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2.フラグ・クラッシャー

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 あ、人間ぽい見た目のひと発見。と思ったけど、その頭頂部はどこぞの部族を彷彿とさせるあやしげな仮面につつまれていた。その隣には、これまた不気味な全身黒マントや毛むくじゃらの大男。どこからどこまでが髪でまゆげでヒゲで体毛なのか、区別がつかない。
「はああ……」
 まともな人は、やっぱりいないのね。重いため息が勝手にもれていく中で私の歩くスピードが落ちていたらしい、手錠が強くひっぱられた。
「いたっ!」
 思わず、声が出てしまう。あわてて足を速める私の前に、踊り場のようなところがひろがった。
 中央にドン、と存在感のある玉座。無人のその周りを半円状に柵がめぐらしてあって、その先は吹き抜けになっていた。ガヤガヤとした怒号やら騒音が大量にきこえてくる中、私は柵の一本に手錠でつながれた。おそるおそる、柵の上からのぞきこんでみれば。
 ウオオオオオオオ――!! 出迎えてくれたのは、割れんばかりの野太い大歓声だった。
「ひぃいい!」
 ペタン、と私はその場に座りこんでしまう。
 なに? なに、今の!
 一瞬だけ見えたのは、円形の白い舞台のようなものと、それを取り囲む黒で統一された人、人、人。
 確かに、人だった。映画のエキストラもびっくりな、その数。まるでそう、人気アイドルグループのコンサートとかプロレスとか相撲とか、そういうのを生で見るための場所のようだった。あそこでいわゆる、コ、コロシアイなるものが行われるんだろうか……
 ん? 私とは別の柵につなげられた、細い鎖。目でたどっていけば、私の顔が少しだけ上むいた。
「ルー、なにしてるの?」
「はあ? 見てわからんのか? オレ様にふさわしい場所に、腰を落ち着けているだけだ」
「ふさわしい場所って、玉座の背もたれの一番上にあるでっぱり部分に、ただぶらさがっているようにしか見えないんだけど」
「玉座に座ったら、柵に邪魔されて下の様子がよく見えないだろうが」
 さも当然のように言われるけど、戦いとか興味あるんだ。見た目はただの犬っころだけど、中身はれっきとした魔物(?)。やっぱり好戦的なんだと、改めて思ってしまう。
「ねえ、ちょっと。……あれ?」
 いろいろたずねようとカバブタに――って、あのカバブタどこいったの? キョロキョロと辺りを見渡してみるけど、どこにもいない。独特な足音もなかったけど、いつの間に移動しちゃったんだろう。
「ん?」
 もしかして、逃げ出すチャンス?
 拘束している手錠をよくよく観察し、とりあえずガチャガチャふってみる。うん、はずれない。鍵穴……らしきものも見当たらない。
 うーん? たちきる? ちょんぎる? ひきちぎる? 私にそんな力量がないのは、百も承知だし。
「しょうがない」
 イチかバチか、これにかけるしかない。私は目をつむると深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。カッと目をひらき、左手を手錠にかざすとグッとお腹に力をこめる。
「ちぎれとべ、うんだらかんだらホンジャララ!」
 …………
 ……………………
 …………………………………………ですよねぇ。
 まったくかわりばえのしない、私の右手をつなぐ手錠。
「……なにやってんだ、貴様」
 玉座の上から、ルーがあきれたように横目でにらんでくる。
 二度目のそのツッコミに、私はばつが悪くなって曖昧にほほえんだ。
 あの時、私の家でチェーンロックを直してくれた秋斗くんみたいに、こうパアッとパパアッと超能力? でも使えないかなと思ったんだけど。
 そういえば、あのチェーンロック。壊したのは、直した本人の秋斗くんだったんだよね。強引にひきちぎって家に不法侵入してきたと思ったら、私にキスなんかしてきて――
「ん? あれ?」
 ボッ、と顔に熱がともるのがわかった。
 違う違う! こんなときになにを思い出しているのよ、私! 頭をかかえる私の耳に、今度はカバブタではない軽い足音がひびいてきた。
 そうそう、この回想からの登場というのも一種のお決まりってやつだけど。
 ふりむいた私の視界にとびこんできたのは、やはりというか黒装束をまとった見知らぬ人物だった。唯一露出した目の部分だけをなごませながら、ゆっくりとお辞儀をされる。
「ヌホホホ。はじめまして、御使いたるお嬢さん。ここは、年に数度の我らが信奉者のつどい。ようこそ、闇夜の大闘技場ミッドナイト・コロシアムへ」
 …………ですよねぇ。
 なんかもうこっちの方がお決まりのような気がしてきて、私は何度目になるだろう重い重い嘆息をもらした。
「まさか、我らが信奉するあの方の御使いをこんな形で手に入れられるとは思ってもいませんでしたが、これで参加者たちの闘争意欲が限りなく向上するのは間違いないでしょう。信奉者からの寄付金にも、きっと多大なプラスがつく。ヌホホホホ。礼を言わせてください、黒髪のお嬢さん」
 ミツカイ? なにそれ、お団子かなんかの種類の名前?
 …………それは、ミタラシか。内心で一人ボケツッコミをしてから、私は今一番かなえて欲しいお願いを、丁重に、それこそ失礼のないように、言葉を選びながらしてみることにした。
「あの。お礼は結構ですので、これをはずしてもらえると、すごくすごく、ありがたいのですが」
 これ、と私はもう一度説明しながら手錠を指さす。すると黒装束の男――声だけだとたぶん男の人だと思う――は、ゆっくりと首のあたりを左右にふった。
「あいにく、それはできかねます。はずしたら、あなた逃げますよね? ヌホホホ。わたしも、これ以上手荒な真似はしたくないんですよ」
 フードからのぞく目が、ニコッとほほえんでくる。
 まあ、そうですよね。私も実際に、そうたくらんでいましたから。
 それにしても――、さっきから変わった笑い方だなあ。ヌホホホホホ、なんて。
「本日の目玉賞品に逃げられてしまうと、運営側のこちらとしてもいささか風当りが厳しくなるもので」
 デスヨネ。
 でも、目玉賞品って……
「あなたが、主催者なんですか?」
「さあ、どうでしょうねえ。わたしはこの場所を提供して、すべての運営を任せられていますが」
「私、どうなるんですか?」
「どうなるもこうなるも、あなたはコロシアムの優勝者に賞品として贈られて、その後は――ヌホホホホ。あなたも想像がつくとは思いますが?」
 や、やっぱりこう、あーんな感じやこーんな感じにされちゃうの!?
 ……ひぃい! 無理無理、絶対無理!
「た、ただの女子高生の私に、そんな価値があるとは思えないんですけど!」
「じょしこうせい? よくわかりませんが、あなたの価値はここにいる参加者たちにとっては、喉から手が出るほどのものに違いありませんよ。ヌホホ。なぜなら――」
 と、そのとき。
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