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2.フラグ・クラッシャー
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ふふ、私を二度もだまそうたってそうはいかない! こっちは、さっきの一件で免疫バリバリついちゃったんだからね。あんなちっこいのが魔物だって言うんなら、ドラゴンを倒したとか世界を救ったとかいう秋斗くんの実力も、そんなにたいしたことじゃないのかもしれない。
だってどうせまた、さっきみたいな――
「って、でかっ!」
全然、小さくないし!
さっきのやつの数倍どころか、私をすっぽりおおって余りある、その大きな影。そのフォルムを下から上までゆっくりと視線でたどっていった私は、ふり向いた体勢のまま硬直した。
まずい、非常にまずい。
見あげた位置にあるあご先から、よだれと思われる水滴がボチャと地面に落ちていった。
グルルルル。威嚇するような鳴き声に、じりじりと私の足が後退していく。
ど、どうしたら、なにか対抗策は――そう考えて、私の脳裏にひらめくものがあった。
そ、そうよ。さっきの犬っころは、普通に言葉を話していた。もしかしたら、このでか犬とも意思疎通が出来るかもしれない。
でも、なんて話しかければ? と、とりあえず思いつく言葉、言葉。
「ドゥ、ドゥーユーアンダスタン?」
って、私はなにを流暢な発音でたずねているの!? この前の英語の授業で褒められたからって、どこまで自意識過剰なのよ、私。
あ、でも私、こう見えて帰国子女――
「グォオオオオ!!」
とか、悠長なことをしている場合じゃなかった。
ほら、なんかね。すっごく怒っていらっしゃる、みたいな?
「通じるわけ、ないですよねえ。もしかして私、お呼びじゃない? こりゃまた失礼しました~。なんて言ってみたり……」
「グォオオオオオオオ!!」
ひ、ひいいい! こわい! めちゃくちゃこわい!!
駄目だ、全然きいてくれそうにない。
ああもう、選択できる道は一つしかないじゃない! クルリと急いで背を向け、私はスウッと息を深く深く吸った。私の足が、勢いよく地をける。瞬間。
「いやぁあああああ――っ」
私は悲鳴をあげながら、一目散に逃げ出した。
やばい、やばい、やばい! 後方でドドドドドド、ってあきらかに私を追いかけてくる音がする。
「なんで! どうして!?」
どうして私が、こんな目にあわなきゃいけないの!
いつもなら! いつもならリビングのソファーに座ってのんびりとテレビを見ながら、あんこたっぷりのココアを飲んでまったりゆったり極楽極楽、とうたた寝をしているはずだったのに!
ドドドドド――、ガラガラガラ――
どうしてくれるのよ! どれもこれもそれもあれもみんなみんな、あなたのせいでしょうが! あなたが! こんな、よくわからない世界につれてきたから!
だったら、なんとかしてよ。不本意だけど、とてもとても不本意だけど、こういうヒロインの大ピンチを救ってくれるのが、ヒーローのお約束ってやつでしょ!?
ドドド――、ガラガラ――
私はあなたの、こ、婚約者か何かじゃなかったの? 私にもしものことがあったら、けけけ、結婚どころの話じゃないんだからね!?
ねえ、きこえている!? きこえているんだったら、早く早く……!
ガラガラガラ――
助けてよ!
「秋斗くん!!」
私の叫びが、甲高く辺りを突き抜けていく。
それがきっかけかはわからないけれど、ちょうどその時、私の後方でズズ……ン、という激しい音が響いてきた。
ビク、と私の両肩がはねあがる。
「な、なに?」
なにが起きたの?
足は動かしながら恐る恐る目だけでうしろをうかがってみるけど、もうもうと立ちこめている砂煙になにも見えない。
でも、さっきまでの追いかけられる音は完全に消えていた。
「もしかして……。本当、に?」
走るスピードをゆるめながら、私は身体ごとふり返った。
砂煙が徐々に晴れていき、私のドキドキも増し――ちゃ駄目でしょうが! 唇を引き結び、いつでも怒れる準備をして、と。
そして視界がクリアになったそこには、横たわったでか犬と大きなタルと人がいた。犬、大、人――文字の退化の歴史か何かですか?
――って、人! 人がいる! も、もしかして、あのでか犬から私を助けてくれたんだろうか?
「とりあえずよかった……、これで話がきけるかもしれない」
とはいえ、用心は常にしておかなきゃ。ここは、私のいた世界とは違うんだから。
おっかなびっくり近づいていきながら、私はモヤモヤしていたものをポツリと吐き出していた。
「……なんだ」
私を守るって言葉、あれってただのでまかせだったんじゃない……
なぜだかチクと痛んだ胸に、私は手を当てた。
「心が折れてしまえばよかったのに!」
「……はい?」
こ、心が折れ? 突然耳を直撃したその罵声に、私は思わず立ち止まる。
ちょっあの人、今サラッと暴言らしきものを叫ばなかった?
私が動きをとめたのを不審に思ったのか、その人がこちらに駆け寄ってくる。
茶色の長い髪を一つにくくった、そこそこカッコイイ容姿の男の人だ。服装は、一番最初に見た秋斗くんのものと似ている。
パッと見、すごく優しそうな雰囲気で、腰にさした無骨な剣がなんだか不釣り合いな気がする。
その彼が両手をひろげながら、笑顔で言ってきたのだ。
「心が折れてしまえばよかったのに……。心が折れてしまえばよかったのに?」
私の表情が、これ以上ないほど引きつるのが自分でもわかった。
あの。助けてもらっておいてなんですけど、なんでそんなおだやかな顔でひどい発言を連発してくるんですか?
かたまる私に、彼は心配そうに私をのぞきこんでくる。
「心が折れてしまえばよかったのに。心が折れてしまえば、よかったのに? 心が折れてしまえばよかったのに、よかったのに?」
いやだから、そんな強調しないでください。
「心が折れてしまえばよかっ――」
「じゃあ、助けなければよかったでしょうが!!」
「……!」
無意識に叫び返してしまって、私は次にものすごく後悔した。
彼の顔が一瞬で悲しそうな、今にも泣き出しそうなものになってしまったからだ。
「ご、ごめんなさい。でも、ですね。元はといえば、あなたが――」
「心が折れてしまえば、よかったのに……?」
「ああ、うん。そうだね、そうですね」
もう、どうでもいいか。
何度も何度も浴びせられて私の思考が麻痺してしまったのだろうか、私は投げやりにそう答えながらうなずいた。
すると彼は、私をしげしげと見つめる。その目が、大きく見開かれた。
ガッと手首が引き寄せられ、私はそのままフワリと宙を舞った。
「ひあっ!?」
次に気がついた時には、肩の上にかつがれている自分がいて。って私は、米俵か!
「ちょ、ちょっと!」
どうなってそうなったのかよくわからないまま、私は制服のスカートを手で押さえながら、必死にもがく。目の前にひろがっている背中をたたいてもみたけど、ガッチリとつかまれているのかビクともしない。
「お、おろしてください……!」
「心が折れてしまえばよかったのにっ! 心が折れてしまえばっ」
キリッとした顔立ちで、彼がそう告げてくる。
さっきから微妙にニュアンスが変わっているような気がする『心が折れて~』に、苦い笑みしか浮かばない。そうこうしている間に、彼が移動していった先には大きなタルがあった。それを足で慣れたように横倒しにすると、彼はグッとその上に片足の重心をかける。
「って、まさか!」
ガラガラガラ――
さっきまでの魔物に追いかけられていた音とは別の音が、再び鳴り始める。ガタガタ、とあまり気分のよろしくない振動が全身に伝わってきて、私はあまりの展開に息をのんだ。真剣な面差しの彼と大きなタルと私。
タル、まさかの乗り物だったなんて……!
玉乗りよろしく器用にタルを操りながら、彼は私を連れてどこかにむかう。居心地の悪さが徐々にマシになってきたのをきっかけに、たまりにたまっていた疲労と緊張がピークに達してしまっていたらしい私は、もうどうにでもなってしまえとなかば投げやりに、いつしか眠りに落ちていた。
だってどうせまた、さっきみたいな――
「って、でかっ!」
全然、小さくないし!
さっきのやつの数倍どころか、私をすっぽりおおって余りある、その大きな影。そのフォルムを下から上までゆっくりと視線でたどっていった私は、ふり向いた体勢のまま硬直した。
まずい、非常にまずい。
見あげた位置にあるあご先から、よだれと思われる水滴がボチャと地面に落ちていった。
グルルルル。威嚇するような鳴き声に、じりじりと私の足が後退していく。
ど、どうしたら、なにか対抗策は――そう考えて、私の脳裏にひらめくものがあった。
そ、そうよ。さっきの犬っころは、普通に言葉を話していた。もしかしたら、このでか犬とも意思疎通が出来るかもしれない。
でも、なんて話しかければ? と、とりあえず思いつく言葉、言葉。
「ドゥ、ドゥーユーアンダスタン?」
って、私はなにを流暢な発音でたずねているの!? この前の英語の授業で褒められたからって、どこまで自意識過剰なのよ、私。
あ、でも私、こう見えて帰国子女――
「グォオオオオ!!」
とか、悠長なことをしている場合じゃなかった。
ほら、なんかね。すっごく怒っていらっしゃる、みたいな?
「通じるわけ、ないですよねえ。もしかして私、お呼びじゃない? こりゃまた失礼しました~。なんて言ってみたり……」
「グォオオオオオオオ!!」
ひ、ひいいい! こわい! めちゃくちゃこわい!!
駄目だ、全然きいてくれそうにない。
ああもう、選択できる道は一つしかないじゃない! クルリと急いで背を向け、私はスウッと息を深く深く吸った。私の足が、勢いよく地をける。瞬間。
「いやぁあああああ――っ」
私は悲鳴をあげながら、一目散に逃げ出した。
やばい、やばい、やばい! 後方でドドドドドド、ってあきらかに私を追いかけてくる音がする。
「なんで! どうして!?」
どうして私が、こんな目にあわなきゃいけないの!
いつもなら! いつもならリビングのソファーに座ってのんびりとテレビを見ながら、あんこたっぷりのココアを飲んでまったりゆったり極楽極楽、とうたた寝をしているはずだったのに!
ドドドドド――、ガラガラガラ――
どうしてくれるのよ! どれもこれもそれもあれもみんなみんな、あなたのせいでしょうが! あなたが! こんな、よくわからない世界につれてきたから!
だったら、なんとかしてよ。不本意だけど、とてもとても不本意だけど、こういうヒロインの大ピンチを救ってくれるのが、ヒーローのお約束ってやつでしょ!?
ドドド――、ガラガラ――
私はあなたの、こ、婚約者か何かじゃなかったの? 私にもしものことがあったら、けけけ、結婚どころの話じゃないんだからね!?
ねえ、きこえている!? きこえているんだったら、早く早く……!
ガラガラガラ――
助けてよ!
「秋斗くん!!」
私の叫びが、甲高く辺りを突き抜けていく。
それがきっかけかはわからないけれど、ちょうどその時、私の後方でズズ……ン、という激しい音が響いてきた。
ビク、と私の両肩がはねあがる。
「な、なに?」
なにが起きたの?
足は動かしながら恐る恐る目だけでうしろをうかがってみるけど、もうもうと立ちこめている砂煙になにも見えない。
でも、さっきまでの追いかけられる音は完全に消えていた。
「もしかして……。本当、に?」
走るスピードをゆるめながら、私は身体ごとふり返った。
砂煙が徐々に晴れていき、私のドキドキも増し――ちゃ駄目でしょうが! 唇を引き結び、いつでも怒れる準備をして、と。
そして視界がクリアになったそこには、横たわったでか犬と大きなタルと人がいた。犬、大、人――文字の退化の歴史か何かですか?
――って、人! 人がいる! も、もしかして、あのでか犬から私を助けてくれたんだろうか?
「とりあえずよかった……、これで話がきけるかもしれない」
とはいえ、用心は常にしておかなきゃ。ここは、私のいた世界とは違うんだから。
おっかなびっくり近づいていきながら、私はモヤモヤしていたものをポツリと吐き出していた。
「……なんだ」
私を守るって言葉、あれってただのでまかせだったんじゃない……
なぜだかチクと痛んだ胸に、私は手を当てた。
「心が折れてしまえばよかったのに!」
「……はい?」
こ、心が折れ? 突然耳を直撃したその罵声に、私は思わず立ち止まる。
ちょっあの人、今サラッと暴言らしきものを叫ばなかった?
私が動きをとめたのを不審に思ったのか、その人がこちらに駆け寄ってくる。
茶色の長い髪を一つにくくった、そこそこカッコイイ容姿の男の人だ。服装は、一番最初に見た秋斗くんのものと似ている。
パッと見、すごく優しそうな雰囲気で、腰にさした無骨な剣がなんだか不釣り合いな気がする。
その彼が両手をひろげながら、笑顔で言ってきたのだ。
「心が折れてしまえばよかったのに……。心が折れてしまえばよかったのに?」
私の表情が、これ以上ないほど引きつるのが自分でもわかった。
あの。助けてもらっておいてなんですけど、なんでそんなおだやかな顔でひどい発言を連発してくるんですか?
かたまる私に、彼は心配そうに私をのぞきこんでくる。
「心が折れてしまえばよかったのに。心が折れてしまえば、よかったのに? 心が折れてしまえばよかったのに、よかったのに?」
いやだから、そんな強調しないでください。
「心が折れてしまえばよかっ――」
「じゃあ、助けなければよかったでしょうが!!」
「……!」
無意識に叫び返してしまって、私は次にものすごく後悔した。
彼の顔が一瞬で悲しそうな、今にも泣き出しそうなものになってしまったからだ。
「ご、ごめんなさい。でも、ですね。元はといえば、あなたが――」
「心が折れてしまえば、よかったのに……?」
「ああ、うん。そうだね、そうですね」
もう、どうでもいいか。
何度も何度も浴びせられて私の思考が麻痺してしまったのだろうか、私は投げやりにそう答えながらうなずいた。
すると彼は、私をしげしげと見つめる。その目が、大きく見開かれた。
ガッと手首が引き寄せられ、私はそのままフワリと宙を舞った。
「ひあっ!?」
次に気がついた時には、肩の上にかつがれている自分がいて。って私は、米俵か!
「ちょ、ちょっと!」
どうなってそうなったのかよくわからないまま、私は制服のスカートを手で押さえながら、必死にもがく。目の前にひろがっている背中をたたいてもみたけど、ガッチリとつかまれているのかビクともしない。
「お、おろしてください……!」
「心が折れてしまえばよかったのにっ! 心が折れてしまえばっ」
キリッとした顔立ちで、彼がそう告げてくる。
さっきから微妙にニュアンスが変わっているような気がする『心が折れて~』に、苦い笑みしか浮かばない。そうこうしている間に、彼が移動していった先には大きなタルがあった。それを足で慣れたように横倒しにすると、彼はグッとその上に片足の重心をかける。
「って、まさか!」
ガラガラガラ――
さっきまでの魔物に追いかけられていた音とは別の音が、再び鳴り始める。ガタガタ、とあまり気分のよろしくない振動が全身に伝わってきて、私はあまりの展開に息をのんだ。真剣な面差しの彼と大きなタルと私。
タル、まさかの乗り物だったなんて……!
玉乗りよろしく器用にタルを操りながら、彼は私を連れてどこかにむかう。居心地の悪さが徐々にマシになってきたのをきっかけに、たまりにたまっていた疲労と緊張がピークに達してしまっていたらしい私は、もうどうにでもなってしまえとなかば投げやりに、いつしか眠りに落ちていた。
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