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2.フラグ・クラッシャー

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「彼女は、絶対に渡せないんだ。ようやく見つけた、おれの一番大事なひとだから」
 耳をうつ、そんな台詞。正常な状態なら、真っ先にツッコミ否定していたはずのそれ。
 仮面男のもった長い剣が、黒マントの背後で上から下にふりおろされる。思わず、目を閉じてしまう私。
 キン、というかわいた音と一緒に、右手首の圧迫感が消えた。うめき声に加えて、支えのなくなった私の身体が落下していくのがわかったけれど、すぐさま誰かに受けとめられる。
「うわっ、わわわっ」
 さっきとは違う感触と、どこかうろたえたような声で私と密着したりしなかったり――ああもう、こういう時はちゃんとしっかり抱き留めなさいって……
「はあ」
 私は、何も見えない世界で大きく息をはいた。ようやく収まりのいい場所を見つけたらしい、私の身体がやっと動きをとめる。なんとなく、やっぱりまだ居心地の悪さは感じるけれど。
 とりあえず、目は開けない方がよさそうね。あの顔を間近でみたときの破壊力はもう……、身に染みるほど染みすぎているもの。
「…………」
 無言のままの彼に、なんて言ってやろう? なんて言えば、このずっとモヤモヤしていたものが晴れるのかしら? 昔みたいに完全に凹ませてやれば、スッキリするかも? ――よし。
「いろいろ、ありえないっごほっんだけど」
 ポツリ、と私は怒りをにじませながらつぶやいた。はずなんだけど。
 って、ちょっとほこりっぽくない? なんだか、のどがイガイガしてきた。
 すると、間近で「うん、そうだね」と覚えのある声が淡々と答えてくる。
「今まで、ごほっごほっ何してたの?」
「きみを探してた」
 即答されて、私は一瞬次の言葉につまる。
 そ、それにしちゃ時間かかりすぎじゃない? わけのわからない完全無欠っぽい能力をもっているくせに、そんなの信じられない。
「ごほっ、嘘はどろぼうの始まりだって、昔ごほっ教えたでしょ? 忘れごほっごほんっちゃったの?」
「まさか。記憶しているよ、ちゃんと」
 あの仮面にさえぎられているのか、声がこもってききとりにくい。まあ……、だいぶ時間が経っちゃっているから、この声が私の想像する相手だっていう確信もないけれど。
 私はうっすらと目をあけながら、一応確かめておかないと、と指先を彼の仮面に伸ばした。少しもたついたけど、はずした仮面が静かに落下していく。
 あらわれたのは――
 はじかれたように、再び目を閉じる。あの顔は、危険危険。超、危険。
 あれ? でもなんだろう、この気持ち……
 ヤバいヤバいヤバい。私はあわててそれを押しこめると、彼に一言叫んだ。
「……馬鹿っ」
 ずっと会いたか――、じゃない! 別に会いたかったわけじゃないけど、会いたかったわけじゃないけど! 文句を言いたくてたまらなかった顔が、そこにあった。
 そうよ、もとはといえば、全部全部!
「だれのせいで、ごほっ私、こんな……っ」
 ああああ。声が、なんか裏返っちゃっているし! さっきからこのほこりっぽいの何とかならないの!? イガイガが、止まらないんだけど!
「うん、全部おれのせいだ」
 間があいて、私の後ろ髪に手のひらのような感触。触れたかと思えばすぐに離れて、また触れてくる。ああ、もう! 私はじれったくなって、もう一度目をあけた。
 崩壊していっている周辺と立ち込める砂煙に、今まで感じていたほこりっぽさの原因はこれね、とようやく納得しながら、私の瞳に飛びこんできたのは、心配そうにこちらを見つめている曇りのない藍色の眼差し。
「うっ」
 ぐ……! ヤバい、ヤバい。早くなじってやらないと!
「助……来るの、遅すぎじゃない……? 私を絶対に守るって、言っ……」
 ああああ。のどのイガイガにまとわりつかれて、うまく発声できない。
 のど飴、今すぐのど飴が欲しい。とはいえ、私が持っているのは貴重なあんこ飴だけ。のどをうるおすだけのためになんて、食べられるわけがない。しょうがない、我慢我慢。
「うん、そうだね。遅くなって、ごめん」
 なんで彼は、このほこりっぽい中でも普通にしゃべれるんだろうか?
 てかここ、かなりやばい状況なんじゃないだろうか。さっきから、ガラガラドドーン、とヤバそうな轟音に続く轟音が。早く移動、移動――ってあああああ! わわわ私、空中でお姫様抱っこされっぱなしだったああああ!!
 ようやく気づいた事実に私が一人内心で頭をかかえていると、彼のなぜだか痛ましそうなものを見るような視線がそそがれてきた。
「こんなにふるえて……。さっきから声もつまらせているみたいだし、いくら能天気な美結さんでも知らない世界でずっと一人ぼっちだったんだ。怖かったよね。本当に、本当にごめん」
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