……)
神官は同意書に見落としがないか確認すると、その決り文句を言う。
「クラヴェル公爵令嬢、気を落とされませぬように。わが神は貴女の人生が明るい未来と旅路であると願っております」
「ありがとう存じます」
メリッサは神官に向かって微笑む。
司祭もメリッサに微笑んで、優しい声を口から出した。
「令嬢、新しい出会いはすでにたくさんあります。我が神は、いつでもそれを見守っております」
「ご丁寧にありがとうございます」
メリッサは心からお礼を言うと、アベルト一緒に講堂を出ていった。
「アル。着いてきてくれてありがとう存じますわ」
「いいや。面白い王子が見られたからね」
アベルはメリッサに向かって微笑む。
(相変わらずの美貌ですわね……)
メリッサは思わず見とれた。そこでメリッサはハッとした。
(ど、どうしよう……)
「アル。王子、誤解して行きましたけど、大丈夫なのでしょうか?」
「うん?何が?」
「アルは他の男だって。あのまま誤解させて良いのです?」
「いやぁ、王子もちょっと調べれば分かるでしょう」
メリッサとアベルは王子が思うような関係ではない。少なくともメリッサにとっては……。
「そうです、アル。これからどうします?」
メリッサがアベルに問いかけるとアベルは意地の悪い笑みを浮かべた。
「さあ、我が主、変人王子が待っているさ」
という事で、メリッサは東宮に連れて行かれた。
途中、出会う人がびっくりしたように固まって、慌てて走っていくのが恒例になっており、メリッサは首をかしげた。
(なんでだろう。おかしいところは無いはずなのに……)
「さあ、王子が待っているよ?殿下、メリッサがお見えになりました」
アベルは扉を開けるとメリッサを中へ導いた。
メリッサはそこにいる人に、微笑んで完璧な淑女の礼をする。
「クロヴィス殿下」
――クロヴィス・ティラス。それが彼の名前である。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
悪役令嬢は死んで生き返ってついでに中身も入れ替えました
蒼黒せい
恋愛
侯爵令嬢ミリアはその性格の悪さと家の権威散らし、散財から学園内では大層嫌われていた。しかし、突如不治の病にかかった彼女は5年という長い年月苦しみ続け、そして治療の甲斐もなく亡くなってしまう。しかし、直後に彼女は息を吹き返す。病を克服して。
だが、その中身は全くの別人であった。かつて『日本人』として生きていた女性は、異世界という新たな世界で二度目の生を謳歌する… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる